第22話 狸寝入り中➀

 声がきこえてきた。


 夙夜と逸乃の声だ。

「もうすぐ大会だけど……チームの状態はどう?」

「関心をもってもらってありがたい。君に話したいことは山ほどあるからね」

 二人の会話が遠くからきこえる。俺が横になっているのはダイニングルームで女子二名がいるのはリヴィングだ。明智邸は広く外の喧騒がとどいてこない。彼女たちの話を盗みぎくことは難しくなかった。

「――勢源君が3月からチームを引っ張っているわけだけれど」

「勢源は有能だよ。特に技術面で助かっている。バッティングは中学のときよりかなり上達している。野球馬鹿だね」

「技術以外の面では? たとえば試合の采配は?」

「うーん、それはまだ本番が始まってないわけだし未知数かな。勢源はね、面白いよ。ご存じの通りいつもなにか喋ってる。たとえば勉強を疎かにするな、普段の生活のすべてが野球に影響をあたえるな、みたいなね。ときどき部活の終わりに説教みたいなことをするんだよ。最初は中原からの反発もあったけれど」

「大人の監督みたく長話をするんですか? なかなかできることじゃない」

「自分と同い年の子に説教されてもね。でもいまはみんな真剣にきいてるよ」

「慎一も?」

「そう」


 勢源のトーク力には目を見張るものがある。短い時間できく人間の心をつかむ。落語家みたいに話にをつけてくる。あるいはTED的と言い換えてもいい。

 話す内容に元ネタがあるのかもしれないがそんなことは関係ない。あいつはマジで頭と口が回る。

 指導者として口先の知識だけではなく、勢源という人間が信頼に足ると思わせてくれるからこの不正規隊イレギュラーズは機能しているのだ。


「慎一がいなくてもチームのリーダーになってたんじゃない?」

 それは俺も思ってたぞ夙夜。

「彼がいなかったら九人目を探すのに苦労していただろうね」

 感慨深げに逸乃は言った。

「勢源君は交通事故でそんなに重傷だったの?」

「本当に死にかけたみたい……世界大会のMVPがね。2年間休んでから近くのシニアチームで同じ学生ながらコーチして去年全国優勝させてる」

「あっさりとすごいことを成し遂げていますね」

「それを言うならアダムなんて野球始めてまだ2年だよ。才能なら誰よりもある」


「比叡君はどうなの?」

「比叡はね、なんか練習見にきてる女子からも人気者みたいだけど、本人は女の歓声には怒ってるみたいだね。『どうして女なのよ!』って」

 まぁ女に興味ないみたいだしね。

 逸乃は声を弾ませていた。本当に女に対して好感度高い奴だな比叡。

「比叡はルックスいいからね。でもそんなことよりも選手としては間違いなく素晴らしい。本大会でも4番でしょうね」

「……どうして野球に限って『ヨンバン』じゃなくて『ヨバン』なの?」

 マイペースだな夙夜。あるいは雑学に眼がないか。

「自分で調べてね。――この学年でシニアでプレーしている選手ならみんな比叡のことを知っている。秀でた長打力、才能センス知性インテリジェンス、そして試合中のクールな立ち振る舞い。プレー内容が良かろうと悪かろうと感情を表にださないの。身長も高いしあの顔。そりゃ女子からはモテたでしょうね」

 誰かにわけてやれよその好感度。

「最高待遇で推薦がきたって。都内に限っても5つは」

 含む青海。

「そんなに……」

「でも、。残った例外が松濤高校だった」

「ある事件?」

 俺も初耳なのだが。

 不祥事の類か? 飲酒、喫煙、暴力沙汰……。

 俺が知る比叡という男は合理主義者でその手の愚行には縁がなさげなのだが。学校生活もマジメで、練習しているときも集中を欠かさない。

「ま、詳しいことは私も知らないし、ただ噂が流れてきただけだしその流布には貢献しないでおくよ。比叡は私たちのチームメイトだし」

「比叡君が事件じゃなくて、比叡君が事件?」

 夙夜は推理する。

 比叡は加害者ではなく被害者? ならどうして避けられるのだ?

「……明言は避けておくよ」

 夙夜の推測は真相を掠めているのかもしれない。

 全国レヴェルの選手だった比叡が創部1年目のチームを選んだ理由は、比叡自身の過去に由来すると。

 しかしチームメイトの薄暗い過去を知りたいと思うほど俺も下衆ゲスではないし、暇でもない。


「中原君」

「むかつくね」逸乃は即答した。

「あれ? いろいろあって改心したんじゃなかったの? 慎一からきいているけれど」

「……あいつどうも実力を隠しているフシがある」

 逸乃が言わんとすることはわかる。

 お坊ちゃんだからそういう性格に育ってしまうのもわかるが。

「中原は全力を出し惜しむところがあるというか……青海と練習試合したときも思ったけれど、打ちとられてもくやしがってない」

「全力でプレーしてないの?」

「全力でプレーしてようがしてなかろうが部員九人な以上試合にはでてもらわないと困るわけだし」

「……中原君自身はなんて?」


   *


「俺が全力をだすかどうかは俺自身が決めることにする」


   *


「――みたいなことを言ってたよ……うざいね」と逸乃。

「うざったい」と夙夜。

 うっざ。

「今の中原でも3番から5番……上位打線クリーンナップをまかせられるレヴェルなんだけどね。でも、超一流プレイヤーだった父親の息子なんだから素質があるはずだし、その父親から子供のころから指導を受けていた……割には普通の選手な気がしてね。身体能力フィジカルは上の中くらいあるんだけど」

 俺も逸乃とほぼ同意見だ。

 中原が俺や部員たちにむけたビッグマウスに対し実力が不足しすぎている。

 中原にはなにか、自信の根拠となるものがあるはずだ。

 それはあの日、俺が中原に伝えた、

「どうして親父さんと同じフォームで打たない?」

 それに由来するのではないか。

 中原潔のバッティングフォームは神主打法といわれるもの。

 どうして息子の中原はその打法を採用していないのか?


「投手はどうなの? 夏の大会はピッチャー一人じゃ勝ち上がれません」

「当然だよ。アダムと勢源も登板する予定だけれど、それはあくまで桜の投球数を減らすための措置だ。二人とも苦戦しているみたいだけれど、桜はどんどん良くなってる。相変わらず喋らないけれどね」

 会って3ヶ月も経つのに俺のまえでは一言も口を利かない。

「キャッチャーの片城君は?」

「片城はよくチームメイトとしゃべる。桜があんまり喋んないから公式大使アンバサダーだなんて呼ばれるようになったよ。練習後に桜抜きでファミレスに集まって桜について語ったこともあった」

 投手が主役なのにこのチームにおいて桜の存在感がなさすぎる。あの大男は捕手以外の部員に対し、言語によるコミュニケーションを拒絶している。

「どんな話になったの?」

「もうずっと片城が桜の愚痴を話し続けて、他の部員はみんな怒りをなだめてるだけだった」

「桜君ってそんなに悪い子なの?」

 黙ってるのが正解なくらいクズ人間なのかもしれぬ。

「片城は放課後上級生にイジメられているときに桜が助けてくれたから知りあいになったって言ったでしょう。でもね、中学時代の桜は荒れてたんだって」

「ええ……」

 今の桜がそんな奴だとはとても思えない。

 野球をやりたいから自制しているのかもしれないが。

「野球部に所属してなかったのも監督に辞めさせられたからだって。だから練習相手が必要だった。舎弟が欲しかったからカツアゲされていた同級生を助けて恩を売っただけだって……」

「そう片城君は証言している」

「『そう解釈することもできます』って。片城は同級生にも敬語で堅苦しいんだけどね、でも桜のことを語るときは本当にイキイキしている」

「そんな人なの?」

「片城は不良が本当に嫌いでね。仕方なく桜の野球につきあっているけれど……それは桜が負けるところを間近で見ることができるからだって」

「それは……」

「桜が全力で戦って敗北して落ち込むところが見たい。桜は自分の実力を疑ってない。誰が相手でも自分のピッチングが通じると思っている。でもそれは現実じゃない」

「青海高校には現に通じなかった」

「そう。片城は悪い顔をして言うのよ。普段無表情なあの男が薄ら笑いながら、桜が負けて倒れ伏すところが見たい。夢が終わって現実が始まるその瞬間を目撃したい。存分に絶望してもらいたい。そのために野球をやっているようなものだ、と」

 怖いよな片城。

「キャッチャーがピッチャーを嫌っていて野球ができるの?」

 夙夜の疑問は俺ももったが。

 逸乃は答える。

「そのあとで質問したの。自分の目的のためにわざと負けるなんてことしないよね? って。そしたら――」

「どうお答えに?」

「桜君が完全に敗北するためには僕やチームメイトのみなさんもベストを尽くしてもらわないと……言い訳できない条件で負けてもらいたい。負けるにしてもその舞台はできるだけ高いところで……みたいなことを言ってたよ。だから片城がわざと手を抜くなんてことはない。歪んだ性格してるけれど」

 とてもスポーツマンとは思えない屈折ぶり。

「片城君は有能?」

「頭が回るね」


「華頂君は?」

 夙夜がセカンドの名前を口にすると、場の空気が淀んだ。

 しばらく沈黙したあと、逸乃が口を開く。

「彼のことは話したくない」

「なにかあったの? 逸乃ショート華頂セカンドで連携も大事なはずだけれど……」

「華頂は彼とは正反対の人間だと思う」

 そう言いながら歩き始めた逸乃は狸寝入りしている俺のもとに近づくと、頬を指でつつく。

に触れないで――」と夙夜。

 この独占力よ。


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