第8話 外出

◇◇◇


 グランドール大国の最北に位置するナイトレイ侯爵領地の三月は寒い。朝晩は冷え込み、氷点下の日もある。


 比較的暖かな晴れた日に、シルヴィアは、マリーと共に散歩へ出かけた。


 シルヴィアは、動きやすい焦茶色のデイドレスの上に、お気に入りの深緑色のケープコートを羽織り、編み上げブーツを履いている。久し振りに庭園の外へ出るシルヴィアは、少し興奮気味だ。


「マリー見て!クロッカスが咲いているわ!」

「シルヴィア様。ぬかるみがございます。お気を付け下さいませ」


 はしゃぐシルヴィアの姿は、年相応に見える。


 シルヴィア様が健やかに成長なさいますように。神よ。どうかお守りください。


 マリーは、全ての神に祈らずにはいられなかった。


 雪解けの冷たい水がせせらぐ小川を辿り、枯れ草色の広大な牧草地へ着いた。たんぱく質や脂質が多く含まれているイネ科のオーツ。高カロリーでカルシウムを多く含むマメ科のアルファルファ。栄養バランスと消化性に優れているイネ科のチモシー。他にも、クローバーやレンゲなどの牧草が、一面に生息している。


「マリーはその辺りで休んでいてね!」


 マリーから離れ、牧草地を走る。近くに生き物がいないことを確認し、シルヴィアは立ち止まった。


「マリー、見ていて!」


 シルヴィアは、ワクワクする気持ちを落ち着かせながら、一番苦手な火魔法を放った。シルヴィアを囲むように、勢いの無い小さな火が、三メートルほど離れた辺りの枯れ草を焦がす。


「まあ、こんなものね。消さないように微調整しなくちゃ」

 

 続いて放たれた風魔法を受けて、小さな火は徐々に周囲へと燃え広がった。


「上手くいったわ。力加減はこれくらいかしら」


 百メートルほど先まで燃え広がった火を、水魔法で消火する。


「さあ、仕上げよ」


 最後に、一番得意な樹土魔法を大地に放つ。


 枯草色だった牧草地が、俄に色付いた。シルヴィアを中心に半径五十メートルほどの範囲の牧草が、一気に芽吹く。


 茶から赤、黒、緑と色彩を変えていく大地。この光景を目の当たりにしたマリーは、言葉を失った。


 シルヴィアが魔法を熟知しているのは明らかだ。四歳の子どもが、誰からの助言もなく、密かに鍛練をして、達するレベルの魔法ではない。


 一方、シルヴィアの周囲を飛び回る精霊たちは、なんとしてもシルヴィアと話したくなってしまい、姿を現した。


 美しく可愛らしい精霊たちの姿を初めて目にしたシルヴィアは、驚きと喜びで声も出せず、精霊たちの舞に魅入っている。


『『『『シルヴィア、大好き!』』』』

「ありがとう存じます!」

『シルヴィア、森で遊ぼうよ!』

『『『遊ぼうよ!』』』

『聖獣たちも、シルヴィアに会いたがっているよ!』

『『『いるよ!』』』

「聖獣?!」

『『『『うん!』』』』

「是非、お会いしたいわ!」


 シルヴィアは、呆然と立ち尽くすマリーに駆け寄ると、その手を取り、森へと誘った。


◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る