第13話 マリーの報告

◇◇◇


 執務室に集った面々は、マリーからの報告を静かに聴いている。


 散歩に出掛け、シルヴィアが魔法を使うと、精霊に神々の住まう森へ導かれ、真神と対面し、シルヴィアが館へ真神を招いた。

 真神は、〈まことの神〉〈正しい神〉として厚い信仰を受ける狼。人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有する。

 シルヴィアは真神の〈魂の片割れツインレイ

 シルヴィアは命に従い、真神を〈アドルファスAdolphus〉…ルフと名付けた。

 気に入ったルフは、『シルヴィアの友として、番として、寄り添い、加護する。シルヴィアに、我は傅く』と宣言した。住処へ連れて行かれそうになったシルヴィアが、館へ招いた。変化したルフの背に乗り、空から帰還した。


 一同は、必死に動揺を押し隠し、途中からは放心状態で無になり、聴き入った。まるで、おとぎ話を聞かされているようだ。


「はぁー、……」


 溜息しか出ない。


 ウィリアムは、ようやく声を発した。


「マリーは、侍女レディーズメイドとする。今後もヴィーを頼む」

「畏まりました」

「みなでヴィーを正しく導かねばならぬ」

「御意」


 一同は、先程、各々が抱いた決心を再確認した。


「ルフ様が申されました〈番〉とは、魂のことでありましょうか?はたまた、伴侶に娶るということでありましょうか?」

「嫁にはやらん!」

「しかしながら、御館様待望の神の婿でございます」


 法務担当ゼンZenサンチェス Sanchez伯爵の言葉に、ウィリアムは当主ではなく父として憤慨し、ヨハンは常に冷静沈着で頼もしい限りだ。


「娘を持つ父として、ウィルの気持ちは察して余りあるが、いずれにせよ、神の加護とは、めでたい」

「ああ。誠に有り難い」


 財務担当エドウィンEdwinコックス Cox伯爵と、騎士団長アッシャーAsherケリー Kelly伯爵は、上機嫌で、今にも祝宴を始めそうだ。


「ヴィーはまだ四歳だぞ」

「子の成長など、刹那」

「ヴィーがどのような淑女に変身するか、楽しみだな」

「誠に」

「ところで、神は人に変化へんげできると聞いたことがある」

「さぞや、見目麗しい御姿なのでございましょうな」

「御館様、重ねてお祝い申し上げます」

「!!!!!」


 幼馴染みでもある側近達との、じゃれ合うような会話が、ウィリアムの緊張を解く。


 ウィリアムは、もう一度、「ふぅー」と、深く息を吐いた。


 ウィリアムWilliamナイトレイ Knightley 侯爵。この世に生を受けて三十三年。九歳年下の フローラFloraを娶り、二人の子宝を授かった。

 アルバートAlbertは、六歳ながら、聡い。次期当主にふさわしい器の大きさを感じさせる子だ。

 シルヴィアSylviaは、病床に伏すまでは、少々我が儘な、四歳児らしい愛らしい子だった。回復してからのヴィーは、時折、子どもらしからぬ言動をとるようになった。


 ヨハンが申すように、死の淵を覗いた者の境地に至ったのか。なんと労しいことだ。貪欲に学び、鍛錬に勤しむ幼いヴィーは、憂いと焦燥を抱えて、苦しんでいたのか。

 お前の苦しみは、我が苦しみ。穢れなきヴィーの魂は、神をも魅了したのか。神の加護を授かったこと、誠に有り難い。

 寂しくはあるが、ヴィーの健やかなる成長を、見守り、助けよう。


 窓の外、世界は逢魔が時を迎えようとしている。


◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る