第13話 大胆不敵

 5月上旬。


 毎日の練習で経験値を稼ぎレベルアップに勤しむ俺たちであったがそれだけでは満足できず、夏の大会を最終目標にしてはいるがそれまで自分たちの実力が向上しているかを実感したく、また選手それぞれが課題を見つけるために試合ゲームが必要なのではないか? という思考に至るのも当然である。

 しかし紅白戦なんてできる人数がいないので(悲しいことに)、練習試合をするしかない。でもザコを蹴散らしてもまったく萌えないしやる意味もないので強いチームと戦いたいなぁでもそういうコネないしやっぱり大人のコーチって必要だったなぁなんて思った。

 野球部の顧問している新任教師=羽前千歳はねまえちとせ(社会人歴1ヶ月)は野球なんて知らないしやる気なんてないし頼りない、なので俺が代わりに職員室でのある学校に電話してみると偶然にも近日予定が空いたということで土曜日の午後に遠征し松濤高校野球部初の対外試合を決行することと相成った。


「どうしてぇ? どうして監督の俺に黙って練習試合組むのぅ? 頭おかしいのあたおか?」

 勢源は眼を限界まで開きキレ顔で俺に抗議した。

 この程度のわがまま甘受してくれよ監督。

「だって試合したかったんだもん。ただの練習じゃ自分たちが強くなってるかわからないし、実戦感覚だってつかみたいだろ」

 それにピッチャー片城キャッチャーが試合経験ゼロなんてありえない。

「だったら俺が対戦相手くらい探したよ! よりにもよってどうしてこの時期に……とやるんだよ!」

「俺にあるコネなんてここくらいだ」


 本当は近くの都立高校で練習してたんだしあるけれどあんまり強くなかったし。

 創部1ヶ月の一年生主体のチームの初の試合が青海。

「どうして青海のほうも受けたの?」と誰かが言った。

「それはむこうの事情でしょ」と俺。

 片城はつぶやく。

「僕はそろそろ屋敷先輩の奇行に慣れてきましたよ」

 ナイジェリアンと日本人のハーフだというアダムが指摘する。

「どうせ都大会で戦うことになる相手だろ? 相手をビビらせてやる」

「片城……アダム……」

 勢源はチームメイトたちの様子を観察する。

 そう、アダム。それが褐色の肌の持ち主の名前だ(ポジションは中堅手センター)。

 180㎝後半の高身長。

 アダムのポテンシャルは俺が認めるところだ。バットをもたせれば怪力無双。馬鹿げた走力にセンター最深部からホームにノーバウンドで返球する超強肩。シャイな性格なのに負けず嫌いという矛盾したキャラをしている。

 肩について俺は思うところがある。どうしてこいつに投手をやらせない? 勢源はなにも言わないし、アダムも自分から投手をやろうと立候補しようとしない。桜一人にチームを背負わせるつもりなのか……。


 それはともかく。

「この時期の青海は練習試合でメンバーを3つにわける」

 3本指を立てチームメイトに話しかける勢源。

「レギュラーから近い順に1軍から3軍ってことかな?」

 逸乃は推測した。

 勢源は答える。

「いや違う。戦力が均等になるように3つのチームをつくるんだ。全部員に平等に出場機会を与えてレギュラーになるチャンスを与えてる。だからベストメンバーの青海に比べたら勝機はある」


 勢源は怖い顔をする。

「夏に対戦するかもしれない同じ地区の高校は普通避けるもんだ。同じ東東京ブロックの俺たちを相手にするってことは、青海の監督が俺らナメてるってことなんだよ」

 青海の監督。名前は堂埜。電話越しでやりとりは済ませていて直接の面識はないのだが優秀な指導者なのだろう。年齢は38で全国優勝を経験した監督として歴代最年少のはずだ。童顔なのに髭を生やしていて全然似合ってないあの若造が青海の首魁トップだ。見た目からして有能そうな男だった。


 あの人がどうして俺のオファーを受けたのかというと対戦する予定の某県の強豪チームが不祥事(部員が万引き)を起こして活動を休止していたからだという醜聞スキャンダルがあるのだがそれはおいといて――。



 試合当日。


 青海の3チームはその日ほぼ同時刻に別会場で試合を行う。

 たかがアマチュアチームのトレーニングゲームなんて大衆の目を集めることなどありえないのだがその日青海高校の練習グラウンドの周辺には見学にきた大勢の若人、おっさん、野球少年にプロチームや大学のスカウトらしき姿もあった。


「暇人だなぁこんな試合どうでもいいじゃん!」

思わず声に出してしまったら背後から夙夜から背中を叩かれた。

「失礼なこと言わないの!」

 本当に痛いんだけど。

「……公式戦ならともかく練習試合とかどうでもいいだろ」

 夙夜も見にこないで良かったのに。なんか恥ずかしい。授業参観みたい。

 我が部は移動の際マイクロバスを使っているのだが、前述の野球部顧問(巨乳)の運転技術が大変怪しいので夙夜の執事さんを運転手として借りるとセットでなぜか夙夜もついてきたという形だ。

「慎一試合久しぶりでしょ。なにやらかすか心配で観にきてあげたの」

「左様でございますか。……唯一の先輩が女付きでよそに遠征って後輩たちがどう思うかなぁ……」

「あんたが後輩のことイジメてないか監視にきたの」

「うちの後輩はみんなタフだよ。八人とも全員」

 愉快な仲間たちだ。

 その後輩たちは青海のブランドにテンションが上がっているらしく、野球部の施設をジロジロと観察し、入った客の多さに舞い上がっていた。勢源は大人しくしているだろうと思ったがなぜか敬語で見学者に話しかける。

「これから青海と戦う松濤高校野球部の者です! よろしくお願いします! 初の実戦ですが応援していただければありがたい!!」

 となぜか説明口調で部員たちの先頭になってグラウンド内部に入っていった。

 急に勢源がおかしくなった?

 急や。

「わざわざ学校の名前大声で呼ぶし愛校心に目覚めたの?」と俺。

 アダムが教えてくれた。

「セイゲンの奴、今日勝って松濤の名前が知れ渡ったほうが夏の大会でも対戦相手にプレッシャーをかけられるってよ」

 軍師の才能があるな勢源さん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る