第7話 母フローラの祈り

◇◇


この世界には、精霊、魔獣、聖獣が存在する。


精霊は、火・風・水・土より生ずる。

人は、精霊の姿を見ることは出来ない。

精霊は魔法を使い、人は魔力を持っている。

魔力を精霊に捧げ、精霊の魔法をお借りする。

与える魔力が多いほど、使える魔法も強力になる。


魔獣は、不浄より生ずる。

不浄とは、人の強い怨念のことだ。

それ故に、魔獣を浄化することは出来ない。

人だけでなく、精霊や聖獣をも歯牙にかける魔獣は、発見次第、ほふるのみだ。


聖獣は、浄より生ずる。

浄とは、穢れなき清らかな魂のことだ。

浄を宿した獣が変化した姿だと信じられている。

人は、聖獣の姿を見ることは出来ない。

力の強い聖獣は、人語を解する。

その御姿を現し、人に神託を与えることも出来る。


聖獣から愛され、加護を授かったものを、〈魂の片割れツインレイ〉と呼ぶ。

ツインレイtwin rayとは、元々一つだった魂が二つに分かれて生まれてきた、対になった存在のことだ。

出逢ったら、離れられない。

お互いの魂が一つになることを望む。

同種族であれば番い、異種族であれば加護する。


◇◇


 シルヴィアは魔力の鍛錬に励んだ。毎日、枯渇寸前まで魔力を放出し、少しずつ許容量を増やす。徐々に、より強い魔法を使えるようなっていった。


 同時に、精霊たちとの交流にも精を出した。正確に言うと、結果としてそうなった。


 二つの記憶が混在するシルヴィアの摩訶不思議な魂に、好奇心旺盛な精霊たちは吸い寄せられた。


 精霊は魔力を吸う。シルヴィアの魔力は、特殊な媚薬のように精霊を魅了した。精霊たちは、シルヴィアに、惜しまず加護を与えた。


◇◇◇


 シルヴィアは、腕力や握力の強化を、早々に諦めた。幼くなったことで身体が軽くなった利点を、最大限に活かすことにした。


 努力と精霊の助力の御陰で、軽業師のように、木に登り、枝を飛び移り、三階の高さからひらりと舞い降りることもできるようになった。


 シルヴィアが三階から飛び降りた瞬間を目の当たりにした家人けにん達は大混乱に陥った。ある者は度肝を抜かれて腰を抜かし、またある者は血の気を失い失神した。


 その日から、シルヴィアの監視は厳戒態勢となった。しばらくの間、苦手な刺繍三昧の日々を余儀なくされた。


◇◇◇


 シルヴィアは、絡み合う糸と悪戦苦闘している。


「まるで人生のようですわ」

「ふふふ。ヴィーは詩人ね」


 シルヴィアの母フローラは、絡み合う刺繍糸を人生に例え、嘆いている四歳の幼い愛娘が、愛おしくてたまらない。


「ハンナ」

「畏まりました」


 ハンナは直ぐに、ヴィーの新しい刺繍道具を用意した。


 フローラ専属侍女レディーズメイドのハンナは、阿吽の呼吸で、言わずとも的確に意図を汲む。


 優秀すぎて、手放せないわ。たまに、心を読まれているのかしら、と勘ぐりたくなるほどだわ。


「お母様、ハンナ、ありがとう存じますわ」


 シルヴィアは、「はぁー」と溜息を吐き、真剣な面持ちで、新たに刺し始めた。十六歳のシルヴィアにも、刺繍は避けられない試練だった。


「ヴィーは、何を刺しているの?」

「馬ですわ」


 見ると、言われてみれば馬かも知れないわね、と思われる線で表現された何かが刺されている。


___〃

\―― ―

 / \  \



「これは、・・・・・・ダークナイトかしら?」

「お母様!左様でございますわ!」


 歓喜するシルヴィアと、この線から個体までをも特定したフローラの睦まじい様子を、ハンナは微笑ましく見守る。


 穏やで幸せな一時がこのまま続くことを、フローラは祈った。


◇◇◇

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