第18話 桜の始末

   *


「おまえを囲んで殴っていたあいつらもクズだが、それを止めるために殴りかかったオレもクズだった。同じクズならせめて野球が強くなくっちゃな。高校で野球部に入ったら一回も負けるつもりはねーよ」


   *


 強いストレスを感じたそのときこそ人間の本質は現れるもの。


「……」

 桜は試合終了の挨拶と同時にその場にぶっ倒れ立ち上がることも試そうともしない。意識は保っているし体調不良ではない。ただ単に精神がやられているだけだ。

 涙を流し青空をただ見つめている大男を無視して俺はグラウンドの外にでる。

 話相手はうちの監督だ。

「第二課題は守備なんだっけ?」

『内野守備が超一流であることが打倒青海の最低条件』らしいので俺を含め毎日内野手四人は勢源コーチに

「ホームラン量産してきたバッターが複数いるから忘れられがちだが、こいつら日本一足が速い野球選手集めてるからな」

「俺は例外だったけれど――」

 俊足とはいえない小学生の俺が青海にスカウトされたのは特例だった。

「青海のスカウトは特に足の速さを重要視している」

 青海の奴らはほぼ全員が超健脚なのだ。

 単純に運動能力が高すぎる。

「練習参加して最初こいつらNINJAかと思ったもん」

「高校野球というフォーマットに対して高次メタをとったともいえる。スピードは才能で元々アスリートな奴らを鍛えてもなかなか向上しないもんだからな。だが今の練習試合で青海相手に内野安打を許さず、失策もなかった。これは誇っていい。好守で何度か桜を救う場面もあった。もともと逸乃と華頂の二人は堅守で名の知れた選手だったし(それぞれシニアリーグ、中学野球でプレー)、中原も完成度が高い」

「俺は?」

 俺のフィールディングは?

 シカトする勢源。

「つっても青海で最速の二人、打席から一塁到達まで4秒を切る泡坂と佐山とは対決できてねぇ。あの二人は出塁を許せばどんどん次の塁狙ってくるし……それを考えるとどれだけ守備を鍛えても足りない。ランクをつけるならA+だが」

 守備はすでに青海と戦えるレベルに達したと。

「第三課題の打撃は?」

「それはもう解決した。おまえの個人能力のおかげでな。ランク的にはAかな」

 あっさりとそう言う勢源だが……ちょっと納得できない。

「少し待ってくれない。確かに置鮎から点は奪ったけれど……」

 実戦でそれを再現できるとは限らない。

 今日俺たちは置鮎から得点を奪った。

 百戦錬磨の青海の首脳陣および選手たちが「対松濤」の準備をしないはずがない。

 相手の策をさらに上回るための「新手」を用意するべきでは?

 勢源はキレ気味にこう言った。

「頭使いすぎて疲れているんだよ! おまえが少し知恵絞ってくれない?」

「打つほうに専念したいんだけど」


 会話を打ち切って後輩たちの様子を観察した。

 1年生たちに敗北のショックはない。エースが地面にぶっ倒れたショックで中和されたようだ。

 片城とアダムが桜の手足を引っ張ってグラウンドの外に移送していた。もうちょっと労ってやれと思ったが。

「うーん……」

 この地面に顔をつけてぶっ倒れたままの桜がもうやる気を完璧に失ってしまった状態なのか。たとえば明日からもう部活動には参加しなくなる?

 夏の予選まであと3ヶ月もないのだが。

 桜がこんな性格していると知っていれば勝算が低い青海相手の連取試合なんて避けただろうに。

「元気出してぇ桜君♡ 私が慰めて上げるぅ♡」と桜の手を握りしめ胸元に近づけているのは野球部顧問の千歳(童貞を殺しそう)だが桜は無反応である。

 というかこの女教師、危険すぎる……。

 変な奴ばっかり集まるチームだ。

「前に言ってましたけれど桜君のお母さんと先生、顔が似てるんだそうです」

 だから桜も無反応なのか。

「そ、そんなぁ……」

 本気で残念がる野球部顧問(ノースリーブのブラウスにミニスカートはちょっと痴女くない?)。

「どうやったら桜は再起動するんだ? 一度負けたら立ち直れないの?」

 それじゃクソすぎるだろ。

 たかが一度の敗北でこのリアクション。

 小学生じゃないんだからやめていただきたい。

 だから桜は中学で野球から離れていたのか。公式戦で負けただけでこうなったらもう野球から離れていた可能性もある。

「……」

 なんかもう生気が失われ冷たくなっていく桜を見下ろしながら片城は言った。

「あのチームには泡坂さんも佐山さんもいませんでした。ベストメンバーの青海を相手にしないまま終わっていいんですか、桜君。なにもかもが通用しないまま野球から離れてしまうんですか?」

 桜はその瞬間立ち上がりある方向を見た。

 俺も同時にその気配を感じとり首を振る。

 グラウンドそばに残っていた人々がざわめき、そしてその空間に視線を集める。

 他会場で練習試合を終えた青海の選手たちが帰ってきたのだ。2チームが合流して人数は20名強程度。

 試合後の汚れたユニフォーム姿、バッグを抱え列をなしこちらに近づいてきた。

 俺が知っている顔は泡坂、佐山、今村の3名だけである。

 先頭に立っているのは今村だ。

 2カ月まえ俺がすべてのボールを打ったので一度もキャッチする機会がなかった関西弁の男である。


「松濤って投手ピッチャー打ちこまれたからって囲んでリンチするようなチームなん? 怖っ」

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