アブソリュート ~絶対的な強さを求めて~

ウンジン・ダス

プロローグ

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「さぁ、アブソリュートウェポンズ世界大会もいよいよ決勝を残すのみ! ここまで勝ち上がってきたのはマスターの称号を持つ日本刀の使い手クリムゾン選手と、遠距離武器ながら世界ランク8位のブラックキューピット選手! 泣いても笑ってもこれが最後の勝負! さぁ舞台はどんなステージなのか」

 待機室となっている真っ黒な壁だけの部屋の中でクリムゾンはステージ選びのルーレットが行われている画面を見つめていた。

「さぁ決定しました! 舞台は滝のある崖ステージ! これは遠距離が得意なブラックキューピットに有利か!? さぁ、今からアブソリュートウェポンズ世界大会決勝が始まります!」

 実況の声くらい届かないようにしろよと思いつつ、愛用の日本刀が鞘に収まっているのを確認してから対戦フィールドに転送されるまでの時間を待つ。

 画面に転送までのカウントダウンを示す数字が表れ、5秒、4秒と減っていく。準決勝で世界ランク1位を判定で下して得た決勝の舞台。まさか相手が遠距離武器の使い手であるブラックキューピットだとは思わなかったが、遠距離武器相手の戦い方も心得ているし、ブラックキューピットとは何度も対戦した経験があるから対応のしようもある。

 画面の数字が0になった途端、クリムゾンの身体は待機室から消え、対戦フィールドへ転送される。

 約500メートル離れた位置に、身体にぴったりと貼り付いたサイバー風のスーツを着たブラックキューピットが、スタビライザーが3つあるアーチェリーの弓を構え、袴姿のクリムゾンも日本刀の柄に手を掛ける。

 3、2、1と再びカウントダウンが始まり、0になった瞬間、クリムゾンは距離を詰めるためにタッチパネルのコンソールを操作してラピッドドライブを起動しようとする。

 だがそれを読んでいたかのようにブラックキューピットの弓から放たれた矢がクリムゾンの足下、胸元、頭に同時3つ飛んできてラピッドドライブをキャンセルする。

 先手を取られた格好のクリムゾンに対してブラックキューピットは大ジャンプで一気に崖の上に陣取ると矢をつがえた。

「おおっとー! ブラックキューピット選手、早くもいい位置につけたー! 遠距離武器で頭を取るのは必勝パターン! クリムゾン選手、早くも窮地か!?」

 実況がうるさい。

 確かに遠距離武器で上を取られるといい的になるからブラックキューピットは早めに頭を押さえたかったのだろう。だがそれだけのことだ。こっちだって伊達に世界ランカーをやっていない。

 崖の上から雨霰と降ってくる矢を避けたり、ガードしたりしながら機を窺う。

 だがブラックキューピットはとにかく近寄らせないように崖の上から矢を放ち続け、近寄らせてくれない。

 このままでは埒があかない。

 多少危険でも強攻策に出ていくべきかと思って、クリムゾンは崖の上めがけて大ジャンプをする。

 それを待っていたかのようにブラックキューピットはタッチパネルを操作し、技名を叫ぶ。すると3本のスタビライザーから放たれる矢が1本に収束し、それが放たれると同時にクリムゾンが崖の上に到達しようとしたタイミングで技がクリムゾンに当たりそうになる。

 だがこれも予想の範囲内。優位な崖の上を手放さないように大ジャンプの着地を狙って技を繰り出してくることは遠距離武器のセオリーだ。

 クリムゾンも大ジャンプが終わるタイミングを狙ってタッチパネルを操作し、技名を叫ぶ。

「狼牙一閃!」

 居合いの要領で鞘から迸った日本刀の一閃はブラックキューピットの放った矢を切り裂き、後方に散って爆発する。

 それを感じつつも崖の上に降り立ち、ラピッドドライブで距離を詰めようとした矢先にまたもや3本の弓が正確無比にクリムゾンの急所を狙ってくる。

 さすがに遠距離武器で世界ランカーになっただけのことはあるブラックキューピット、そう簡単には近寄らせてもらえない。

 だがこちらも同じ世界ランカーとしてのプライドがある。

 せっかく決勝まで進んだと言うのにこのまま何もできずに負けてしまうなんてことはあってはならない。

 遠距離には遠距離。クリムゾンが持つ数少ない遠距離攻撃技で相手を怯ませ、その隙に距離を詰めようと画策する。

 タッチパネルを操作し、複雑なコマンドを入力して技名を叫ぶ。

「クリムゾンバースト!」

 居合いで抜かれた日本刀から一筋の赤い閃光がブラックキューピットに迫り、それを避けるためにブラックキューピットは大ジャンプをする。

 チャンスとばかりにクリムゾンもブラックキューピットに向かって大ジャンプをしようと上を向いた瞬間、太陽の光に遮られてブラックキューピットの姿が見えない。

 ちぃっ! これも狙い通りか!

 普通のジャンプではなく大ジャンプを使用したのも太陽を背にして姿を眩ませるためだったと言うわけだ。

 次の瞬間、キラリと太陽の光とは別の光が3つ光る。

 まずい! と思った瞬間にはタッチパネルを操作していた。

「一閃陣!」

 居合いで抜かれた日本刀はクリムゾンの上に半月状の膜を作り、ブラックキューピットの矢を防ぐ。だが放たれたのは通常攻撃ではなく技だったようで削りダメージが僅かにクリムゾンのHPを削る。

 このまま遠距離で攻撃されるとジリ貧になってしまう。どうにかして近づかないとこちらに勝機はない。

 だが相手は冷静に行動を読むことに長けたブラックキューピット。通常の戦闘スタイルでは先を読まれて近づくことすらできないだろう。そうなると奇襲か、多少のダメージ覚悟で突っ込むかの二択になる。

 だがクリムゾンは奇襲は好みではない。

 正々堂々と真っ正面から戦ってこれまで相手を倒して世界ランカーにまでなった実力者だ。それならば奇襲なんてせこい手を使わずに多少のダメージは覚悟の上で近づいていったほうが性に合っている。

 ブラックキューピットが大ジャンプから降りてくる間も矢が降り注ぎ、迂闊に動けない。

 だが大ジャンプから降りている間は攻撃こそできるが、大きな回避運動はできない。

 ここがチャンスとばかりに多少のダメージは覚悟でラピッドドライブを発動して距離を詰める。

 おそらくこれも読まれているだろうが大技のダメージを喰らわなければ勝ち目はある。

 攻撃は可能な限り居合いで弾き、ブラックキューピットの着地点に急行するクリムゾンのところへ、今度は赤の光が瞬いた。

「ちっ! ここでエクスプロージョンアローかよ!」

 広範囲に爆発を引き起こすブラックキューピットの大技だ。直撃しなくてもいい。近寄らせなければそれで目的は達成されるとの判断だろう。ガードして耐えると言うことも考えたが、エクスプロージョンアローはノックバックが発生するからガードしても離れさせられる。

 ならばこちらも大技で相殺させてもらう。タッチパネルでコマンドを入力し、こちらも大技を繰り出す。

「牙狼爆砕!」

 相手に向けてではなく地面に向けて大技を繰り出す。すると崖が広範囲に崩れ落ち、ブラックキューピットの着地地点であるはずの地面ごと崖が崩壊する。加えてブラックキューピットが放ったエクスプロージョンアローが追い打ちをかけ、崖は半分を残して崩れ去った。

 ブラックキューピットは着地地点を失って、クリムゾンは大技の影響で崖から落ち、下の舞台にともに降り立つ。

「へっ、これでようやく五分五分だな」

「崖を崩して私に有利な位置を奪ったか」

 100メートルほど挟んで対峙するクリムゾンとブラックキューピット。

「あーっとー! 大胆にも崖を崩してブラックキューピットを崖の上から引きずり下ろしたクリムゾン選手! これで勝負の行方はわからなくなるかー!?」

 実況が熱のこもった様子で状況を解説する。

「だが私とて世界ランカーだ。近距離戦の心得もある。簡単に勝てると思ってもらっては困る」

「もとよりそのつもり! けど優勝をもらうのはオレだ!」

「それはどうかな?」

 ブラックキューピットがそう言った瞬間、矢が飛んでくる。ただの通常攻撃ならばガードしていればいい。今はとにかく距離を詰めないと話にならない。しかも残り時間は半分を切った。とにかく一撃でも技を命中させなければ判定でこちらが負けてしまう。

「ラピッドドライブ!」

「そうはさせん!」

 矢の通常攻撃、小技と連発してブラックキューピットはとにかく距離を取る。小技の削りダメージくらいならばガードして凌げばいいとばかりにクリムゾンはラピッドドライブで距離を詰める。

 そうして残り時間3分の2を切ったところでようやくクリムゾンはブラックキューピットの懐に入り込んだ。

「やっとオレの距離だ!」

「そう簡単にはやられはせん!」

「狼牙一閃!」

 スピードが命で威力の小さい狼牙一閃を繰り出すものの、アーチェリーの弓で防がれる。

 だが削りダメージは与えられる。

 大技は使えない。コマンド入力中に離れられてはせっかく入った懐からまた離れて距離を取られるとそれこそ負けがほぼ確定してしまう。小技の一発でもいい。とにかくそれが入れば判定で大きく勝ち越すことができるはずだ。

 短いコマンドですむ小技を連発してブラックキューピットを追い込もうと攻めるクリムゾンだったが、相手もさすがに世界ランカーとして近距離戦を戦い抜いて勝ってきた猛者だ。スピードのある小技といえどそう簡単には一撃を入れさせてもらえない。

「攻める! 攻めるクリムゾン選手! だがブラックキューピット選手は悉くそれを防いでいく! このまま判定に持ち越されればいったい勝つのはどっちだー!?」

 実況にも熱が入っているがその声はクリムゾンには届かなくなっていた。

 ここで大技を一発繰り出して判定を有利に進めるか。だが大技はコマンド入力が難しいからもし失敗すれば取り返しがつかなくなる。小技でちまちま削りダメージを蓄積したところで半分以上の時間をほぼブラックキューピットのひとり舞台だっただけに、AIによる判定はおそらくブラックキューピットに傾いていることだろう。

 イチかバチかの勝負に出るか。

 残り時間も少ない。このままでは判定でも勝てそうにない。

 ジリ貧になるのなら勝負に出たほうがマシだ。

 鞘走らせる日本刀を収めた瞬間、タッチパネルで複雑なコマンド入力を試みる。

 それを見てブラックキューピットは距離を取ろうとラピッドドライブを発動させる。

 ここだ!

 コマンド入力を途中でやめて大技をキャンセルし、ラピッドドライブをしながら矢を番えたブラックキューピットに向けて技を繰り出す。

「疾風迅雷!」

 ラピッドドライブと居合いの一閃を組み合わせたスキルを発動し、距離を詰めつつラピッドドライブのスピードを乗せた居合いの一閃がブラックキューピットの肩に迫る。

 だが相手も決勝に残った歴戦の猛者だけあってそれを躱そうと身を捩り、軌道を逸らそうとアーチェリーの弓を動かす。

 だが、僅かにクリムゾンの放った疾風迅雷のほうが速かった。

 日本刀が肩を掠め、ブラックキューピットの肩にダメージエフェクトが表示される。

「くぅっ!」

「よしっ! 当たった!」

 小技だからダメージは僅かだとは言え、一撃を当てたことには変わりがない。

 残り時間もあと僅か。後はこのまま攻めきれば判定での勝利は大きくクリムゾンに傾くことだろう。

 そうして……。

「タイムアーップ!! 両者一歩も譲らず、どちらが勝つのかは判定に委ねられました! さぁ勝つのはどちらの選手か!?」

 実況が煽り、観客が固唾を呑んで見守る中、AIによる判定は……。

 「You Win!」の文字がクリムゾンの頭上に煌めいた。

「いよっしゃー!!」

 両手の拳を突き上げ、クリムゾンは喜びを露わにする。

「勝者はクリムゾン選手! 2回目となるアブソリュートウェポンズ世界大会優勝はクリムゾン選手に決定しました!!」

 クリムゾンが叫ぶのと同時に実況が勝利の名乗りを上げ、その次の瞬間、観客から割れんばかりの歓声が轟いた。

 「おめでとう」と観客からの声が届く中、クリムゾンの元にブラックキューピットがやってきた。

「もう少し凌げば私の勝ちだったはずだったんだがな」

「ブラックキューピットさん。

 危ないところでしたよ。ブラックキューピットさんの言うとおり、あのまま疾風迅雷が当たらなかったが判定でこっちが負けてました」

「イチかバチかの大技。その後に何かが来ることは予想していたのだが君の刀のほうが速かったと言うことだな」

「そのようですね」

「おっと、言うのを忘れていたな。改めて優勝おめでとう。次は負けないからな」

「はい!」

 クリムゾンが返事をするとブラックキューピットは銀色の髪を靡かせ、背を向けた。

 そして潔さを感じさせる仕草で手を振るとその場から消え、舞台にはクリムゾンだけが残された。

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