汚れた世界
天羽ロウ
死んだ親友と毎日の地獄
『ありがとう、さくら』
目の前で、学校の屋上から飛び降りようとする親友の姿と、わたしが聞いた、彼女の最後の言葉。
落ちた瞬間、彼女は笑った。それは作り笑いではなく、心からの、本当の笑顔――。
「…待ってっ!!」
私は手を伸ばし勢いよく起き上がる。
自分の部屋。てことは、さっきのは夢……?
あぁ、わたしも似たようなことになってるからかな。こんな夢見たの。
「お、起きたのか。ちょうど起こそうと来たんだが、意味なかったな」
そこへ、父さんが扉を開け部屋に入ってきた。
「そうださくら、最近いじめで自殺が多いと聞くが……学校では何もないのか? 半年前に由衣ちゃんが死んだばっかだろう。何かあったら俺が学校に行くぞ?」
「なんども言ってるけどいじめなんて無い。あと由衣ちゃんの話出すなって何度言ったらわかるの」
「す、すまん。じゃあ朝ご飯出来てるから、着替えたら来なさい」
冷たいわたしから逃げるように去っていく父さん。
父さんが部屋を出て、わたしは自分の部屋に視線を戻し呟いた。
「学校速く行かなくちゃ……」
人間は、その場その場で必要とされるものを持っていない、あるいは突出した、独特ななにかを持っている。そのような人が
そのことを意識して生きる人も入れば、無意識のまま生きる人もいる。だが、一つだけ共通してるのは、自分の一面を隠しているということ。
自分以外の
社会で生き抜くには賢さと経歴を、学校ではいい子の偽物の姿を、家族の中ではオリジナルの家族の仮面を。私達人間は、そうやって表面上を取り繕っている。
では友達同士では?
その答えがわかっていても、わからなくても、解決などしない。
標的になってしまったら、大人に言いなさい。
大人はそう言うが、それができていたら自殺する人などいないのだ。
だが、先程から並べている理屈など、いじめには通用しないのが現実なのである――……。
「おはようございます」
「お、おう…おはよう石田」
わたしが挨拶をすると、挨拶を返し足速に去っていく先生。
前にいじめの件言ったから避けられてる気がする。
そこへ女子生徒2人が近づいてきた。
「ダメっちーおはよー。今日もあーそぼ」
「今日は屋上だからね〜。来なかったらまた火の精霊様に怒られちゃうかもよ〜? ま、私達はそんなんどうでもいいけど」
彼女達はクスクスと笑いながら、自分の席へ戻っていく。
彼女達が言う遊ぶ”とは、世間一般で言ういじめと同じ。
【火の精霊様】も、彼女達がいじめをするために作った空想上の生き物。わたしを脅すために使う存在。
わたしの私物に火を付け、「火の精霊様の呪いー!」とアホらしく騒ぐ。
わたしはまた、彼女達の『遊び』に付き合うことになる。
彼女達の待つ学校の屋上。扉を開けた途端、いつものように小言が飛んでくる。
「やっと来た〜。おっそいよダメっちー、待ちくたびれたじゃんか〜」
「それなー。いつもそうだけどさ、そのトロい足でも走ればもっと速く来れたよね」
「別にいいやん? ダメっちーちゃんと来てくれたんだし」
「んなの当たり前だろ」
「たしかに〜(笑)」
彼女達もいつものようにわたしを嘲笑う。
「ねぇダメっちー」
そこへいじめっ子集団の1人が、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
彼女は星野 夏姫。学校のアイドルにして、先生からも好かれる言わば優等生。
私のクラスの陽キャグループのメンバーで、いじめっ子集団でもあるこの女子5人組。
夏姫はそのグループのリーダー。それが、彼女の裏の顔。
「最近さ、私いい事あったんだよねー。1つだけ質問聞いてやってもいいよ」
「なっちゃん優しすぎ。傷物にそんな優しさは無駄だろ。先生にまで見捨てられてるし」
「愛莉ちゃん言うね、ウケる」
傷物。それは彼女達が呼ぶわたしのあだ名。ダメっちーというのも傷物を意味する英語からきている、と言っていた。
彼女達がわたしをダメっちーと呼ぶのは、わたしの顔に理由があるという。
わたしの顔には大きな火傷痕がある。
これは家が火事で燃えたときの火傷が残ったのだ。死ななかったのはその時亡くなった母さんのおかげ。
自分を後回しにしてわたしを外にいる人に放り投げ、母さんは逃げようとしたときに燃えて崩れた家の一部に焼き潰された。
わたしは一命を取り留めたが、母さんは助からなかった。
家に火を付けた放火魔も未だ捕まっていない。
「何ぼーっとしてんの〜?」
凛がニコニコと笑いながら声をかけてきた。
「質問することが無くて困ってるんやない? たぶん」
「そっか、なら私が代わりにきいてあげるよ」
そう言い美玲は夏姫に近づく。そして彼女の肩を軽く叩く。
「夏姫ー。ダメっちー質問思いつかないらしいからさ、あのこと教えてあげなよ」
「オッケー」
夏姫はいつも以上に気味の悪い笑みを浮かべ、わたしの前にしゃがんだ。
「半年前に死んださ、お姫様のこと覚えてる?」
「…………小原由衣」
彼女は学校の二大美姫と呼ばれる女子生徒のうちの1人。
夏姫もモデル級の美貌で、学校で有名だった。だが、それ以上の美貌を彼女は持っていたのだ。性格もいいことから周りから愛されていた。
そんな由衣ちゃんだが、ある日突然、飛び降り自殺で命を落とした。
彼女が消えた今、夏姫の美貌に並び立つ生徒はおらず、夏姫のひとり舞台となっている。
「そうそう、由衣だよ由衣。あの子さぁ生前私と仲良かったんだけど、知ってる?」
夏姫の問いかけにわたしは首を振る。
「由衣って可愛いよねー。本当もう、可愛がり殺しちゃいたいくらい」
そう言う夏姫の目に光は宿っておらず、ただただ闇に塗りつぶされていた。しかも、更にその笑みを深める。
「由衣はねいつも従順だったんだよー。それが本当可愛くてね、でもある日逆らってきてさぁ。だからお仕置きとして屋上に泊まってもらおう! って話になったの」
「え……?」
屋上に泊まる……? 扉の鍵を閉めた犯人って……まさか夏姫達なの?
わたしの頭が追いつかない中、夏姫はペラペラと話し続ける。
「さすがに1人じゃ可哀想だからダメっちーがちょうどいてくれて良かったよー。なのにさ、お仕置き中に由衣は死んじゃったの。主人の私を残してだよ? 酷いと思わない?」
「ま、待って。何言って……」
「せっかく奴隷として飼ってあげてたのに、主人の命令無しで死ぬとか何考えてるんだろうって思ったわ。だから、由衣の親友のダメっちー。あんたを罰として貰っちゃおうって話し合ったんだー」
「…………」
わたしは夏姫の話に絶句した。
あの日、わたしを見た瞬間由衣ちゃんは泣きそうになっていた。本人は必死に泣かないよう頑張ってたらしいけど、バレバレだった。
何故泣きそうなのを堪えるのか。
何故泣きそうになるのか。
そう思って、彼女に聞いても、『大丈夫だよ』としか言わなかった。
あの時、
親友が突然自殺した理由。それは、半年前からわたしを寄ってたかっていじめるこいつらだったのだ。
「てことでー、ダメっちーにもここでお泊りしてもらおうと思うんだー。親友ちゃんとお話してきなよ」
「え、待って、ちょっ……」
わたしが彼女達を引き留めようと手を伸ばすが、屋上の扉の鍵が閉まる音が響く。
本当に閉じ込められた……。
わたしは壁に寄り掛かり、ズルズルと背中を滑らせて座り込む。
そして、一旦、大きく深呼吸をした。
そして、空を見上げる。
空は夕暮れを過ぎ、星々が姿を現していた。
「もうこんな時間か……。速くうちに帰らな――……」
わたしは言いかけで黙り込んだ。
あの家に帰る必要って、ある?
そう頭の中に浮かんだからだ。
いじめがあったら学校に行ってガツンと言ってやるよとか吐かしてるクソ親父。
わたしは知っている。わたし達を殺そうとし、母さんを殺した放火魔、それがあいつなのだと。
家が燃え、助けられたわたしは父さんを見た。そこには、家が燃え妻を亡くした人の顔ではなく、どす黒い悪意に満ちた顔があったのだ。
「偽善者の父親にいじめっ子クソ集団の陽キャ、いじめのことを言っても流す先生共、標的にされたくないからと見て見ぬ振りをする他の生徒達。唯一の親友だった由衣ちゃんも、もういない……」
神様、わたし何か悪いことしましたか?
神様、何故あのような真っ黒な汚物がのさばっているのでしょうか。
神様、どうしてこの世界は汚れてしまっているのですか?
神様、わたしがあの人わ嫌っているのはいけないことですか?
わたしは立ち上がり、屋上の手すりに近づいた。
頭の中で、笑う親友の姿がよみがえる。
「わたしも……死のうかな」
手すりに手をかけ、下を見下ろしてみる。
「やっぱりやめよう。くだらない」
わたしは後ろに振り返り、手すりに背を向け歩き出した。
すると、大きな何かが羽ばたくような音が聞こえた。
とっさに振り返ると、手すりの上に白いワンピース姿の少女が立っていた。……いや、飛んでいた。
その少女の背中には視界には収まりきらない大きな翼があった。一対の翼は三組あり、真っ白な姿は輝いてるように見える。
この少女を表す言葉は……そう。
「――……天使…」
汚れていたわたしは、その綺麗な少女を見て目が痛くなりそうだった。でも、目が離せない。
少女の顔を見ていると、ある人が頭に浮かんだ。
「もしかして……由衣…ちゃん……?」
その瞬間、目から涙が溢れ出てくる。
わたしは膝から崩れ落ち、泣きながら天使の少女を見つめていた。
髪色も違うし翼もあるのに、わたしには由衣ちゃんにしか見えていなかった。
彼女は大きな翼を羽ばたかせ、ふわりと屋上に降り立つ。
「――……」
彼女はパクパクと口を動かし、何かを言っているように見えるた。
そしてしばらく見つめ合っていると、彼女はワンピースをはためかせまた宙に浮かんだ。
わたしから離れていくように、屋上からゆっくり飛び去っていく。
こちらをじっと見ながら。
また離れるの?
また取り残されるの?
またいじめられるの?
また……届かないの?
わたしは力が入らなかった足をひっぱたき、彼女に向かって走り出した。
手すりに足をかけ、大きく飛ぶ。
必死に由衣ちゃんへ手を伸ばし、叫んだ。
「待ってっっ!!!!」
さっきまでずっと無表情だった
わたしもニコッと微笑み手を握り返した。
わたしはあの日、死ぬ間際の彼女が、笑ったときの気持ちが今、やっとわかった気がした。
わたし達は、そのまま夜の闇へと姿を消したのだった。
汚れた世界 天羽ロウ @tenba210
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