illusports!

しぎ

新入生

「イラスト競技部新入部員募集!」

「初心者、経験者問わず大歓迎!」

「興味ある人は、放課後美術室まで!」

 机の上には、ありきたりな勧誘文句が書かれたビラが山積みになっている。油断すると、すぐ風に舞ってどこかへ行ってしまいそうだ。

「部長、全部刷り終わりましたよ」

「ああ、ありがとう桜庭。生徒会の認可サインはちゃんと入ってるな?」

 言われて、俺――桜庭さくらば みつるは、一番上のビラをチェックする。右下隅に小さく、顧問のサイン、生徒会の認可サイン。

「もう……こんなに刷って全部捌けるんですか? 今どき他の部活はみんな電子ビラですよ?」

 イラスト競技部唯一の女子、仙崎せんざき 栗栖くりすがビラをパラパラ漫画のようにめくってみせる。これだけの紙束、今はなかなかお目にかかれるものではない。

「良いじゃないか、味があって。それにこの学校で最も紙を使う我々が、ホイホイと電子に迎合しては、我々のアイデンティティが危ぶまれる」

 ……さすが、普段の勉強にも紙ノートを使い続ける部長だ。イラスト競技部だからと言って、そこまで紙にこだわることは無いと思うのだが。

「はあ……部長、言いたいことはわかりますが、紙は無料じゃないんですよ。新歓代もバカにならないんですから」

 モニターに向かってAIのチューニングをしながら、十条先輩――十条じゅうじょう 龍磨りゅうまが顔を向けずに反応する。薄いフレームの眼鏡の中では、目が呆れているのだろう。

「わかってるよ龍磨。部費を獲得するためにも、我々は新入部員を一人でも多く引き入れる必要がある」

「当たり前です。団体戦出場のためには、なんとしても新入部員を獲得しないといけません」

「ああ。桜庭、仙崎、お前らもよろしく頼むぞ」

「わかってますよ」

「任せてください! いくらなんだって、イラスト競技に興味ない人が0人なわけないじゃないですか!」

 それもそうだ。仙崎の自信はどこから沸いてくるのか知らんが、このご時世、400人の新入生がいてただの一人も……というのは、ちょっと考えづらい。

 俺はスマートデバイスに目を落とす。プロリーグの試合結果が速報ニュースで入ってきたところだった。


 ***



 イラストレーターという職業が過去のものになって久しい。いや、俺が生まれたときはもう絶滅危惧種だったらしいけど。

 車や鉄道の発明が、飛脚や人力車夫、馬車の御者といった職業を過去のものにしたように。電話交換手が必要とされなくなっていったように。将棋、囲碁、麻雀といったテーブルゲームのプロ選手たちが、ゲームの解析が進むことでその在り方を厳しく問われたように。

 ――AIの発達により、商業絵師は消滅した。当たり前だ。欲しい絵をイメージし、それを脳波の形でAIに送り込んだ方が、人間に描かせるよりよっぽど早く、精密な絵を手に入れることができる。年々イメージ再現の技術も向上し、実物をモデルにした絵は、最早写真と見分けがつかない域にまでなった。今や、一枚絵はもとより、ほとんど全ての漫画やアニメはAIをフル活用して制作されている。脚本や音響もだ。使われているAIの出来が、作品の出来を左右する、と言っても過言ではない。そこに人の手の入り込む余地はない。

 では、そうして危機に立たされたイラストレーターたちはどうしたのか? かつて写真が登場した際には、当時の画家たちはありのままではない、自らのイメージや描きたいものを自由に描くことでその立ち位置を維持したという。

 ――今から二十年近く前のイラストレーターたちは、絵を描くという行為をスポーツだと言い出した。身体を使い、自分がここにいることを主張する。それは既存のスポーツと何ら変わらないではないか。絵を描くという行為は、人類の限界に挑むということなのだ、と。

 その主張は受け入れられた。大勢の観客の前で、自らの持てるものを全て注ぎ込み、一つの作品を完成させ、その良し悪しで競う……イラスト競技――英語では「illusports」と呼ばれる――はまたたく間に世界中で支持を集め、数年で世界大会が開かれる規模にまで成長した。プロ選手は年収ウン億も珍しくないという。

 日本ももちろんその例外ではなかった。プロリーグ「Iリーグ」は今年で発足十年目、毎年スポンサーは増えているという。そして時を同じくしてインターハイでもイラスト競技が始まった。決勝は毎年生配信。今やイラスト競技部は、どこの高校にもあって当たり前の部活になった。



 ***


「イラスト競技部でーす!」

「美術室で新歓やってまーす!」

 始業式から数えて三日目。新入生にとっては、入学式から数えて二日目である。桜の木の下、まだ制服に着られている感の強い高校一年生たちが、あちらこちらから部活の勧誘を受けている。

「ビラ、減らないね……」

「ああ……」

 今日は二年の俺と仙崎が外の新歓用ブースでビラ配り、三年の部長と十条先輩が美術室で新入生への説明だ。この四人だけのイラスト競技部、少ない人手でもなんとかして回していかないといけない。野球部やサッカー部といった大所帯の部のブースが賑わう横で、声だけはと必死に張り上げる。

「SNSの方は?」

「いいねはもらえてるけど、おっ!って感じの反応は無いなあ……」

 仙崎のスマートデバイスを覗き込む。SNSのイラスト競技部公式アカウントには、勧誘の文章に混じって俺たちの作品をアップしている。特に仙崎の正統派とも言える作品や、独自の色彩やタッチを持つ部長の作品には多くのいいねが集まってはいるが、普段と比べて特別多いわけでもない。

「イラスト競技の人気、こんなものじゃないと思うんだけどな……」

 放課後の新歓タイムが始まって一時間。ビラはまだ十枚ぐらいしかはけていない。しかもそのほとんどは、俺や仙崎の中学の後輩に、半ば強引に押し付けたものだ。

「経験者とかいないのかね」

「絶対いるでしょ、小中学生の競技人口は今うなぎのぼりなんだよ」

 仙崎がブースの机を叩くと、茶髪のポニーテールとブレザーの赤いリボンがほんの少し揺れる。自信のある変わらない目で、身長が10センチほど高い俺を見上げる。

 仙崎の家は小さな建設会社だ。とても社長令嬢という感はないボーイッシュな女子だが、ピアノが弾けたり、日本舞踊をやってたり、家にはサポートAIロボットがたくさんあったりするのを知ってると、やはり俺のような普通の家庭とは違うんだな、と思ってしまう。

 そして仙崎の父親は、様々なイラスト競技の大会にスポンサーとして出資している。その縁で、仙崎も小学生の時からずっとイラスト競技を続けており、また様々な情報もいち早く耳に入ってくる。それだけに、イラスト競技に対するこだわりは人一倍強い。

「そうなのか?」

「うん。だから、普通に桜庭君より上手い新入生とか来るかもね」

「まじかあ」

 俺は高校に入ってからイラスト競技を始めた。もともと手先は器用だったし、配信で見て面白そうだなと思った、それだけの動機だ。

 あとは、部長の作品に惹かれたのもある。大会の優勝作品などにはなかなか見られない、ときに理論に反するような色使い。自由な落描きのようで、多彩な表現を出してみせる。『現代』というお題に対して、闇の中に全く同じサポートAIの機器を無数に並べたイラストを描いてみたりする。

 十条先輩と仙崎は、もっと審判AIに評価されやすい作品を描いて欲しいと言っているが、俺はあの部長のスタイルが好きだ。むしろもっと評価されて欲しい。


「あ、イラスト競技部ですか?」

 その声は、突然聞こえた。

 これ、一週間の新歓シーズンでビラ配りきれるのか……と思ってた矢先。俺は慌てて精一杯の笑顔を作る。

「はい! 興味ありますか?」

「ああ、まあそんなところです」

 真っ黒な学ランの胸ポケットに着いた校章バッジは青。やはり一年生だ。身長は170センチの俺と同じぐらいで、肩幅広め。スポーツ経験者だろうか。

「経験は?」

「いや、全然無いです。ただ、友達にずっとやってるやつがいて……」

「そうですか! うちは初心者でも全然大丈夫ですよ! もしよかったら、美術室でうちの部長が体験会開いてるのでぜひ!」

「わかりました。今日は他の部見に行くんですけど、明日以降行ってみます」

「ありがとうございます!」

 一年生の彼は俺が渡したビラを受け取ると、隣のロボット同好会のブースへは行かず、振り返って校舎の玄関口の方へ行ってしまった。

 ……つまり、このイラスト競技部目当てで来てくれたってことか?

 これは有望だ。さっそく部長に報告しないと……

「あれ、今新入生来たの?」

 トイレに行っていた仙崎が戻ってきた。

「ああ。ほら、あそこの壁際で友達と話してる子」

 俺は指でさっきの一年生を示す。少し背の低い、同じく一年生の男子と、何ごとか言葉を交わしている。

「へえ、これは楽しみだ……?」

 仙崎が首をひねる。

「なんだ?」

「いや……あの子なんかで見覚えあるなって……誰だったかなあ……」

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