すり減る心
あれは中学の時の修学旅行の班決めの時。
こういう班決めは心理戦だよな、と条件反射で思ってしまう。もちろん、一緒になりたい子は決めてある。とりあえずクラスを一瞥すると、深くて、濁った藍色を物々しく放っているクラスメートに気が付いてしまう。今思うとここからが間違いだった。
あれは
ほつれかけた布の端を崩して、糸をするする抜き取っていくように、色を分解していく。複雑な色がだんだんと単純化されていき、「感情」として定義できるようになり、対応する言葉が見つかる。そして、心の奥でそっと吐き出す。
――――藍、絶望。
加奈子は、誰の目から見ても最近ハブられ気味だ。もともとの気が強くて自己中心的な性格も災いしていると思うが。彼女は今、誰とも組めそうにない状況に絶望しているのだろうか。
仕方ないから加奈子と組むか、と思いながらさらに教室を見回していく。女子の群衆の中で、かなり毒々しい色を放っている
元生徒会長で、リーダーシップ抜群な彼女は、燃え盛るような紅色に、真夜中のような、黒みを帯びた青。それらが混ざり合っているものだから、決して綺麗とは言えない色を彼女は纏っている。
いつもの使命感で「解釈」していこうと思ったが、心なしかイライラしてきた。月野か、「解釈」しようとする自分か、それともほかの何かに対してだろうか。でも、見てしまった以上はするしかない。私は頭を掻きむしりながら、色を単純化し、感情にはめていく。
―――赤、怒り。山吹、プライド。藍、絶望。黒――。
黒を言葉に置き換えるのはやめた。黒を解釈するのは精神的な消耗がすごい。しない方が無難だ。黒をすると精神的に不安定になってしまう。自分の能力との付き合い方、それがここ当面の課題だ。
とにかく、私の考察としては、元生徒会長としてのプライドがある月野は、自分が余りそうな状況に怒りを感じつつ、絶望している、ということで間違いないだろうか。
月野はリーダーシップが強すぎて、それで反感を買ってしまうことが往々にしてある。しかしプライドの高い彼女は、後戻りすることを選ばない。救いようのない悪循環に陥ってしまっているのであった。
こうなったら、私のすることは一つだ。加奈子はハブられていて、組む相手がいない状況に絶望している。月野は、プライドが高いため余りたくない。でも一瞬見ただけで、今にも余ってしまいそうな状況だ。まず月野が余る前に行動しないと。最適解は決まっている。
深呼吸したかったが、そんな猶予はない。私は向こうの方の女子の群衆に向かって歩みだす。そして、作り物の笑顔のテンプレートでこう言うのだ。
「ねぇ、月野ちゃん!一緒に班組もうよ!」
甘ったれた声を出し、頭をほんのり傾ける。我ながら完璧だ。
月野の目は一瞬見開かれ、固まる。だがすぐに反応が来る。
「いいね、莉奈。よろしく」
それだけ言い放つ。高貴さがうかがえる切り返しだ。その言葉と同時に、周りの女子たちから憧憬のまなざしが注がれる。それも、私には可視化できてしまう。
―――ちょっと月野の扱いに困ってたんだ、莉奈ちゃんありがとう!
―――月野の機嫌が悪くなる前にマジ感謝!ジャストタイミング!
そんな彼女らの感謝が、私の目に、心に染み入る。それに喜んでいる場合ではない、まだすべきことがある。
そして、私は月野を連れて、加奈子のもとに歩を進める。その短い道中で、一応月野に尋ねておく。あくまでも、明るく。何事もないように。
「加奈子ちゃんも誘おうと思ってるんだけど、いいかなぁ?」
「うん、まぁいいよ」
「やったー、ありがとね!」
感情のこもっていない、社交辞令のありがとうにも、もう慣れた。若干の不服が月野の言葉に滲んでいたのは気づいていた。とりあえず「ありがとう」と言っておけば反感を持つ人はいない。
―――まあ、あの二人は合わないだろうなー。二人とも、気が強いし。
頭の中で、白い煙がゆらゆらと立ち昇っていくように、月野の言わんとすることを感じ取る。ものすごく共感できる。でも、月野はとりあえず組む相手が見つかり、プライドを維持できた。神様のような私に強く反論はできない。そんなことを考えていると、彼女の目の前に着いた。教室の隅だったので少し先ほどの群衆からは距離があった。
「加奈子ちゃん!よかったら組まない?」
「え?いいけど」
なんでお前と私が組まなきゃいけないんだよ、とも言いたげな冷たい声だった。目も合わせてこない。こいつもこいつでプライドを拗らせている。私はお前のためにこんな善行をしていない、と不満が顔に出そうになるのを必死で堪えて、営業スマイル。
あくまでも、クラス全体の人間関係の調和のためにこんな神のような行動をしている。自画自賛だと思われるかもしれないが本当のことだ。魔法の目を持つ私がいる以上、班決めで悲しむ人は出させない。そう誓ったから。
そして、この三人で修学旅行のメンバー登録をした。加奈子は無事組む相手が見つかった。月野は、余るという彼女にとっての大ピンチを回避した。私は・・・
そこで、言葉が何も思い浮かばなくなる。
私は、クラスの人間関係の不安要素を取り除いた。
でもそれは、どこか違う。私の欲望は、何も叶えられていない。それを気づくと急に絶望が襲ってくる気配がした。
―――感じるな、感じるな。
自分の心で必死にそう案じる。でも、感情からは逃れられなかった。目のあたりが熱くなってきて、何かが湧き上がりそうだ。
―――だめ、そんなのだめ。泣いてはいけない。
最後まで完璧でいないと意味がない。クラスの救世主でいないといけない。泣くのは絶対にだめだ。
そんな私の抵抗も虚しく、一筋の涙が頬を伝った。本当は組みたかった友達がいた。ハブられている人となんて到底組みたくなかった。なんで、こいつらと同じ班なんだ。
すると、泣いている私に気が付いたクラスメートが声をかけてきた。
「莉奈ちゃん・・・?泣いてる?大丈夫?」
本気で私なんかのことを心配してくれているのだろうか。思わずその救いの手を取ってしまいそうになる。でも、猫かぶりであまのじゃくの私は、そんな些細で簡単なことができなかった。ただ、頷けばよかった。でも、口からついて出た言葉は、違った。
「なんでもないよ~!ただの欠伸!」
そう言って、私はまた嘘の作り笑いをしてしまった。体じゅうに、虚しさが充満してくる。でも、もう戻れなかった。つらかった、悲しかったなんて言えなかった。もう、この涙を「ただの欠伸」と思い込む他なかった。私って、本当にバカだ。大嫌いだ。
魔法の目は、誰かを救う。
でも、その救いが私に向けられることはない。いつも、私の心に傷を残し、本当の自分を隠していく。
結局、私は魔法の目をうまく使えずにいる。
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