第15話 練習試合①

青海戦先発メンバー


1(三) 中原

2(中) アダム

3(一) 屋敷

4(右) 比叡

5(遊) 逸乃

6(左) 勢源

7(二) 華頂

8(捕) 片城

9(投) 桜



 俺の第一声はこうだ。

「兄弟子お久しゅうござる!」

 風祭かざまつりはなにも言い返さない。そりゃ中学のときもあんまり絡みなかったしね。半年間一言二言しか会話がなかった。


 勝負は試合前から始まっている。

 なぜか主将キャプテンなんぞやらされている俺が青海の主将、風祭とオーダー表を交換、そしてこの練習試合が正規の9イニングではなく7イニングまでしか行われないこと、同点でも延長戦は行われないことを確認し、そして先攻後攻を決めるジャンケンをすることになるのだが……、

 俺は風祭の眼前に『チョキ』を見せつける。

 出す手を予告することで相手の行動を縛りつける。

 考える時間はあたえない。穏健な性格をしている風祭は自分たちにとって弱者でしかない松濤こちらの意向に従ってしまう。

「はいっ、最初はグー! じゃんけんぽん!」

 俺は予告そのままに『チョキ』を出し、

 考える暇もなかった風祭は自分が負ける手を選んだ。『パー』。

 予想どおり風祭は俺に勝ちをゆずった。俺は主審の中年男性に告げる。

「では松濤の先攻でおしゃす!」


 風祭は長身に大量の筋肉を装備したラグビーや重量級の格闘家を思わせるような体躯、三〇代後半のサラリーマンにしか見えない老け顔、頭髪自由な青海野球部にあって超短髪と特徴的な風貌をしているが俺は気圧されない。

 約半年間だがチームメイトだった。もう4年も前だが共に青海大学付属中学野球部出身で、だがお互いのことを上っ面の部分しか知らない。俺にとって風祭という男はマジメで堅苦しいという認識だ。


「再会して早々にこれか……変わらないな屋敷」

「負け選んだのは自分の意思じゃん先輩。いやぁ全国に雷名を轟かせてるねぇ。青海の4番とか説得力半端なくなくない?」

 青海は選手起用、打順、ポジションを頻繁にイジるチームなのだが風祭に限っては1年の秋からずっと4番で固定されている。

 4番=最強打者の打順、というのは古臭い考えかもしれないが……。

 風祭は『飛ばす』。スイングスピードも飛距離もチームで(=全国で)ナンバー1、ないしナンバー2に格付けされる(泡坂がいるからだ)。

獅子ライオンはその爪痕を見ただけで獅子であることがわかる』ように、風祭の研ぎ澄まされたバッティングフォームを見ただけでこの男が本物であると理解できる。

 デフォルトで怖い顔をした彼が俺に問いかけた。

「先攻を選んだのは私たちから先制点を奪う自信があるからか?」

「自分のこと『私』とかますます社会人じゃん先輩」

「ふっ……」

「泡坂は別会場で試合なんでしょ。あいつ以外の投手ならなんとかなるかなってーー」

 不遜にもそう宣言してみた。

 これから対戦する投手のことくらい把握している。

 あれはヤバい。俺がいても1点獲れるか怪しいと思っている。

「うちの2番手なら組みしやすいと?」

「あいつが泡坂より序列が『下』って部外者に教えちゃっていいの?」

 

 泡坂や風祭同様ドラフト1巡目での指名が予測される逸材。いや、泡坂とこいつは即MLBメジャー行きもあるとかないとか。

 立ち上がりの安定感は泡坂以上だろう。エースに比肩するナンバー2。この3年間青海の『常勝』、『不敗』を決定づけた投手、それが置鮎という男だ。


 勢源は円陣を組んだチームメイトたちの前でうそぶく。

「挑戦者は気楽でいい。最強に手間に比べたら最強をことなんて実は簡単なんだよ」

 創造は困難だが破壊はたやすいと。

 今日俺たちは青海大学付属高校野球部を破壊こわしにきた。


   *


「置鮎を初めて見たのは3年前、中3の春だったかな」


「スポーツ推薦の声がかかって学校に見学にきていた。高等部の野球部の練習がストップして、ベンチ前に集まってそこであいさつしていたらしい。置鮎は高校生と並んでも目立つくらい背が高かったよ」


「でね、制服姿の置鮎がさ、ほとんど準備運動もせずに、


「90メートル以上離れてたのに一発でだよ。ただの遠投ならともかく目標物に当てるなんて今の俺でも厳しいのに。見るべきは肩の強さよりも精確さだね。投げる動作のすべてが機械みたいに少しの誤りもなかった」


   *



 1回表、試合開始。


 松濤のユニフォームは白を基調にした縦縞のシャツ、アンダーシャツが黒のモノトーンカラー。


 青海のユニフォームは薄灰色のシャツに濃い青色のアンダーシャツだ。高校野球にしては攻めたデザインである。


 防護ネット越しに見守る観客たちがグラウンドに散った青海先発ナインを見てざわつく。

 彼ら彼女らが見たいのは青海のスタープレイヤー二人、置鮎の奪三振および風祭の強打だ。創部1年目のチームなど眼中にないだろう。

 俺は松濤のベンチに入りこんだ夙夜に解説した。

「置鮎の持ち球はストレートとフォーク、この2種類のボールで対戦相手を抑えている」他の球種はほぼ投げない。「それが可能なのはコントロールが抜群だからだ。9分割ってレベルじゃない。全力投球でもボール1個単位で狙える。本来コントロールが難しいフォークですらストレート並に調教できている。伊達に『精密機械』と呼ばれてないよ。少ない球数でアウトをとる。四球はほぼないし打者もファールで粘れない。比喩でなくカップ麺できあがるまえにスリーアウトとれるくらい時短なんよあいつ(夙夜はカップ麺なんて食べないけど)。効率厨の権化みたいな奴で鬼畜そうなツラしてメガネだしキャラ立ってるな。あーもう三振しちゃった」

 松濤の1番打者トップバッター中原が3球三振。俺の説明どおりになってしまった。置鮎は投球間のテンポも早い。

 中原も決して悪い打者ではないのだが、立っているステージが置鮎や俺と比べたら低い。

「慎一、もっとチームメイトの応援とかしなさいよ。先輩としての自覚がないの?」

 夙夜の言うことももっともだ。

 俺は中原を優しく慰めてから「俺じゃないんだからしょうがねぇって(雑擁護)」ネクストバッターズサークルへ移動する。

 2番打者のアダムも厳しいだろう。

 こいつの打者としての特性はは置鮎という投手に対して相性が悪すぎるのだ(後述)。

「おっしゃ、やってみせろアダム!!」


 アダムは左打。こいつにしては珍しく真面目な顔をしている。

 1球目、置鮎はストレート。これをアダムは空振り。

 バットが空を切る轟音! 衝撃波がここまで伝わってくるような……。

 パワーだけならはっきり松濤一。

 逆に言うとそれしか褒めるところがないスイングだ。素人丸出し。

 それよりも置鮎のストレートだ。

 平均で時速140㎞にも満たない置鮎のストレート……だがテイクバックが小さくボールが失速しない置鮎のストレートは、

 おそらく体感では高校野球界最速の泡坂のそれと変わらない。


 全国に二人しかいない青海を完封可能な投手がどちらも青海に所属している。


 2球目、アダムは落差の大きなフォークに豪快に空振りした。タイミングもスイングの軌道もまるであってない。当たらなければどうということはない。

 アダムは長打狙いのプルヒッター、マン振りしかできない男。高めにボールが浮いてきたらどこまでも飛ばしそうなパワーがある。月面到達打撃ムーンショットってやつだ。

 しかしアダムにとって置鮎は相性が悪い。

 球歴2年のアダムは甘い球しか打てない。

 並のピッチャーなら5球に1球は失投が発生する。

 だが置鮎は失投なんて50球に1球程度の割合でしか発生しない。

 ゆえに松濤の2番打者の勝算は極小。

 だが……これまで2回の空振りが伏線になっている。俺なら青海のあの選手の動きを見逃さないのだが。

 アダムのスイングは当たれば野手にケガを負わせかねない打球を放つ。

 それを感じとった青海の三塁手が2歩、定位置よりも下がって守っている。

 置鮎の3球目はストレートだ。

 アダムはバント、

「2ストライクから――」

 慎重な手つきで不器用なバント、からのダッシュ!

 勢いを殺したボールが三塁線内側に止まり(スリーバント失敗にはならない!)、

 アダムがその巨体を数歩のうちに加速させ(膂力が半端ねぇ)、一塁ベースを駆け抜けた。

 野手の送球は間にあわず。

「あのサイズで最高速だけでなく加速力もあるのか……」

 口を人指し指を立て『静かにしろ』というサインをだすアダム。もっと喜んでもいいのに(置鮎からヒットだぞ)。

 下手上手ヘタウマも成績を残せるなら上手い奴と区別をつける必要はない。

 転がり落ちたヘルメットを勢源が拾う。

 プレイングマネージャーは言った。

「内野手との駆け引きで勝ったな。ありゃ俺のサインじゃない。アダムは頭を使って野球ができてる」

「ふぅん」と俺。

「俺のチームにはいらねぇ。考えて野球ができる奴しか俺は信頼しない」

「俺はいつも考えないでバッターボックス立ってるけど……」

 狙い球なんて決めずに初球ストライクを迷いなく振る。ただそれだけだ。

「いつ俺が屋敷のことを信頼してるって言った?」


 俺は勢源の頭脳を信頼している。

 勢源の指導者としての能力の高さはこの数週間の練習で遺憾なく発揮された。部員全員が理解したはずだ……この男はわずか15歳にして野球というゲームを知り尽くしている。そんな後輩の采配を俺が信じないでどうする。

 だから俺は置鮎の初球ストレートを空振りした。

 アダムの盗塁スティールへの支援だ(捕手の前方でスイングすることで2塁への送球がわずかに遅れる)。

 捕手の対応は悪くなかったがアダムはセーフ。

 得点圏(2塁ないし3塁に走者がいること)にランナーが進んだ!

 観客がドッと歓声をあげる。

 この展開を予期できた人間は一人とていないだろう。野球部を立ち上げて1ヶ月のチームが青海相手にチャンスを創出。それもまだ1回1アウトの段階で。

 俺を知る青海の選手が驚いている。うちの部の奴らはそれを見て不思議がっていた。

「屋敷慎一がチームプレー!? あのプライドの塊みたいな奴が?」

 味方を活かしてしまった。どうしたことだろう。後輩ができて意識が変わってしまったのだろうか。

 中学のころの俺なら得意の初球攻撃、ゲッツーになるリスクなんて気にせずバットを振り回していただろう。

「相手ピッチャーが最強候補ってのもあるが、後輩に華を持たせたかったからか?」

 動機の言語化か……。

 投手は余裕たっぷりの態度を変化させない。

 俺はマウンド上の3年生に話しかける。

「野次馬共が沸いてんな。全国ナンバー2が失点しそうになってる」

。泡坂はおまえを高く評価していたよ。センター返しならいつでも打てるんだって?」

「まぁね」

 置鮎相手にワンストライクのハンデとか悪条件がすぎるが。

「その自信が泡坂にも見せてやりたかったよ」

「置鮎サンのボールが? 泡坂ライヴァルには見せたくないだろうよ」

 置鮎もピッチャーだし、泡坂に対抗心があるに違いない。



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