7. ”ドール・ベース”

***


『絶対にダメだ。そんなの、俺が一番許さない』

 声が聞こえる。

 あぁこれは、旅に出る前。自分の旅の目的を聞いて反対した、兄弟のように育った人──親愛なる友人の言葉だ。

『そんなの、俺は望んでないってずっと昔に言ったよね。そんな事頼んでないだろ!』

 そう、だからこれは。

 ショウのためじゃない、自分のためだ。自分の我儘なんだ。

『……俺は、絶対に許さないから』

 両親のいないクリスにいつも寄り添ってくれた、一番の味方だった。そんなドールに初めて反対され、怒られた瞬間だった。けれど尚更、思った。

 こんなに優しいやつに、俺は




 ……。





「! 目が覚めた!」

「あぁ良かった……!」

 瞼を開いて早々、飛び込んできたのは白だった。天井から吊るされた明かりが、取り戻したばかりの視界を突き刺す。思わずもう一度目を閉じかけて、それから、手で影を作った。

 段々、意識を周りへ広げられるようになると、自分が寝ているベッドの脇にショウがいることに気が付いた。最初の聞き慣れた声は、ショウだと思う。

 続いた声は、その隣に立っている……確かセージという男だ。頼りなく眉尻を下げて、安堵の微笑みを浮かべている。

 彼は膝を折り、こちらに顔を近付けてきた。

「調子はどうだい? 今回は、うちの者たちが迷惑を掛けてすまなかったね」

 クリスは何度か瞬きする。調子は良好だ。眠気も無ければ怠い感じもしない。起きたばかり特有の重さはあるが、それ以外はすっきりとしていた。

「……ここは、どこですか?」

 聞きたいことが、山ほどある。

 ゆっくり起き上がると、ショウが背中に手を添えてくれた。起き上がり、俯き、深呼吸をして。それから視線を上げる。銅の髪色を持つ男へ。

 男は少し唇を引き結んだ後、またにっこりと笑った。

「話はもっと落ち着いた所でしよう。僕としては、君たちの話も聞きたいしね。あっちに会議室がある。落ち着いたら、ドールくんとおいで」

 スーツを整えて、部屋の出口へと爪先を向ける。

 それから、もう一度クリスとショウの方を振り返って。

「名だけ名乗っておくね。……僕はセージ。ここ『ドール・ベース』の責任者だ」



 会議室に向かってみると、そこには既に五人の人がいた。

 扉に入って真正面、中心の席にセージ。そしてその隣を陣取っている、金髪の少女。そのドールはというと、扉から一番遠い、隅の席に座っていた。そして残り二人は、扉のすぐ側に座っている老紳士と幼女である。

 明るい空色の髪を、ゆるくおさげにした幼女は、クリスを見るなりぱっと顔を輝かせた。

「わぁ! 新しいお友達? そうなのね!?」

「ディエラ、落ち着いてくだいな」

 ぴょこっ。ぴょこっ。頭の上で跳ね毛が元気よく揺れている。それを窘めたのは幼女の隣の老紳士で、自らの膝の上に彼女を座らせた。

 セージは「どうぞ、空いている席どこでも座って」と促す。クリスは頷いて、ショウと共にセージの真向いの席に座った。

「さて……何から話そうか。まずは、改めてちゃんとお詫びしたいな。ドールくんには詫びたのだけれど、君は眠っていたし」

「いえ、それは別に構いません」

 クリスの、肩まで伸ばした長い横髪が揺れる。感情が籠らず、切り捨てるが如き言葉にセージは驚いていた。

 代わりに頬を膨らませたのは少女である。

「ちょっと何よその態度! セージ様が謝るって言ってるでしょ」

「君も謝るんだからねアクール」

「だから、良いです。それよりも、貴方達のことが聞きたい」

 会議室の温度が、今度こそ数度下がる。

 空気を察したショウがまず口を開いた。

「まず自己紹介をしませんか」

「あ、あぁ……そうだね」

 セージは頷く。それから、彼から一人一人を手で差しての紹介が始まった。

 昨日クリスたちが会った少女、アクール・タオパール。そして、そのドールであるパク。

「パクは毒の使い手でね。かぎ爪の針の先に忍ばせているんだ。ただの痺れ効果だったから、クリスくんには軽い解毒を打って、事なきを得たよ」

 じとっとした瞳で、パクはこちらを見る。相変わらず、口元は襟巻に埋めたまま。言葉を発することは無かった。

 アクールはというと、セージからこちらに視線を向けることはない。

「そして、そこのアホ毛がディエラ・グラン」

「アホ毛じゃないもーん!!」

「ディエラを膝に乗せた、いかにも『召使い』って感じの男がディエラのドール。ヒースだよ」

「召使いとは光栄ですな。……クリスさん、ショウさん。よろしくお願い申し上げます」

 ヒースは、皺の深い笑みを浮かべて丁寧に頭を下げる。一緒にぺこりと頭を下げるディエラとの姿は、さながら祖父と孫といった様子だった。

「……この女の子のドールが、貴方なのですか?」

 腰の低い老紳士に頭を下げ返しつつ、眉を潜めたのはショウである。

 ドールとは、子どものために「子どもが生まれた後」に作られるものだ。そしてドールの成長速度は、人間と同じ。

 即ちドールは大抵、持ち主と同年代か若干年下であって、ディエラとヒースほど年が離れることはあり得ないのである。尚且つ親は「友達になりやすいだろう」ということで、子どもと同性のドールを作ることが多い。

 ショウも、そしてパクも、その例に外れていない。

「その疑問は、最もなことですな。……詳細な事情は話せませぬが、私は確かに、ディエラのドールですよ」

「そう、ここからが『ここはどこ』という君たちの疑問に答えられる話題となるのだけれど」

 セージが緩く手を組んで、机の上に乗せる。

 穏やかな瞳が、真っ直ぐとこちらを向いた。


「ここは……グラシア外部にいるドールや、訳ありのドールとその持ち主が集う基地なんだ」

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