すだちがらいむに手ほどきされる話
「ら、らいむ~、こうでいいの?」
「えぇ。かたくなってきますから、力を入れてくださいね」
「うぅ~、い、痛くなってきたよ~」
「もう少し我慢してください。そう。良い調子です」
カフェの店内が、甘い香りと声に包まれる。
そんな中、バタンッと音を立ててスタッフルームの扉が開き、店に入ってきたみかんが半目になって口を開いた。
「なにしてんのさ、二人で」
視線を向ける先はカウンターの奥で、そこにすだちとらいむが隣り合って立っていた。
「あっ、みかん! 今日はね、オレがお菓子を作るんだ~!」
ホイッパーを持つすだちが、その場でピョンと跳ねて言う。
カウンター席で紅茶を飲みながらその様子を眺めていたれもんが、みかんに向かって笑みを浮かべた。
「今日はすだちが、クッキーを焼いてくれるんだって」
みかんは興味なさげに「ふーん」と返事をして、そばにあるキッズスペースに入っていく。
「黒焦げの物を食べさせないでよね」
「黒焦げになんかしないもん! らいむが教えてくれるから、絶対美味しくなるもん!」
「美味しくできるよう頑張りましょうね」
頬を膨らませながら抗議するすだちに対して、らいむは優しく彼の頭を撫でながら微笑む。
その間も、ホイッパーを持ったすだちの手は、手前に置かれたボウルの中を混ぜ続けていた。
「らいむ~、もう手が痛いんだけど、これでいい~?」
「えぇ。小麦粉もまとまってかたくなってきましたし、次はボウルから出してこねていきましょう」
すだちは生地をボウルから取り出して、打ち粉のふられた作業台の上に置く。バターと卵黄、砂糖と小麦粉を混ぜた生地は、まとまってはいるが、まだ粉っぽさが残っている。
「手のひらで押すようにして、生地をなめらかにしていきましょう」
らいむに言われ、すだちは生地に手のひらを当てて作業台に擦りつけるようにして押していく。
「こ、こんな感じ~?」
「もう少し強くても良いですよ」
そう言って、らいむがすだちの後ろへ回り込む。背中から手を伸ばして、作業をするすだちの手の甲に自分の手のひらを置き、一緒に力を入れる。
背中や手の甲から伝わる温度を感じながら、すだちの頬は思わず赤らんだ。
「はい。できました。次はめん棒で薄く伸ばしていきましょう」
「うんっ!」
すだちはめん棒を手に取り、なめらかになってひとまとめにした生地に当てる。すかさずらいむが後ろからすだちの両手の甲をつかんで、共にめん棒を持った。
「厚さを均一にするのは難しいですから、一緒にしましょうね」
すだちの耳もとで、柔らかな声が発せられる。
すだちは無意識に高鳴る鼓動を抑えながら頷き、らいむと共にゆっくりと生地を伸ばしていく。
すだちに合わせて動きはゆっくりだが、手際の良いらいむの手つきにされるがまま、生地は作業台の上でどんどんと薄く広がっていった。
「はい、できました。あとは、型で抜いて焼けば、できあがりですよ」
らいむはそう言って、すだちから手を離す。
すだちはどこか火照ったような顔をしていて、その場でふらふらと身体を揺らした。
「どうしたの、すだち?」
カウンターを挟んで目の前に座っているれもんの声が、不意に掛かる。我に返るようにハッと動きを止めて、すだちは熱を振り払うように首を左右に振った。
「ううん。なんでもない」
するとその隣に、再びらいむがやってくる。手には小さなかごを持っていて、その中にはたくさんの抜き型が入っていた。
「はい、すだち。これを使ってください」
抜き型に視線を移した瞬間、すだちの目がキラキラと光り出す。
「動物の型だ! らいむ、ありがと~!」
ウサギやキリン、ライオンやペンギンなど、抜き型はどれも動物の形をしていた。
すだちが喜ぶ姿を見て、らいむも嬉しそうに頬を緩める。
「以前すだちの部屋に案内してもらった時、動物のぬいぐるみがたくさん置かれていましたからね。すだちの好きな動物をたくさん用意しましたよ」
すだちはさっそく抜き型をひとつ手に取る。ネコの形をした型を、生地に押し当ててくり抜く。次はゾウ。今度はクマ。広がっていた生地が、どんどんと動物の形になって抜き取られていった。
「オレね、カフェに来る前は、動物園にいたんだよ」
楽しそうに型抜きをしながら、すだちが思い出したように話し出した。
その様子を隣で見つめながら、らいむが口を開く。
「すだちは昔、移動動物園にいたんですよね?」
「うん。ネコとかウサギとか、ウマとかヤギとか、いろんな動物と一緒にいたんだ」
そう言いながら、型を抜いていくすだちの手が、不意に止まった。
「でも、フクロウの仲間はいなくて、ちょっと寂しかったんだよね……」
呟くように言葉を口にして、かごの中からまたひとつ抜き型を取り出す。その型を見ると、フクロウの形をしていた。
すだちの顔が緩み、口角が弓なりに曲がる。
「でもね、今は、みんながそばにいてくれる! こんなに楽しいこと、できるなんて、夢にも思わなかったんだよ! 今オレ、すっごく嬉しいよっ!」
らいむに向かって、すだちは頬を染めながら熱弁するように言葉を紡いだ。
それからはたと動きを止め、恥ずかしそうに頬を掻く。
「えへへ、ごめんね、急にこんなこと話し出して~」
ごまかすようにそう言って、フクロウの型を生地に押し当てた。
すだちの姿を見つめながら、らいむは微笑む。そっと片手を伸ばして、すだちの頭を優しく撫でてあげた。
すだちは照れくさそうに撫でられながらも、なにも言わずに作業を続けたのだった。
――それから十五分後。
「はい。できましたよ」
らいむがオーブンから天板を取り出して、作業台の上に置く。甘く香ばしい匂いが辺りに漂う。天板の上には、動物の形をしたクッキーが、こんがりと焼かれて並べられていた。
「うん、すごく美味しそう。上手くできて良かったね、すだち」
「まぁ、すだちにしては、上出来なんじゃない?」
カウンターから身を乗り出したれもんが、笑顔で声を掛ける。
いつのまにかキッズスペースから出てきたみかんも、椅子の上に立ちながらカウンターの奥を覗き込んで、そっけない感想を口にした。
すだちは得意げに胸を張り、堪えきれずにきつね色のクッキーへと手を伸ばす。
「ねぇ、食べていい~? 食べていい~?」
伸ばされた手を、らいむがやんわりと握って止めた。
「まだ熱いですから、気を付けてくださいね?」
そう言いつつ、らいむはそっとフクロウの形をしたクッキーをつまみ上げる。人差し指と親指で挟み、口の前へ持って行く。フーフーと、軽く息を吹きかけて熱を冷ます。
そしてクッキーのつまんだ手を、すだちの口もとへと持って行った。
「はい、あーん」
すだちはびっくりしたように肩を上げた。唇にクッキーの角が当たり、思い切って口を開いてぱくついた。
とびきりの甘さが口に広がる。
すだちは頬を真っ赤に染め、思わず両手を頬に押し当てた。
「そろそろ二人でイチャつくのやめたら? はっさくが夢鼠を狩る時の目してるよ」
だしぬけに、みかんがカウンター席で頬杖をつきながら半目になって言葉を零す。
すだちとらいむの視線が、テーブル席の端に座るはっさくへと移る。
はっさくは黙ってコーヒーをすすりながら、片目をじぃっと二人へ向けていた。その背後からは、なにか黒いオーラが漂っているように見えて……。
「ぴぃっ……!?」
すだちが奇声を上げて、手近にいたらいむへと飛びつく。
抱きつかれたらいむは、ただ、笑みを浮かべるのだった。
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