第3話 前哨戦②
少しずつギアは上がっている。
それでも泡坂は
次の投球は……
俺は反応する、
両腕のテイクバックにあわせ上半身をひねり、
右足を浮かせ左足一本で強く踏みこみ、
セオリーではありえない高さのバット、被せるようにボールに叩きつけた。
強打。
打球はライト方向へ勢いよく転がった。打たれた泡坂も眼を丸くしている。
青海の選手たちの反応は呆然、
背後のキャッチャーは、
「ありえん……」
高く外れた9割のストレートをヒット性の当たり。
転がったボールを追いかけた部員はショックのためか足をもつれさせた。
夙夜は自分のことのように嬉しそうに。
「よく打てましたわね、あんな高いボール。手が出ちゃったの?」
実戦なら審判にストライクとコールされかねないのもあるが、
「打たなきゃもったいないっていうのもあるよ」
「あんな打ち方でどうしてあたるの?」
「そんなの自分でもわからないさ」
彼女の家の執事は黙って拍手。
キャッチャーがかすれた声でたずねる。
「今の打ち方……ジャックナイフか? テニスの?」
「御明察」
バックハンドで高い位置にあるボールを打つ際多用される技術だ。
野球とテニスじゃグリップの持ち方が違うから左利き仕様のジャックナイフということになる。テニスをやっていたときは右腕をケガしていたので左で打っていたのだ。
「……野球部辞めたあと、硬式テニス部に入部してたよな? 泡坂にきいたで」
「そうだね。青海は他のスポーツも強いから」
野球部ほど名が知られているわけではないにせよ、全国大会常連の運動部が中等部にはいくつかあった。
「最初は苦労したけどすぐに上達したよ。7ヶ月くらいいたかな」俺は指を折り数える。「あとやったのはゴルフ、バトミントン、卓球」
「全部道具使って打つ競技……野球に未練タラタラやん」
「他のスポーツから学ぶところはあると思ってね」
使える部分は盗みきったつもりだ。
「つか3球で終わりだったはずなのに泡坂酷使するな。俺のこと研究してる?」
俺に苦手なコースなんてないけど。
「まぁな。正直敵に回したら厄介やなと思いつつある」
「これでもまだ『上の下』なの?」
「訂正してやるよ。『上の中』や」
泡坂の四つの持ち球すべて撃ったっつうのにまだ『上の上』ではないと。
「この学校には超高校級の打者が三人いる。俺はあいつらの域に達してない?」
キャッチャーは微妙な表情をする。
「こんなお遊びでそれを断言できるかいな。……あと1球でええな?」
「ああ、勝ち逃げしてやるよ」
会話に参加しない泡坂が最後の1球を手にする。
泡坂を相手にしてまだ打ちとられた当たりが一本もない。
俺のたどってきた道は誤りではなかった。
毎日長時間納得がいくまで素振りを繰り返してきた甲斐があったというものだ。
それはそれとして俺はこの先のことを考えていた。
全国最強の青海大学所属高校のレギュラーに褒められてそれでいい?
泡坂に弱点のなさを指摘されて嬉しいか?
いや違う。俺が望んだのは奪取。最強の称号を俺のものにしたい。青海大学付属を滅ぼしたい。
ゲームだ。
九人対九人の正当な試合で(公式戦で)勝ちたい。今日の戦いは前哨にすぎない。
……それを実現できるのか?
なんて思考にかまけながらバットをかまえると泡坂が口を開く。
「屋敷、まだ空振りしてないよね」
「俺はガキのころから一度も空振りなんてしたことないよ」
泡坂と夙夜以外の全員が口をあんぐりとさせる。
数秒の間ののち、キャッチャーがサインをだした。
俺は狙い球など定めずに打席に立っている。
泡坂がセットポジションから、左足を上げ、右手を振ったその瞬間俺の思考は断絶する。
その投球に対する最適なスイングを『思考』よりも速い『反射』で導出。
心地の良い打球音がグラウンドに響いたそのとき俺は現実に還ってくる。
ボールが上空を飛翔。レフトフェンスを越えた。ギリギリではあるが……。
スタンドイン。ホームラン。
この2年間公式戦で一度も本塁打を打たれたことがない泡坂相手に。
遊びとはいえ。
俺は泡坂にむけて指を突きつけた。無礼極まりない。
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