春─シロツメクサ

 

 私と彼のあいだに咲く

 ────シロツメクサ。


 肌ごしに感じる温度気持ち

 一緒に暮らし始めてもう幾年か。

 そんなことを考えながら彼の胸に擦り寄り、鼓動に耳を寄せていく。

 私に頭突きを食らわせ起こしておいて、自分は寝る?


 あとで覚えておきなさい──。


 寝つく彼の表情は落ち着き、安らいでいた。

 普通叱られた後って、取り繕うモノじゃない?

 なのにこの人。遣りたいこと優しくキスだけして寝てしまった。


 呆れた─。

 でも……。


 起こさぬようにそっと、頬を撫で唇に触れた。ピクッと反応したと思うと私の指を舐め、静かに微笑し寝つく彼がいた。

 整った顔立ちに薄っら色付く、紅淡い唇。

 ここから零れたサクラの言葉。

 私は淡い紅でもあの時、ほんのり色付いていたシロツメクサを思い出す。


 昔の私は今の現状を知るよしもない。知ったら寂しがるだろうか?

  

 初めてのピクニック。

 初めてのお弁当。

 初めての贈り物……


 シロツメクサ───。


 暖かい陽射しを浴び、公園にある緑地は色鮮やかで。私の気分はいつもより跳ねあがった。 

 初めての遠出ピクニックということもあり、隣にいる彼との緊張も相俟って、余計新鮮に思えたのだろう。


 彼の笑顔も眩く映える。


 付き合い始めてから二人、あまり外出というものをしたことがない。

 休日はいつもカフェでまったりとか、ウィンドウショッピング、街並み散歩などという感じに過ごしていた。

 読書好きな彼が「今度は外に出掛けよう」と言い、車を運転し連れて来てくれたのは県またぎにある動植物園。

 嬉しさのあまり、久しぶりにお弁当を作った。

 彼はたぶんコレが好み、それともこれ─? 

 好きそうな物を連想し拵え、重箱に色々詰め込んできた。


 彼はどう思うかな。喜んでくれるかな?


 本当にウキウキしていた。もし隣にサルがいたら、代わりに笑っていたかも。

 子どものための小さな遊戯施設に、キリンが有名で知れ渡る動物園と併設された植物園。

 着いてすぐ彼は観覧車に乗り、ここの広さを上から矯めつ眇めつ。頭に叩き込むように確認していた。


 キリンのように首を伸ばして。


 子どものように瞳を輝かせている。

 楽しく展望する彼に合わせ笑うも実は……私は、この高さが恐怖でならない。


 そう、私は高所恐怖症。


 景観に釘着けの彼に悟られないように身体の震えを隠し、窓からの景色を眺めた。

 そんな私に大きな手が添えられ、そっと肩が寄せられた。

 照れた私は彼の顔を見つめた。柔らかく、優しい笑顔がそこにあった。知らぬ内に強張る身体は弛緩され、添えられた手を恐る恐る握ると私に応えてくれたのか、力強く握り返された。


 何も言わなくても気づいてくれた?

 

 乗り物から降りた後も、彼と手は繫いだままで……頬が熱い。下を向こうとした矢先、楽しく賑わう家族が横を通り過ぎていった。

 羨望を向け、過ぎ去って行く親と子を見送り歩いた。

 すると「いいな、ああいう家族。ね?」と彼はほほ笑んだ。

 同じ気持ちが、ほんのり胸に染みた。


 手を引かれ、檻に囚われた動物たちを眺め、優越を感じながら歩く私は悪い人だろうか。

 いくら食料や水が豊富にあってもココは広くもないし、自由ではない。


 動物この子たちは何も考えていないかな? それとも──。


 ライオンの瞳を覗き込んだ。

 ごめんなさい。

 私はここにいる動物含め誰よりも今、を満喫している。

 ケージの中で翼を広げるハゲタカは窮屈そうに空を見上げ、啼いていた。しかし今の私の感想は「わぁ大きい」だった。隣の彼も同じことを言う。

 彼の一挙一動がすごく嬉しい。

 

 広い動物園を周り終えると、お昼を少し廻っていた。

 隣にある植物公園でお弁当を食べることにした。

 緑が広がる原っぱでシートを広げ、彼がトートバックの中にある重箱弁当箱を広げていた。


 もう、お昼過ぎ。時間は遅いようで速いな……つまんない。


「もう昼か早いな。でもゆっくり行こう。慌ててつまんない時間にはしたくない」


 一緒のことを思う言葉が彼の口から注いでた時、ドキドキした。

 舞い上がる自分に「ああ、どうしよう」と思いつつ、目は彼がどれからどの品物手をつけるのかと気になり追いかけた。

 泳ぐ目を、悟られないように。


「嬉しいなぁ。おにぎりとサンドイッチに、色とりどりのおかず。ありがとう、早起きしたでしょう」


 礼を述べる彼の手には、オニオンチキンサンドがあった。

 「学生時代、弁当の中身は焼き魚や煮物のあり触れた和食で」と照れながら話した後、「洋弁に憧れてたんだ」と、はにかんだ。


 段々と彼について詳しくなる。


 ご飯が終え一息つくなり、彼は横に生えているシロツメクサを摘み、クローバーと合わせ花冠を編み出した。

 「妹によく強請られてね」と九つ歳の離れた妹の話をしだし、出来上がると頭に軽く乗せられた。

 彼の手先が器用なのも知り、家族構成も教えてくれた。


 私は王冠はなかんむりの位置を直し、彼に満面に微笑んだ。


 少しずつ距離が縮まり、彼にのめっていく自分に少し戸惑う。気が付くとせっせっとクローバーをむしり取っていた。

 クスクスと笑う彼の声でハッとなり、恥ずかしそうに目線を配る。

 彼は私の白い指に付いた土をはたき落とし、何かをそうっとはめた。


「はい、今日のお礼。今度改めて贈るから今は」


 シロツメクサの指輪が、私の右薬指で咲いている。横には四つ葉も一緒に。


 「う、キザだ」と、ちょっと思い引くも、まぁ、いいか彼なりの気持ちなんだろうと考え直した。

 彼もクローバを見つけ喜び、持参していた本に挟でいた。


 後日、本当に指輪をくれた。


 銀に光る、小さなクローバーがある可愛い指輪リング。それは今でも、ジュエリーボックスに仕舞われ眠っている。


 閑かに閉ざされた箱の中で輝くリング、今もちゃんと……ひかるかな?

 

 静かに寝つく彼は出会った時と変わらず、優しい。

 気持ち良さそ気に寝息を立てる彼に、何故か無性に腹が立ち始めた。


 私を起こしておいて──。


 最初の動物園デートお出掛けで見たキリンを、思い出した。

 縄張りや、威信メスを賭け、柵の中で首をぶつけ、争う彼らは面白かった。

 頭突きの件もあり、血の気が頭に上る私はこの場所を占拠したくなった。


 彼をベッドから突き落とす。


 なにが起きたか分からない彼が素っ裸で困惑していた。その滑稽さに私は布団に包まり、笑った。しかし、それがいけなかった──。寝たふりを、すれば良かったのだ。


 のではなくことを察した彼がベッドを軋ませ、私の上に四つん這いに覗き込んだ。

 プイッと顔を背けた私の首筋に彼は、勢いよく齧り付いてきた。

 思わずピクリと裸体が跳ねた。薄らとニヤけた彼に囚われ、後はなし崩しに……。

 私の首筋をゆっくり舐め、彼は悦びたのしみ始めた。私は彼の首を噛み、あの時のキリンのように抵抗したが──。


 流されてしまった。


 仕方ない。オス同士でもないしましてや異性。

 それに、からだの相性はすぎるのだから。


 目が覚めた私は身体の痛さに、今日が休みで良かったと……イタタタと呟き、腰を摩った。

 コイツは昨夜より健やかに、寝ついていた。


「……」


 ムカつくが彼の無邪気な寝顔に、安堵を覚える。

 そういえば昨日の彼はいつもと違い、私の名を呼び手を握り、ソフトに扱っていた事を思い出し顔が火照た。

 下腹部がキュンとなった恥ずかしさを隠すように、彼に擦り寄った。


 あれ?


 背中合わせじゃないことをさとる。


 

 

 

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