クロノスタシス

izu

第1話



 コーヒーの香りが好き。でも苦すぎると飲めない。ついでに言うとホットもあまり好きじゃない。エスプレッソ、名前だけ聞くと何故だか甘そうな気がする。

 テレビの中の天気予報。明日の最高気温は、また30度を超えるらしい。



 ▱



 クラシックが流れる昔ながらの喫茶店。カウンターの上にあるのは、これまた年季の入った工具箱。客側の席に並んで座る2人、そのうちの1人は眉間に皺を寄せながら作業をしている。本来ならば向かいに立っているはずの、この店の若きマスターだ。そんな彼の隣で頬杖をついて見守る、ポニーテールの高校生。


「ねー、緋成ひなりくん」

「何」

「直りそう?」

「急かさないで」

「別に急かしてない」


 そう言いながらセーラー服の後ろの襟を正したことで、その長い髪も揺れた。この問いかけは今日既に4回目。3度目の正直とやらは発動しなかった。無論、緋成くん、というのはマスターのことを指している。


「……お」

「え、直った?」


 答えることなく、作業を続ける。そして双方から見えるようにカウンターに置くと、止まっていた針が動き出した。


「はい、できた」


 ふう、と肩を撫で下ろした緋成に、パチパチと拍手を送る。


「また止まったら時計屋さん行きなね」

「えー、緋成くんも半分時計屋さんじゃん」

「できることはあっても辞めたら技術は劣るから、あんまり良くないと思うよ。今の僕の仕事はこっちだし」


 そう言って椅子から降り、向かい側へと移動した。


「……喉乾いた」


 ぽつりと吐かれた呟きに、緋成は目を細める。


咲奈さなからご馳走してほしいくらいだね」

「高校生にお金せびらないで?」

「物騒な言い方しないでよ」

「まあ今日は奢りますよ。その代わりコーヒー系にしてね」


 はい、と一覧が載ったページを開く。


「え、いいよ。冗談だし」

「この前バイト行って、ちょっとだけ自分で稼いたお金があるんです。だから大丈夫。お母さんにも『緋成くんが直してくれるって』って言って家出てきたし」


 もちろん緋成は咲奈の時計を直す約束はしていなかった。むしろ彼女がここに来るまで、時計が壊れたことすら知らない。


「……じゃあ、ありがたく。咲奈は?」

「今更じゃん」

「変わるかもしれないからきいてんの」

「大丈夫、合ってるよ。いつもの! えっ、今の何か大人みたいじゃない?」


 笑う咲奈は得意げで、揺れるポニーテールも心なしか嬉しさが連動しているように見える。


「それだと作り終わった後に、『私のいつもはそれじゃない!』って言われそう」

「緋成くんは私のこと何だと思ってんの? じゃあ、せーので言ってみよう。いくよ、せーの!」






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