春─鬱金香(チューリップ)

 

 私と彼のあいだに咲く

 ───チューリップ。

 

 共感する考え

 一緒に暮らし、ベランダに咲く花を何回視たのだろう?

 そんなことをふと考え、手袋をはめた。


 ベランダにあったプランターの土を袋に詰め、咲き終えた球根を出した。用意していた水を張ったバケツで、根の土を洗う。


 彼と同棲のきっかけとなったチューリップ。


 実は……私は、酒には強くない上に酔うと手癖が悪い。だからなるべく呑まないように控えていたのだ。

 それなのに……。


 このチューリップも手癖の一つ。


 私はかなり酔うと、店の看板も持って帰るほどアクが強い。翌日きちんと返しに行くとはいえ、あっては成らぬこと。

 今は彼のおかげで深酒も気兼ねなくできるし、友達と呑みたい時も、この部屋に誘っている。

 彼は気を遣って、友といる時間飲んでるあいだは外出までしてくれている。

 友達は、「良くで来た彼氏だね」といい褒めてくれるが、外での飲酒は余程でない限りはNG。

 

 そんな原因を作ったのは私だけど……。


 「今までよくそれで無事だったね」と、彼に感心された言葉。

 思い出すと猛省しかない。

 しかしあの出来事切っ掛けで、彼は一緒に暮らそうと言ってくれた。


 一緒に迎えた朝の暉

 一緒に迎えた楽しい朝食

 一緒に迎えた反省の日


 ベランダに植えられる、

 ────チューリップ。


 そして今がある。

 よく考えると、付き合った男の中で長続きしたのは彼だけだ。

 私の悪癖は、夜を伴に過ごした男も同様のお持ち帰り。だから余り男に関して良い思い出もないし、自分でもダメだと自負していた。

 ……淫乱でないと、思いたい。

 一緒に呑む友達も止めてくれていたし、ハハハ。


 笑いごとではないよね。


 あの人の言う通り、よく無事でした……と。気が滅入りながら彼のことを、考えた。

 ……よくよく考えると付き合った彼氏の中であのような酔っぱらう姿を晒したのは彼だけだ。

 「一緒に暮らそう」と、言ってくれた言葉が嬉しかったことに嘘はない。


 今はどうなんだろう。


 ベランダで干される球根を横目に、園芸グッズの中から隠していたタバコを取り出し火をつけた。


 彼の前では吸わない。


 隠れてこいうことする私をどう思うだろう。

 ……もしかすると彼は、気づいてるかも知れない。

 いくら隠しても少々匂うし、キスするときに舌の味が苦いだろうし。

 こうやって考えると彼の「おかげさま」でが、たくさんある。

 このたばこにしてもそう。苛立ちを忘れるための物だが最近まで、吸っていなかった。

 今日久々に、仕舞われてた隠していたのを見つけ出した。

 久しぶりの煙太はどんな味かなと思い、口に咥えた。


 ……。

 ……たばこの吸い方が分からない。


 あれ? と、不思議な感覚が頭を擡げた。細い先端をゆっくり焦がし、煙を上げていく細い筒を眺め考えた。すると、窓が開け放つカラララという音が流れた。

 開いた先に視線を辿らすと、彼の足が見えた。


「吸わないの?」


 笑顔の彼は、私の手にある白い巻紙を取り上げる。すると目前で吸い始めた。

 

「えっ?(怪訝な私)」

「へっ?(平然な彼)」


 秀麗な顔は崩れることなく唇から綺麗に煙を吐き出し、満足気に私を捉えた。手にある葉巻は細い狼煙を上げ、ゆっくり風に揺れた。


「知ってたよ、タバコ。でも僕が吸うのは知らなかったでしょう?」


 彼は煙草をひけらかす。


 驚きのあまり固まる私の頬に、彼の唇が軽く触れた。

 私の内緒はバレていた。

 それと同時に一つ思ったことは、私はまだ彼を詳しく知らない?

 にこやかな彼の顔を直視し、考えていると問われた。

 「でも最近吸ってなかったよね」と見透かしたように云われ、私は首を縦に振った。

 ニヤリと彼はしてやった感丸出しで笑い、そっと抱きついてきた。

 そう、そうなのよ、そう考えると彼のおかげで私の悪い癖が外に出ることはなくなった。


 無性に腹が立ち、何故か股間を蹴り上げた。


 彼は煙草を手の平で消し、いきなり屈んだ。私はハッとわれに返り、小さくうずくまる彼に合わせ屈んだ。

 大丈夫と訊ねると、彼は涙目で「狂暴」と、笑いながら言う。

 私は謝る前に頬が熱くなり、顔を背けた。


 だって、彼のドヤ顔に腹立ったのだからしょうがないよね。


 何でも見透かす彼の瞳は潤み、物言いたげに私を見つめたけど私は目をはぐらかし、火傷してるであろう手に触れた。

 すると彼は「気にするならコッチでしょう」と言い、私の手を自身の股間に当てた。

 思わず叩きそうになったその手を止められる。ハハハと無邪気に笑う彼に、私は意表を突かれた。

 

「もう、煙草は要らない?」


 彼はそう訊ねると、ベランダにあるゴミ箱に放り投げた。不愉快な表情を浮かべ、彼を見上げた。

 じゃあ、吸う? とワイシャツの胸ポケットから白い巻紙が一本出て来た。彼はそれに火を点け、軽く吸ったあと私に口づけ、煙を私の口の中で吐いた。

 

 私は咽せた。


 完全に彼の玩具と化す私がいた。

 愉快そうに笑う彼に私は呆れ、頬を膨らませ睨んだ。


「おすそ分け」


 手にあるモノを咥え、彼は綺麗な顔を微笑させた。白皙な顔に私はムカつき、干していた球根を片付け颯爽と部屋に戻った。

 部屋に入り、鍵を掛ける音をわざと大きく立て窓を閉めて遣った。

 閉まる窓を彼は慌てもせず見送り、手にある物をゆったり咥え吸い始めている。


 ムカつく。


 呑気な彼を外に残し、私は買い物の用意をし出した。そんな私に「買い出し?」と訊ねる彼がにいる。


「へっ?(ビビる私)」

「えっ?(戯ける彼)」


 驚嘆し、固まる私に彼は隣の部屋を指差した。

 そうだった。ここのベランダは隣に幅広く、繋がっていたんだ。

 肩の力が抜けた私の頭を彼はニヤリと、笑いつつ撫でた。


「ねぇそれで、僕はいつまでベランダ放置の予定だった?」

「私の気が済むまで」


 私が拗ね気味に話すと、彼は極上の笑みを返してきた。まるで私がこうするであろうと云うことが解っていた、みたいに。


 やっぱり、腹が立つ。


 彼のしたり顔は変わらずだが、この間から少しずつ変化が起きた。


「今日の夕飯は?」

「ベーコンエッグ、卵スクランブル、オニオンポテトにパリパリのトーストとサラダに珈琲」

「トースト? 珈琲、それは朝だよ」


 そう。今上げたメニューは初めて一緒に朝を迎えたあの日、彼が私のために用意してくれた朝食。

 先ほど土弄りしていて……思い出した。


 彼は覚えてるかな?


 この先、二人に何かが芽吹くだろうか? 

 来年の春を待つ、あのチューリップのように。

 

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