第19話 今村からの指摘


 確かにそう見えないこともない状況だが俺は言い返しておいた。

「置鮎いないけどお前らの監督に殴られてるんの?」

「屋敷慎一、置鮎から1点とってうれしいのはわかるでぇ。でも少し抑えたらどうや」と今村。

「フルネーム知ってるなんておまえ俺のファンなの? サイン欲しい?」


 立ち止まる青海野球部員の面々。

 サイズ的には松濤の部員たちも負けていないのだが(桜とアダムがいる)、身体の厚みが違う。そして顔付きを見ればキャリアの違いも明らかだ。

 彼らは歴戦の雄だ。部内の過酷な競争を体験し、全国を無敗で勝ち上がったチームの強者つわもの共。

 その猛者もさたちがその他大勢モブに見えてしまうほど強烈な個性を放つ三人の3年生がそこにはいた。

 まだ高校生だというのにその名を世に広く認知されている三人。


 今村は矢面に立ち松濤野球部とのコミュニケーションを引き受け、


 泡坂は黙って立っているだけで人々の視線を集め、


 佐山はチームメイトの輪から離れ青海野球部のファンたちにサインをし写真撮影に応じていた。こいつは試合中もこのようにファンサービスに熱心な奇人なのでなにも驚くことはない。実力以上に奇行で名高い男。ルックスはファッキンイケメンだったりする。


 うちの顧問が眼をキラキラさせてその佐山に近づいていくが俺たちはスルーする。

 今村はまだ俺につきまとっていた。

「惜しい試合だったみたいやな松濤野球部。置鮎が降板したちゅうても3点差を追いついた。2者連続HRやろ。ド派手やん」

 俺は煽ってみた。

「おまえらは負けたの?」

「(苦笑)負けるかいな。俺たちは関西で一番いっちゃん強いチーム倒してきたし」


 1年生ピッチャーが5回を投げパーフェクトピッチング、打線も3回に打者一巡の猛攻で大差をつけての勝利だった(9-0)。3番佐山も4番今村も複数安打マルチヒット


「はいはいすごいすごいすごい」

「ほんと態度悪い奴ややっちゃな屋敷」


 泡坂のいるチームは岩手のメジャーリーガー二人輩出してるチームを圧倒した(8-1)。

 泡坂は投手として終盤の2イニングのみの登板だった(無失点)。打者としてはHR1本で他はフライアウト。この時期は打球が飛びにくい木製バットを使用しているので数字はどうしても落ちてしまうとのこと(HR打ってんじゃねぇか)。


「うちの『大量破壊兵器』がしっかり仕事をしたみたいやね」

 人間を兵器にたとえるな。文脈がプロレスなんだよ。

「俺たちが一番接戦だったのね」

「せやで。投手は桜君もアダム君もピリッとした内容やなかったみたいやけど」

 そりゃ主砲に何本もホームラン喰らったらね。

「でも打線は手放しでホメてやらんと」

「この会話はどこにむかっていくの?」

「君らをライバルとして認めてるってだけやで。夏の予選の楽しみが増えた」

 気色の悪い笑みを浮かべる今村。

「なんにも楽しいことなんて起こらないと思うよ。君らには」

 今村は俺から視線を外し、後ろに立つ俺の後輩たちに眼をむけた。

「……」

 桜は復活している。

 身体も顔もユニフォームも土まみれで汚らしいが。

 桜は本気で青海に勝つつもりなのだ。だからこれからフィールドで戦うであろう相手の前で地面に寝っ転がってなどいられないと理解し(遅ぇよ)、そして野生動物のように相手にむけ無言の殺気を放っている(怖ぇよ)。

「桜か……君が本番で試合つくれたら『もしも』があるかもしれんね。いや、俺のことなんて凡人もいいところやから無視してもかまわんで。でもうちの佐山や泡坂、それに風祭。風祭は今どっかでバット振ってるかもしれへんな」

 努力の鬼だなあいつ。中学のときからそうだったけど。

「うちの打線を抑えられるピッチャーはうちにしかおらへん。泡坂と置鮎の二人や」

「二人に毒しこめば楽勝…ってコト!?」

 今村は俺のボケをシカトする。

「うちの主力二人と桜との間には分厚い壁がいくつも用意されてるで。今日の出来見たら来年以降がんばれとエールを送るだけやけど……」

「……」

「なんや? 桜マジで俺たちに勝つつもりなん? どんな勝算があるん?」

 ……今村の発言がおかしい。

 なんだ、この違和感は?

 今村は最後尾で帰りたそうにしている片城を観察して言った。

「キャッチャーは片城言うたな、もちろんチェックしとるで。二人そろって中学公式戦不出場。自分たちだけで練習して強くなったイレギュラーコンビ。うーん、……」

 え、読心。

「そういうスピリチュアル的な発言はいいから」

 うさんくさいってレベルじゃない。

 この関西人ここまでずっとキャラが薄かったのに爆弾を投じるな。

「もちろん超能力とは違うで。でも顔とか動作、声で人の思ってることなんて大体わかるもんや。俺は人よりそういう知識や経験があるってだけや。別に信じへんでもかまへんで」

「誰が信じるかよ」

 俺は他の青海の選手たちの様子を盗み見た。

 誰一人笑っていない。誰も驚いていない。

 ……今村の能力は『真』で、この力を使っているところを部員たちは日常的に目撃しているとでもいうのか。

「桜と屋敷と監督やってる勢源君……残りの六人はそうでもないみたいやね。本気で勝つ気で青海高校のグラウンドまできてなかったんとちゃう?」

 本気で勝つつもりで試合の臨まなかった。それは……うーん。

 だって、客観的に考えて、うちの戦力が青海に勝てるかというと、それは(前述したが)投手次第ということになってしまうわけで。

 うちの守備陣がどれほど鉄壁を誇っても、投げる桜が実際あの為体では……。

 自分の実力を試すだとか、課題を見つけるだとか、そんな抽象的な理由で試合に臨むメンバーが過半数をしめていただろう。

 振り返った俺の眼に映ったのはそういった言い訳を心中に抱いている後輩たちの顔顔顔で。逸乃も比叡も下を向いている。

「な、そやろ? セカンドの華頂君も、サードの中原も、ショートの逸乃ちゃんもそうみたいやな。アダム君はともかく比叡君は本気で悔しがってへんやん」

 今村、自分に心が読める能力があることを前提に話を進めているのが不気味なのだが、こいつが話している内容には一理あるので口出しはしておかないでおいた。

「君らいくら才能があっても精神面でスタートラインに立ててない。勝てるかも? じゃダメなんや。

 その意見には同意する。

 青海を基準にしたら全国すべてのチームが格下だ。

 格上を喰うためには選手全員に『断固たる決意』が必要になる。

「これでも敵に塩送ってるつもりなんやで」

 今村は俺たちのメンタル面の弱点を指摘してきたつもりか?

 勢源が……焦っている。

 青海の頭脳を相手に一言も言い返せないでいた。

「うちの監督が試合を組んだのは屋敷が依頼の電話をしてきたってこともあるが……亡くなった龍岡監督と旧知の仲ということもあって、監督に就任しかけた松濤野球部に対して応援の意味もこめて……な、わかるよなーー」

「創設したばかりの九人の野球部、コーチなしの同好会みたいなチームーー」

「俺たちが相手にするなんて本来ありえない幸運なんやで」

 俺は感情をきりかえこう言った。

「そうだよなぁ。一人でも欠けたら試合が成立しない弱小の極みの俺ら相手に青海様が7イニングのゲームで5失点。本来あっちゃいけねぇ失態だ。どう思うおまえら? なんか勝てるくね?」

「いや勝てねぇよ」勢源は小声で囁いた。「今のままじゃ」

 急に弱気になるなよコーチ。

「あのとき……俺勝手に目標を決めたんだ。『今年の夏大会で青海を倒して甲子園に行こう』って。本当に最悪な先輩だったな。俺が泡坂と戦いたいっつぅ究極に個人的な目標のために後輩たち巻きこんでよ」

「屋敷は本当に自己中だね。中学のときからこうだった」と泡坂は言った。

「私と会ったときから既にこうだった」と夙夜は同調してみせた。

「俺イジりは俺のいないところでしてね。俺が言いたいのはさ、やっぱ精神の問題、自分たちがナンバー1だと思いこまなければ、そのための努力を積み重ねることもできない。負け犬にはなりたくねぇんだよ」

「言い方ぁ」と今村。

 俺はまだ会話に参加していない一人の部員に助けを求めた。

「そうだ、中原! おまえなら俺の言ってることわかるよな! まず自信! プライドがないと勝てるもんも勝てない――」

 中原の父親は元プロ野球選手だという。父親から薫陶(――人格的な教育をあたえるの意)を受けたであろう中原ならば、精神面の重要性を充分に理解しているはず……。

「なんでおまえが置鮎を打てて俺には打てないんだ?」

 そう中原は言った。


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