第13話  不穏

「渡辺さん、いつも悪いですね・・・」

脱衣場で風呂介助の支度をしていると、後ろから息子の義雄さんが声を初めてかけてきた。



少しずつ距離が近くなっていた気がしたが、なぜか義雄の声が強ばっている気がする。



「仕事ですから。義雄さんはゆっくりされていて下さい。今日はお父様も体調が良さそうで良かったです」

できるだけ緊張をほぐそうと笑いながら言っても義雄の顔はこわばり、動こうとしない。



「では、お父様をお風呂に連れてきますので」

渡辺が立ち上がると、ドアをとおせんぼするように義雄が無言で気まずい顔で立っている。



「父は、僕が連れてきます。お風呂介助の様子も参考にするので見ていても良いですか?」

いつもとは違う不穏な空気に渡辺の心はザワザワとざわついた。



義雄さんが、お父様を連れてくる間に渡辺は自分によくある事だと言いきかせた。



介助の仕事をしていると、どうしても家族とのいざこざやすれ違いやこれからの方針についてもめ事がおこる。



義雄さんだって社会人として働いてきて、介護生活にもヘルパーにも疑問や疑念があるはずだ。



義雄さんは、まだ穏やかなご家族なほうだ。介助後に少し話す時間をもうけよう。



久しぶりの介助で少しふらつきながら、義雄が父親を脱衣場まで連れてきた。風呂に入れている間、初めてずっと義雄は脱衣場で渡辺の仕事をみていた。



いつものミントの香りをさせて一義さんが眠そうにしている中、パジャマを着させると、義雄さんがお父様をベッドまで連れて行った。



さすがに、いつもとは違う。風呂場をかたずけながら渡辺は背中につたう冷や汗を感じた。



 

 風呂掃除を軽く終えて、いつものリビングに向かうと息子の義雄がいない。父親の部屋から小さく話し声が聞こえる。



 「あの、義雄さん、今日の介助はこれで・・・」

渡辺が部屋をのぞきこみ、話しかけると珍しく息子の義雄が父親の顔の近くに顔をよせて、何かを話している。



 「たから、何か変じゃ・・・」

 渡辺に声をかけられた義雄が肩をビクリとさせ、振り向いた。顔に緊張がはしっている。



 「あの、今日は何か不手際などありましたか?仰って下されば、改善致しますので」

 自分の心音がドクドクと聞こえて、体から溢れそうになる。



  「いいえ、いつも父をありがとうございます。またお願いします」

  社会人時代に作ったような愛想笑いを義雄がして、これ以上は家にいられる雰囲気ではなかった。



 すでに西日は半分落ちかけている。辺りがオレンジ色から夜の闇へと包まれていく。



  静かに支度をして、家をあとにした。今日の仕事の記録と状態をメールで会社に送信し歩き出した時だった。



 後ろから視線を感じた。

振り返ると、すでに闇に包まれた夜の中に、1人の女性が立ち止まってこちらを見ている。



 「何でちゃんと見てなかったのよ!」

 過去のあの女性の姿に似ている。

 一瞬、フラッシュバックをした渡辺は、呼吸が浅くなった。




  今日の不穏な義雄の行動をもう1度思い出した。まさか・・・。自分の過去を知っている?




 凍りついたように、棒立ちになっていたらいつの間にか、その女性はいなくなっていた。



 不穏なモヤモヤとした気持ちを切り替え、渡辺はなんとか歩き出したが、いつまでもモヤモヤとした気持ちが絡みつき、新しい冷や汗がまた渡辺の顔をつたっていった。


 

  

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