文字どおりの世界へ

摂津守

電気を消す

 薄明かりの中、男女が二名、互いを求めあっていた。触れ合う肌、交錯する熱い吐息、声にならない喘ぎと囁き。そうして愛を高めあってゆく。


「電気、消して……」


 女がたまらず言った。始球式は終わったのだ。いよいよ試合開始。プレーボール、しまっていこう。


「ああ……」


 男は頷いた。


 すると、


 世界中の全てのエアコンが停止した。水槽のエアーポンプも止まった。夜だった地域から灯りが失われた。電気で動いている全てが永久的に停止した。電気という存在は一瞬にしてこの世界から失われたのだ。


 世界各地で飛行機が墜落し、全ての道路で事故が発生した。艦船は制御を失い当て所もなくさまよう大きな箱になりさがった。冷却不能となった原子力発電所が暴走を始めた。


 文明の崩壊が、人類の滅亡が始まった。


 二人の男女はまだその事実に気付いていなかった。互いを貪り求めあっていた。少し部屋が蒸し暑くなってきたのも、愛のせいだと思っていた。

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