第8話 パパへの想い
「で、荷造りは進んでいるの」あたしはマックでサラに尋ねた
「うん」
「サラに話がある」
「何」
「このあいだ私、サラに教えて貰った家に行ってみたの」
「そうなんだ」
「でもサラのパパには逢えなかった」
「会うつもりで行ったの」とサラは少し驚いたように言った。
「会ったとしても、話さないよ、ただ顔だけでもわかればって」
「よかった」という安堵の反応を私は感じた。
「会わずに帰ることもあるってこと」
「そこはわからない」
「でも奥さんだろうと言う人は見た。そしてその娘さんだろうと言う人も」
「どんな感じの人だった」
「自分で見てみれがばいい」
「何それ」
「智の隣のオジサンの奥さんと娘さんがその人だよ」
「えっ。てことは・・・」
「そう、智の隣に入院しているオジサンがおそらくサラのパパだよ」
サラの言葉が止まった。
何ともわからない表情だった。
ここでどうする、と聴いても答えはかえって来ないだろうと思った。
「ねえ」随分立ってからサラは口をひらいた
「3人は幸せそうだった」
「何それ。サラがパパと会うことと関係があるの」何を言わんとしているのか、何となく分かった。
サラは自分のせいで幸せな家庭に波風を立ててしまうのではと心配している。
が私はあえて言う。
「ねえ、サラはサラだよ。いくらサラのパパがこの日本で幸せだって、サラのパパには違いがない。会う事でサラのパパの家族に何か波紋がたっても、そんなことサラが気にすることじゃない」
「イヤそういうわけには」そこがサラのいいところなんだけれど、何を心配しているんだ、と私は思った。
「じゃあこういうのは、サラをあたしの友達として紹介してあげるよ。ママも名前とか。住んで居るところとか。その上でパパがわかっていながら何も言って来なかったら。サラとは接触したくないということだから諦めるしかない。でも名乗り出てくれたら。パパと再開できるよ」
「もう会っているよ」
「何言ってるのよ。お互いに認識しないで、会っているなんて言えない」
わたしはサラのパパに訪ねた
「フィリピンに行ったことがあるんですか」
「あっ、ああ昔、駐在でね」
「そうなんですか、どんなところですか」
「沙羅さんは行ったことがないの」
「はい。産まれてすぐに、母に連れられていったんですけれど、それ以来行っていないんです。母は二、三年に一度帰るんですけれど。何度も荷物運びで一緒に行こうとしていたですがその度に何となく」
「そうなんだ」
「でも友達もできたんで。一度行ってみたいなって」
「友達って」
「ああ、このあいだそこをを通ったサラです」
「ああ」
「彼女もうすぐ帰るんです。研修が終わるので、パパに会いたいって言っていたんですが、もう時間がないですからね」
「そうか、お父さんに会いに来たのかな」
「いえ。看護師の研修みたいですよ」おじさんはの表情は変わらない。
自分とは関係のない娘と思っているようだ。
それはそうだろう、こんなところで再会なんてしたら、むしろ運命の再会だ。
「お母さんはなんていうのかな」
「なんですか。心当たりでもあるんですか」
半分冗談のように、笑いながらたずねた。
「うん、昔、駐在の時に知りあった人がいてね、まさか知り合いではないと思うけど」
「そうなんですか。もうすぐそこ通ると思いますよ。巡回の時間なんで。聞いてみてください、もし心当たりがあるなら」
「いや。心当たりがあるということではないんだけれど。もし繋がりがあったら、世界はなんて狭いんだってことになるからね。まあありえないけれどね」
そうだあり得ないことが起こったのだ。
「それでも聞いて見て下さい」と私は笑顔で言った。
これでこの人がサラをどう思っているか分かるかもしれない。
私はそれとなく病室をでた。
そして作業をしているサラに近づいた。
「サラ、今大丈夫」
「見ての通り、大丈夫じゃないよ」
「大丈夫じゃなくても良い、来てよ」
「何よ」
「サラのパパに会って欲しい」
「えっ。だって」
「紹介する訳じゃないよ」
「じゃ、何」
「サラのパパがサラに興味を持った。色々聞いてみたいって」
「私が、娘だって言ったの」
「そんなこと言うわけないじゃない。単純に興味をもった。ただそれだけ、サラが娘だとは思っていないから、うまく言えばパパがサラのことをどう思っているか、わかるかもしれない、それで名乗り出るか、そのままにするか決めればいい」
「いや、そういうのは心の準備が整っていない」
「整っていなくても良い、こっちも興味本位で話してゆけば良い。そしてパパの反応を見れば良い」
サラは様々な想いがめぐっている。
どうするのが一番良いのか。
でも今このチャンスは今しかない。
きっと大した時間では無かったと思う。
でもそのサラの沈黙の時間は何時間にも感じられた。
そしてずいぶん経ってから、サラは結論を出した。
「うんわかった」
「よし、決まった」
「あっでも主任にことわってくる」
「うん」
病室に戻ると、おじさんと智が話し込んで、さらに盛り上がっていた。
智は場を繋いで置いてくれたのだ。
私は思わず心のなかで、
「智、グッジョブ」と叫んでいた。
しばらくして、サラがやってきた。
サラは満面の笑みでに病室に入ってくると。
嬉しそうにおじさんに声をかけた。
「フィリッピンのことよくご存知なんですか」サラは嬉しさを全身に醸しながら、おじさんに話しかけた。
それはとても演技には見えなかった。
そうだサラはパパに会えたことがうれしくてたまらなのだ。
そして、そんなサラが私はとても可愛らしく感じた。
それは今までのサラのイメージでは無かった。
それまでのサラは健気っで、まじめ、そして強いイメージ、もしくはあたしの実家に行った時のパパへの思いが爆発した時のサラだけだった。
でも本来のサラはこんな普通の娘なのかも知れない。
だとすれば、余程気を張っていたのか、そう思うとサラがかわいそうになった、あたしはそんなサラに優しくしてあげられたのだろうかと思い、直ぐにその思いを否定した。
なんて上から目線のおこがましい思いだろう。
完全に自分の方が恵まれていて、サラを下に見ている。
そんなふうに思えた。
「ああ」そんなサラの感じにおじさんはとまどっていた。
そして、私も初めてみたサラの可愛らしさに、おじさんは目をほころばせているように感じた。
明らかに、お見舞いに来るおじさんの娘とは、好感度というか可愛らしさが違う。
本当の娘さんは、心の底では違うとは思うけれど、その年頃にはよくある、パパの事が嫌いというオーラをだしている。
おじさんも娘は自分のことが嫌いだろうと漠然と思っている、今回は怪我をしたということで、見舞いにはきていたけれど、あれからまた、おじさんと距離があるように思える。
おじさんにはわからないだろうけれど、年の近いわたしはそう感じた。
「私、日本に来てフィリピンの事をよく知っている人に会ったの初めてです」
「あっそちらの沙羅さんは」
「ああ、彼女赤ちゃんの頃行ったきりなんで何も知らないんです」
「あっ私も。随分前だから」
「いえそれでも。フィリピンのことはお好きですか」
「いやもちろん。第二の故郷のように感じているよ」絶対に嘘だろうと思ったが、リップサービスとしては、まあまあだとあたしは思った。
「よかった。フィリピンはどちらに行かれたんですか」
「ああ、」と言っておじさんはある地名を言った。
「えーっ、そうなんですか、私、そこから来たんです」
「えっ、そうなの」
「田舎だけれど。綺麗なところだったでしょう」
「ああ、本当にきれいなところだった。夕日が特に素晴らしかった」
急にサラの顔が曇った。
「でも子供の時はよく分からなかったんですけれど、今はいい思い出はあまりないです」
「なぜ」とおじさんは尋ねた。
「ママは私を育てるのに、本当に苦労して、そんな、ママを見るのはとても辛かった、そしてそんなママをさらに私は苦しませてしまったんです」
「それは」そんなサラにおじさんがが探るように尋ねる。
「そんなママに私はよく尋ねました。パパはどこにいるの、って、そうするとママは何かを我慢する様に言うんです。
パパは大事な用事で日本にいるのよって。そして私はさらにママを苦しませてしまう。日本てどんなところ。いつ、パパは日本から帰ってくるのって。するとママは私を抱き締めて、サラが良い子にしていたら、帰ってくるよ、そう言って、私を強く抱きしめて、わたしに見えないように、大粒の涙をこぼすんです」
演技なんかでははない。
あたしにさえ言わなかったサラの本当の気持ちだ。
「サラちゃんはパパをどう思っていたの」おじさんのは探るように言うと、不安げにサラを見詰めた。
それはサラが自分の娘だとまでは思っていないが、もしかしたらと思い始めている様だった。
もし違うとしても、状況は一緒だ、もしこの目の前にいる娘が自分の娘だったら自分はどう思われるのだろう。
そんな不安がありありと浮かんでした。
私は、心の中で叫んでいた。
サラ気をつけろ、パパに対する恨みはあるだろうけれど、それを見せたらその時点で全てが終わるぞ。
「決して、ママはパパの事を悪く言うことはありませんでした。
だから私もパパのことを信じることにしました。
だからこそ。
日本に来たかった。
ママが愛したパパ、そのパパがいる日本を、見てみたかった。そして、ママが愛したパパに会って見たかった。
パパに会いたい。
パパに会いたい。その思いが次第に強くなってきました。
そして私は日本に来たんです」そこでサラは涙をこぼした。
それは本当に小さな涙だったけれど。
サラの思いにあふれていた。
あたしは気づくとサラを抱き締めていた。
するとサラは小さく声をあげて
「パパに会いたい。パパに会いたい」と繰り返し。咽び泣いた。
あたしはただサラを抱きしめ、サラ、サラ、と呼びかけながら、一緒に泣いた。
その場の空気が凍りついていたことは分かっていたけれど、そんなことはもうどうでもよかった。
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