エデンの惑星

龍羽

Volume:// Ab Introitus ad Graduale

File.F: The day awoked from his Dream

Report.1: 幼女が隣で眠っていた




 シリカノイドとは。


 骨格組織の珪素含有量を増やして培養されたバイオロイドである。

 体組織元素の結合力が弱い代わりに、過酷な環境での作業を可能とした未だ新しい人造生命体製造技術で開発された者たちだ。

 その運用には体組織結合を安定化させる個体調整ポッドとの併用が必要不可欠。十人十色———十人いれば十通りの趣味や思考法が存在するように、個体調整はその個体専用のポッドで行われるべきであり、また機体内の環境管理も対象者以外の異物を受け付けない大変デリケートな代物の筈だ。今回の任務に伴ってコールドスリープ機能の追加搭載カスタムがあったにせよ、『複数人による同時共用』は理論上不可能。


 要するに、ポッドは『』として作られている筈なのだ。


 そんなポッドの中に間違っても他人が———ましてやが隣で眠っている状況などあり得ない。



 青年は———レッドは、目を閉じたまま大きく深呼吸をした。

 心拍数が自分でも分かる程に早くなっているのを感じる。

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。


 きっとあれだ。コールドスリープ前に読んだ。人形の山に紛れ込んだ異星人と遭遇するSF小説のせいだ。大昔の映画をノベライズした物だとか何とかの。異星人という未知の生物にとても惹かれて蔵書にしたあれ。

 このミッションへの参加が決まった時、自分が異星人に遭遇する事になったらどうしようかと。勢いで集めまくった書物の内の一冊。

 そんな事を夢に見る勢いでコールドスリープのタイマーアナウンスを聞きながら意識を飛ばし———そうして覚醒アナウンスと共に目を覚ました。体感時間はほぼゼロと言っていい。意識の覚醒と共に左半身が固定されているような違和感を感じて、で。


 幼女が隣で眠っていた。


 いやいやいやいや。

 大事な事なのでもう一度今の状況を整理しよう。何か見落としてるかもしれない。しつこいとか考えちゃ駄目だ。


 1:僕はエデン第四惑星探査隊 第一陣の一人、スコッチ・レッド。

 2:生態調査班隊員として探査船に乗り込み、コールドスリープに就いた。

 3:目的の惑星に到達し、予定通りコールドスリープ状態から解凍された。

 4:同じポッド内で幼女が寝息を立てていた。


 いやいやいやいや。3と4の間に何があったんだよ!?

 おかしい!

 おかしい!


 ヒトは、信じ難い状況に陥ると、現実逃避というものをしたくなるそうだ。

 今がその時。


「きっと夢だな! もう一度寝るか」


 コールドスリープ中は理論上夢を見ない事になっているけれど、もしかしたらシリカノイドは例外的に夢を見る事もあるかもしれない。これは新発見じゃないか?目が覚めたら早速ドクターに相談を———

「レッドー」


 プシュッと空気の抜ける音と共に一人の青年がレッドの部屋に入ってくる———地質調査班のクミス・プラシオだ。彼とは探査隊の一員として選出されてからの付き合いだけれど、電空建造物構築の話で意気投合して仲良くなった。

「そろそろ召集だぞ。ぐずぐずしてないでさっさと支度し て・・・」

 その背後をレッドと同じスーツを着る人が足早に通り過ぎる———そうだ。コールドスリープから覚醒後45分でブリーフィング・ルームに集合って———あと10分も無い。どんだけテンパっていたのか。

 そういえば状況整理って何回やってたっけ?一回?二回?(解:12回)

 それもこれも未だ左腕にしがみ付いたままの幼女が原因であって決して僕のせいじゃ無い・・・と思いたい。

 頼むぞプラシオ。いつもやってるレイヤー建築のように、キレッキレの解決策を導き出してくれ…!


 プラシオの視線が僕と幼女の間を行き来する。何故か口が半開きだけど。ゆるゆると上がった手がこっちを指して———って、いやいやヒトを指すなよ。

「あぁ・・・ 邪魔したな」

 期待虚しく、シュンと音を立てて閉じられる扉。無慈悲か。


「待て待て待って! 見なかった事にしないでぇええええ!!」



   * * *



「うーん シリカノイドだなぁ」

 あの後すぐにプラシオを追いかけ部屋から転がり出た。突き刺さる周囲の視線から逃げるように医務室に向かい、入り口で最初に目が合った青年を捕まえた。僕らの入室に———しかも僕は幼女を抱えている———目を白黒させたその衛生班の彼に何とか事情を説明した瞬間、後ろから伸びてきた手に今度は僕らが捕獲され———そのまま流れるように医療検査用ポッドにブチ込まれて今に至る。

 まあその手の主が 今目の前でだらんと肘付き椅子に座り、エア・カルテを眺める胡散臭い男だった訳だけど。


「歳は7歳相当ってとこか。大方 施設の見学でもしてて迷い込んだんだろうなぁ」

 彼は探査隊の衛生班班長、エドワード・『Dr.』ノーマン。通称ドクター。歴とした天然物の人間———ヒューマノイドのひとりだ。

 探査隊にはこの人のようなヒューマノイドが何人かいる。有事の際に対応できるスペシャリストでもあるらしいけど、ノーマンを見てると とてもそうは見えない。最初の健康診断で対面した時、面と向かって言ったら両側とも頰を引っ張られたのはいい思い出だった。


「でも、シリカノイドだとしたら可笑しくないでしょうか」

 腰まで届く艶やかな黒髪の彼女は、同じ班でタッグを組んでいるラキシー・マリオン。二つ年上で、既に幾つかのミッション経験のあるベテランだ。

 専門は生態の中でも動物学の方らしいけど、植生にも造詣がある為今回のミッションに加わったらしい。発見されたばかりの惑星探査で まだ動物は未発見だけど万が一の備えだとか。彼女はさっきまで僕らがあらゆる検査を受けていた頃に医務室のドアをくぐってお見舞いに———もとい、ブリーフィングが終わったので今後の打ち合わせに来てくれたらしい。同じ班だから今回の事態の連帯責任で部隊長への報告も兼ねて。頭が上がらない。


「そうか、普通はある程度成長してから培養槽から出されるんだっけ?」

 そのマリオンの言った『可笑しな事』は僕にも思い当たった。彼女は頷くと 落ちてきた黒髪を耳にかける。

「ええ、人間で言う所の12歳くらいに、私たちは培養槽から生まれて来る。この子がシリカノイドなら7歳相当は幼すぎるわ」


 シリカノイドは基礎的な知識や最低限の運動能力を刷り込まれて生まれて来る。そこから大体3年で刷り込みでは賄えない情緒を育てられ、5年もあれば性格にまつわる個性が出来上がる。その先は各々の知識を活かせる職業訓練を電空や実地で学んで経験を積んでいくのだ。

 今回の任務———この恒星エデン・第四惑星の調査こそが、僕の初任務になる筈だった。なのに・・・。

 『目が覚めたら幼女に抱きつかれてました』とか笑えない。


「ふむ、生まれてからならレッドと同い年か」

「お前もだろっ」

 茶化してくる初任務仲間、プラシオを睨みつけると「あまり動くな」とノーマンの注意が飛んでくる。ここまで来るのに道連れにしてやれたのはいいけど、こいつだけ早々に解放されて発見者兼立会い役をしている———僕だけまだポッドに居座ってる状態で。

 例の幼女が 未だに僕の左腕にしがみ付いたままだったから。

 一向に放してくれなかった為に、僕まで一緒にポッドでじっとさせられている。


 まあ 粗方の検査はクリアして、半身を起こした状態で居られるようになったのは良かったけど。医務室のポッドは個室に備えられた物と違って、半身を起こしたベッド状態にもできる優れモノなのだ。


 僕が再び大人しくなったのを見計らってノーマンが一つ咳払いする。

「子供ができない夫婦の子として申請されりゃあ、赤ん坊から育てられる事もあるのさ。遺伝情報を組み込めば実質親子と変わらん———もちろんシリカノイドの性質は残るから、お前らと同様に調整ポッドは必要だがな」


 長い年月をかけ、様々な要因が重なって繁殖能力が弱くなった人類。その救済措置として、人造人間技術は発達した。養子として、義理の親として、友として、そして———僕たちのような働き手として。

 それがシリカノイドの存在意義だ。


「でも良かったですよ。コールドスリープ使用中は完全にロックされる筈ですから———この子が無事だったのは運がいい」

 そう言ってノーマンの隣に立って幾つものエア・モニターをチェックしてくれているのはシュトゥルム・ラドン。医務室に飛び込んで最初に目が合ったさっきの青年だ。相変わらずのオーバーサイズの白衣のせいでやや痩せ気味の腕がさらに細く見える。


 ラドンはノーマンの相棒的立場のシリカノイドだ。

 探査隊の隊員のうち、シリカノイドの割合は約7割から8割に上る。この比率は僕ら各種調査班やその護衛の防衛班、機体整備班もだいたい同じらしい。

 けれど衛生班はそれが5割程度にまで抑えられていると、検査の合間の暇つぶしにノーマンが語ってくれた。今回のような惑星探査では、衛生班だけはこの二人のように ヒューマノイドとシリカノイドがタッグを組んで事に当たるのが殆どなのだと———部署によって求められる事は違うから、という事なんだろうな。ちょっと興味深い。


 展開するモニターを叩く手を止め、ラドンがノーマンに向き直る。

「ドクター、彼の個人サーバー 設定変更できましたので、チェックお願いします」

「おう りょーかい———っと、目を覚ましたか」

 カルテを消したノーマンに言われて、左腕の体温がもぞもぞと動き出しているのに気が付いた。


 目を閉じたまま起き上がろうとしてちょっと失敗。ずん、と腕を掴まれ僕は慌てて自由な方の右手で支える。幼女の着る厚手のワンピースの袖の長さは裾と同じ丈で、腕はもちろん手まで完全に隠れてしまっていた。その為 腕の長さのせいで途中で折れた袖がクシクシと目を擦る———と思えば、眠気を払うようにふるっと金色ショートボブの頭を振った。そして程なく止まった頭がカクンと落ちる。まだまだ眠気が抜けていないらしい。

 その仕草にマリオンは黒真珠のような目を輝かせて「ふぁあ かわいい〜」とメロメロだ。

 その声にはたと顔を上げ、きょろきょろと周囲をせわしなく見回す幼女は、最後に僕にしがみ付いた状態の自分の格好に気がつき———顔を上げる。



 コールドスリープから目覚めて実に80分。


 輝くような金色の大きな瞳と ようやく目が合った。





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