第12話 疑惑

「田中さん?」

義雄は、渡辺さんが来てくれてから少し気持ちに余裕が出来て、久しぶりに自分の生活用品を買いに外に出た。



いつの間にか、父親の介護を始めてからの何十回目の初秋が始まり風が涼しくなっていた。



久しぶりに秋物の洋服を買い、父親の洋服と必要な生活用品も買い両手がふさがったまま、義雄は振りかえる。



西日を背にしているせいか、声をかけてきたのがひどく痩せた老女に見えた。



買い物のエコバッグを腕にかけて、その老女は近寄ってきた。



「何か?・・・」

父親の介護を始めてから、近所付き合いもなくなり、正直、関わりたくはなかった。



近寄ってきた老女は、まだ70代前半くらいの主婦のようだった。



「渡辺さん、あなたの家に来てるんじゃないの?」

眉間にシワをよせているのに、口元は嘲笑うように歪み笑っているように見える。



人のプライバシーに、突然人をつかまえて話しかけてくる人間だ。義雄はこたえなかった。



「えっと、どちら様でしたっけ。この歳になると人様の名前を忘れてしまって・・・」

苦笑いでこたえると、あきらかに嫌な顔をしてくる。



「まあ、ね。渡辺さんがあなたの家に入っていくのを何度も見て心配になってね。あの人、私の父親を殺したのよ!」

思わず、はっ?と小さな声がもれていた。



「お風呂介助の渡辺さんでしょ?うちも頼んでたんだけど、お風呂場で私の父親が殺されたの。警察にまで行ったのに・・・病死でかたずけられて・・・」

老女は、名乗りもしないでペラペラと話すが内容が、義雄の頭の中では追いつかない。



殺された?警察?病死?風呂介助・・・



混乱している間に、老女はハンカチを出して瞳にたまった涙をぬぐう。



「田中さんも、本当にきをつけて。あの人は殺人者なんだから・・・私、これで失礼しますね。夫が家で待っているの」

いらない老女の家の事情まで聞かされて、義雄はその場に残された。



夕日が沈みだして、下弦の月と数個の星が輝きだす。



渡辺さんが、人殺し?


確かに今まで酷い仕事をするヘルパーを何十人を義雄は、父親を通して見てきたが、人を殺した・・・?


渡辺さんの優しい笑顔とさっきの老女の卑しい顔が混ざりザワザワと気持ちが揺れる。



近所付き合いは、もっと気をつけよう。外出は夜にしようか・・・。



義雄は、疑惑に揺れながら冷えだした空気を裂くように早足で自宅に向かった。




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