13. 信頼

「っ、まだ何かあるのか!?」

「ふふ……一件落着モードだったけど、残念だったわね。もう遅いわ」

 背後で笑ったのは、青マントの女。

 どういうことだ、と問い詰めるまでもなく、彼女は勝手に語り始める。

「このコンテナはね、時間になると自動操縦で基地に帰る仕様になってるのよ。例え無人でだって、このまま貴方たちを乗せて帰るわ。海を渡って一緒に来てもらうわよ」

「そ、そんなの、飛び降りたらいい話だわ!」

 アクールの言うことは、少々無茶だが無理ではない。走る車から地上。受け身を取れば軽傷で収まる可能性の方が高いのだから。

 しかし、女の余裕そうな顔は変わらない。その態度を見て、クリスはある記憶を手繰り寄せる。そして、はっと気が付いた。

「アクール。飛び降りるのはやめたほうがいい」

「は!? 何で」

「このコンテナは陸地を走る車なんかじゃなく……だからだ」

 そもそも、青マントは「空」から襲ってくるのが特徴だったではないか。考えてみれば、単なる車なわけはない。それに、壁のフックに掛けてあったパラシュート。あれは乗組員の脱出用だろう。

 アクールが黙り込む。

 先程の揺れが離陸だとすると、ぐんぐん高度を上げ、もう飛び降りるには危険か。

(パラシュートを取りに行く……いや、さっき女は「海を渡って」と言っていた。取りに行っている間に、この大陸を離れてしまっては敵わない)

 では、どうするか。

「諦めなさい」

 女の声。

 それを前に、クリスは立ち上がった。この近くには、窓もない。そっと壁の前に立つ。ぺたぺた触っている間に、一同の視線を集めた。

「何をする気よ?」

「アクール。パク。青マントを羽織れ。それで、パク。いざとなったら、アクールを庇って着地出来るか?」

「ちょ、だから何をする気って聞いてるんだけど!」

「飛び降りる」

 簡潔に告げた。

 言葉を失った一同の顔には、「頭がおかしくなったのか」と書いてある。

「マントをパラシュート代わりにして降りる。地上近くは、ドールに何とかしてもらう。で、出来るか? パク」

「……やってみないことには」

「アンタほんと命知らずね!? それに、飛び降りる出口も無いのに……」

 クリスはそれには答えず、自分のドールを見つめた。透明な瞳が、場の薄闇を静かに浮かべている。

「ショウは?」

 出来るか? と。無言で問う。

 彼はクリスを真っ直ぐ見つめ返して。危険だ、と、言いたい気持ちを飲み込む逡巡。その代わりに浮かべられたのは、強気な笑みだった。


「信じられない?」

「まさか」


 笑みを浮かべない代わり、確かな語調で返す。胸元の水晶が眩い閃光を放った。薄闇は掻き消え、女性三人が一斉に目を瞑る。その中心で、眩しそうな素振りも見せずに。

 クリスはコンテナの壁に向き直った。

 右足を一歩後ろに下げて。

「噓でしょ……壁を蹴って壊すつもり!?」

 言外に「無理だ」と女が言っている。

 気にも留めない。思い切り、勢いを付けて。



 ──バキッ!!!!



 一発。

 壁に穴が開いた瞬間。コンテナに風が舞い込んだ。薄闇に閃光が包んでいたコンテナの中に、真っ青な景色が広がる。目下、まだ大陸の上。

「……行くぞ!」

 青空の中に足を踏み入れていく。

 クリスは自らの外套を広げて風を受けた。後ろからショウが、アクールが、パクが、飛び降りる気配。

 下からの風。煽られる体。重力に弄ばれて。地上は近付く。風の抵抗を受け顔を歪ませながら、クリスは地上を見据えた。

(頼んだぞ……ショウ……!!)


 ふわり。


 応答が返ってきたかのように。心の奥底が、ほのかに暖かくなった。

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