第3話 風変わりなヘルパー

「初めまして、今日からお世話になる渡辺と申します」

その渡辺と言うヘルパーは、170の身長の義雄より背が10センチほど低く、童謡の森の熊さんのように、まるまるしていた。



何よりも、ニコニコと満面の笑み。



「はあ・・・、こちらこそよろしくお願いします」

義雄は、今までの責任感が強いか、だらしないかの両極端なヘルパーしか見た事がないから、肩透かしをくらった。



「これ、つまらないものですが、羊羹です。一義さんがお風呂入ったら、皆さんで頂きましょう」

目の前に、差し出された羊羹は、全国でも有名店の羊羹だ。




「はあ・・・・・・」

大抵は、風呂介助のヘルパーの仕事は、入浴から着服、ベッドに横にしてまでが全部だ。



ご一緒に?俺はこの人と羊羹を食べるのか?義雄が動揺していると、お邪魔しまーす!とおおらかな声を父親の一義にまで聞こえるような声で、渡辺さんは家に入っていく。




真夏から初秋に変わるような、透き通るような涼しい風がふいたような人だ。




家に入ると、渡辺さんはとっくに父親の部屋に行っていた。




「あの、渡辺さん、今後のスケジュールなどの話を・・・・・・」

父親の部屋に、顔を出すと驚いた事に父親の一義が日向の中で微笑んでいた。



横には、渡辺さんのまんまるな背中がどんとかまえて、何かを話している。



また父親が微笑む。

義雄は、声もでずにその様子を見ていた。



父親が、最後に笑ったのがこの数年、思い出せない。



自分も最後にいつ笑ったのか思い出せない。気難しいヘルパーには、散々、愛想笑いはしてきた。



「あれ、義雄さん、いたなら話しかけて下さいよお~」

渡辺さんは、ニコニコしている。愛想笑いなどではなく、無邪気な子供が母親を見つけた時のように。



今後のスケジュールも決め、渡辺さんは週に3日くる事になった。




父親の一義が、入浴するのは気温差のない昼だ。



父親が、渡辺さんに連れられて部屋に入ってくると珍しく血行の良い赤い顔をしている。



ほのかに、ミントの爽やかな香りまでした。


渡辺さんが父親をベッドに寝かせて、満足そうにニコニコしている。いつもは、まるで苦行のように仏頂面をしついる父親の一義の顔も緩んでいる。



「渡辺さん、この香り・・・・・・」

思わす義雄は、聞いてしまった。



「ああ、田中さんのお家に来るまえにいろいろ失礼ながら調べさせてもらったんです。お父様、ミントの香りがお好きだそうで、オイルを購入して、足だけマッサージさせて頂きました」



確か、ミントは母親の由紀子が好んでよく香水でつけていた。



父親は、母親の香りが好きだっ事を始めて知った。



渡辺さんは、「台所おかりしまーす!」と言うと、羊羹を一義が食べやすいように、5センチの賽の目に切り、父親に出した。



義雄は、渡辺さんとリビングで食べた。甘いものなんて何年ぶりだろうか。口の中でとける小豆のひかえめな味に泣きそうになる。



「渡辺さん、父親は年金暮らし、私は貯金を切り崩しての生活なので、オイルも羊羹も大変、嬉しいのですが、お返しも出来ませんし・・・・・・」

義雄が、なんとか切り出すと渡辺さんが羊羹をもぐもぐ食べながら、キョトンとした顔をする。



「僕、この仕事が天職なんです。だから、お逢いした利用者には最善を尽くして、ご家族と幸せになってもらいたいんです」


天職?最善?幸せ?

義雄は、混乱した。今までのヘルパーは、仕事の線を越えず、ひどい時には父親の体に小さなアザができていた事もある。



渡辺さんは、羊羹を食べ終わると早々に自分の帰り支度を始めて「では、またあさってに」とニコニコして帰ってしまった。



「風変わりなヘルパーだなあ・・・・・・」

部屋を、父親のミントの香りと甘い羊羹の小豆のほのかな香りが、まどろむように包んでいた。





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