第7話 始まりの終わり

 重力に逆らうがごとく逆立った髪の男がそこにはいた。


 学校の一階にある会議室に一ヶ月後に正式に活動を開始する松濤高校野球部のオリジナルメンバー九名が今日初めてそろっていた。


 壁際のモニターに動画が流れていた。

 先日青海高校のグラウンドで行われた俺と泡坂との勝負の様子が映されている。明智家の執事に隠しカメラ付きのメガネをかけてもらい盗撮してもらっていたのだ。

 室内にいる残りの七人がその動画に注目している間、俺はどんな問題が発生しているかをその奇妙な髪型をした男から話をうかがうことにする。みんなの邪魔をしちゃ悪いから少し小声で、離れた位置のイスに座り。

「屋敷っつったか……どうして半年間も監督が死んだっつう情報に触れなかったのか不思議だが」

「俺に情報なんて流れてこないよ。学校で野球やってたわけじゃないし」

 まだ就任してもいない野球部の監督なんて赤の他人もいいところだ。

 そして俺はとことんアンテナが低い人間なのだ。

「まぁそれはいいが……松濤高校の経営者は龍岡氏が亡くなったことで野球部の強化から一時的に撤退することを選んだようだ。名将と一緒にくるはずだったコーチたちもこの学校にはこない。野球部の特待生もほとんど別の学校を選択したらしくてな。一部の物好きしかこの学校を選ばなかった」

 テーブルがあるのだが座っていたりしなかったりする。あまり協調性というものが感じられない面々だ。

 室内にいる中学生の数を数える。八人?

 俺を含めてもきっかり九人……。

 ギリギリ試合ができる人数にすぎない。ベンチに控えなし。全員自動的にスタメンだ。

「今年度に限ってはコーチの一人もいない。生徒たちだけでなんとかするしかないんだと。求心力がある人間が一人いなくなっただけでこのザマだ。ダメな組織の典型というか軋轢というか失敗の本質というか……専用グラウンドとか各種施設はもう建設済なのに肝心の人材がこれじゃ野球部の立ち上げも失敗かな」

 男は皮肉な笑みを浮かべる。

「名前は?」

「勢源。ここにはマネージャー志望できたんだけど部員少ないし試合でるしかねぇか……」

「この集まりは?」

「入学する特待生には事前に連絡しといたし、一般入試で合格した野球部志望の奴には合格発表のときに通知済みで今日集まってもらった。だから多分これ以上有用な戦力は増えない。……まぁ人数よりも問題は目標の設定だよな。硬式野球つったらそりゃ目指せ甲子園なわけだがぁ……」

「東京には怪物がいる」

「青海がな」

 あいつらとまともに戦えるチームなど都内に存在しない。それが通説であり定説。

「つうか俺そこのΟBだし」

 PCのモニターで俺が泡坂からクリーンヒットを打つ。

 勢源がニヤリと笑う。

「よく打つな先輩」

 泡坂は九割だったけれど。

「先輩!? ……もっと先輩って言って! もっと俺を褒め称えて! 絶賛して!」

「……野球の能力に比べて器が小さすぎない? 小物すぎて引く」

「で、どうなの? 勝てそうなの今年の青海に」

「ちょい待ってね。そこに至るまで話が早すぎない?」

「早くなんてねぇよ。さっさと最速で速攻策を提示せよ」

 焦らさないでもらいたい。

「確かにマネージャーをやるとは言ったけれど……俺まだ中三だし。指導者志望ではあるよ。一度怪我で長期離脱したのがきっかけでね。だから何年も指導法の勉強してるしシニアでチーム率いた。全国で優勝したよ」


 中学生の野球ガチ勢が集結するシニアリーグで全国制覇。


「はいっ有能確定。優勝します」

「だからといって、一の戦力を一〇にすることなんてできない。いくら最高のコーチングをほどこしても限界がある」

 才能の壁というやつか。

 そして部員はたったこれだけだ。

「おまえはここにいる新入部員たちの戦力を正確に把握してんの?」

「いや、ほとんど知らない奴ばっかだね」

「たとえばなんか奇跡が起こって全員が超一流で、1年生でも青海相手にしても決して見劣りしない才能の持ち主で――」

「ありえねぇ。相手のほとんどは経験値ガン積みの3年だぞ」

んなことくらい承知している。

「今は3月。夏の予選まで5ヶ月もあるんだからどうにかなる可能性――」

「そりゃゼロだろ冷静に考えて……」

「とことん現実主義だなおまえ。気に入ったよ」

「勝手に気に入るな――」

 打球音で俺と勢源の会話は中断した。

 執事の視線カメラが打球の行方を追いかける。ホームランを打ったシーンだ。

「本当にすごいな先輩」

「打撃ならナンバーワンだよ。でもチームを勝たせる戦略? みたいなもんはないから、それを託す相手を探してたのよ。直感だが君頭良さそうだしもう丸投げしちゃおっかな。戦術も戦略も一任する。

 指をむけながらそう言い切った俺。

「体育会系~~」

 顔面全体で不満を表現する勢源。

「指導者なんてやる気ねぇよ」

 そう続ける監督候補。

「ほんとにそうか?」

 シニアでコーチしてた中学生が高校で野球部で監督やらないわけがないだろ。

指導者志望の子が混じってるだなんて、このシチュエーションにぴったりすぎる。

 大人がいない野球部には。

 最少人数で戦うことになる野球部には。

 こいつが口から出任せを言っている詐欺師な可能性だってあるし、

 それを言うなら日本一有名な高校生投手と対戦してヒット打ちまくってるビデオをもちこんできた俺も胡散臭すぎる。どうしてこんな短い時間で目的を共有しあっているのが謎だがそこはまぁ気にするな。

 映像が止まったタイミングで未来の部員たちが振り返りこちらを見る。それにしても個性的な面々だ(紹介略)。

 髪が長いくらいしか外見的特徴がない俺が地味に見えてしまうじゃないか。

 で、美青年が意を決して俺に声をかけてきた。

「ちょっとあんた……どうしてこんな動画私たちに見せたのよ?」

 話し方からするとやっぱりそっち系の人だったらしい。

「そりゃ先輩風吹かせたかったからだよ。泡坂相手に打ってるんだから野球やってる奴にこれ以上のマウント行為はないだろ? 勢源こいつと話しあって決めたけどよ、このチームで青海倒すから」


「「「「「「勝手に決めるな!」」」」」」


 ほぼ全員からのお叱りを俺は受け流す。

「で、これからどうする?」俺はきいた。

「青海にも勝てるチームをつくる! 俺に黙ってついてくりゃ半年後には全員超有名人だ!! あの無敗の青海を倒すんだからな!!」

 勢源さん急にやる気になった?

「じゃ、話しも決まったし今日はもう帰るわ」

 俺は龍岡氏の墓の前で、今日あったことを報告した。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

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