詩ばっか書いてんな

燈外町 猶

城戸ちゃんが詩になるんやもん

 確かに、変わり者に恋したのは私だし、告白したのは私だ。 今日のデートを誘ったのも私だし、動物園に行きたいっつったのも私だよ。けどさぁ、デリカシーってもんがあるでしょうが!

 さっきから私そっちのけで百均のメモ帳に百均のボールペンで詩ばっか書いてんのはどうかと思う!!

「おい」

「え~、先輩に向かって普通に『おい』って言うやん。こわ~」

 動物園の入場ゲートから退場ゲートの中間地点に設置されたカフェで、車いすに座る三邦みくに先輩はケラケラと笑った。

「デートだっつってんでしょ、うたばっか書いてんな」

「そんなんゆーてもしゃーないやん、城戸ちゃんが詩になるんやもん」

「……」

 この人……ほんっっっとずるい! 本当にずるい! どんな言い方でどんな言葉を放てば私が喜ぶのか熟知してる!!

「城戸ちゃんは動物見て楽しんどるやん? ウチは城戸ちゃんのこと想って楽しんどるの。それぞれの楽しみ方があってええやん?」

 違う、と。私が見たいのは動物見てる先輩だ! と、声を大にして否定したかったが、大人げないし可愛げがあり過ぎるのでやめた。

「じゃあもう勝手にして」

 結局出たのは可愛げの無さ過ぎる台詞。少しぬるくなったコーヒーに口をつけて、秋晴れの空を見上げる。悪くない天気だ。先輩の顔色もいい。今日はまぁ、デートらしい雰囲気にはならなかったけれど、このまま何事もなく終わればそれでいいか――

「城戸ちゃん、ウチなぁ」

 ――そんな風に、考えた時だった。

「血管に、欠陥があんねん」

 先輩はしょうもないダジャレを、自嘲気味な笑みを浮かべながら、ポツリと呟いた。


×


 三邦みくに先輩に初めて出会ったのは、大学二年生の時。所属したい研究室に足繁く通っていた私は、とある先輩からおつかいを頼まれた。同じ研究室のメンバーだけど、入院中で大学に来られない三邦先輩に、書類を渡しがてら挨拶をしておいで、と。

「大学卒業したらなぁ、手術受けにアメリカ行かなあかんねん。ドエライ難度のバイパス手術なんやて。あっ、バイパス言うても道路のことちゃうよ?」

 【三邦】と書かれた表札がある病室のドアの前に立ち、少しばかりの緊張を持っておずおずとノックをした。返ってきた「はい」という声は、中にいる人が病人とは思えないくらい快活で、朗らかで。

 それからスライドドアを開くと、ベッドの上に文庫本を持った三邦先輩がいた。こちらを覗き込むように体をかかえる姿が、まるで小動物のようだった。春風に乗って窓から流れ込む桜の花びらとは対象的に、見ているこちらが不安になるくらい青白い先輩の顔に、一瞬で、惹き付けられた。

「で?」

「でって……。最低五年はあっちにおらんといけん。しかももーっと長引くの前提や」

「だから、なに?」

「城戸ちゃん、ウチら、ここらでバイバイせぇへん?」

 たぶん、今、先輩は私に視線を向けた。私は空を見上げたまま、文字通りそっぽを向き続ける。

「ウチはさぁ、このまま生きとっても出来る事、出会える人、他の人に比べたらえらい限られとる。やけど、城戸ちゃんはちゃうやん? 自由で、無限や。ウチがかせになって……足、引っ張りとぉない」

「普通、デート中に別れ話する?」

「もぉ~はぐらさんといてやぁ。……なけなしの勇気振り絞ったんやから」

 はぐらかすなってなんだ。今の話あっさり受け入れろってこと? 私がそんな聞き分けの言い女に見えるのか? こんなバカバカしい議題は全力ではぐらかせてもらう。

「先輩が動物も見ないで詩ばっか書いてたせいで、私の計画は丸潰れ。まだ半分しか回ってないのにもう閉園の時間。はぁ……どうして動物園ってこんなに閉まるの早いんだろう」

「夜行性の動物が暴れ出すからとちゃう?」

「見せなさいよ。そういう一面も」

「えー、ウチは見たないなぁ、凶暴化したレッサーパンダとか」

「いいじゃない。ギャップ萌えってやつよ」

「そうなん? ムズいわ~。なんなん萌えって」

「知らないものは難しく感じるものよ」

「深いなぁ~」

「深いわね~」

「……」

「……」

「やなくて!!」

 あぁ、はぐらかしきれなかった。最近ちらほら見せる先輩の別れたいムーブ。今まではなんとか上手く躱してきたけれど、今日は一歩踏み込んだ話もしてきたし結構ガチらしい。

「ウチなぁ、生きてるってよぉわからんかった。小綺麗な病室押し込まれて、体中チューブで繋がれて。まるで牢屋ん中で鎖に繋がれとるみたいやって悲観ばっかしとったんよ。せやけど城戸ちゃんが会いに来てくれて、恋人になってくれて。一変したんよ、何もかも。……わかってや、これ以上迷惑かけたくないんよ」

 たぶん、無意識なのだろうけれど、車いすをさするその先輩の仕草に、いい加減私もカチンと来た。

 これ以上? 今までだって一度も、一ミリたりとも迷惑だなんて感じたことがない。勝手に、勝手にそんなことを決めつけるな。

「本当に私のことを想っているなら、今すぐ私に殺されてくれない?」

「……なんなん、急に。別にええけど」

 いや本当になんだ急に。カッとなって思った以上にやばい発言をしてしまった。

「今のなし。……それで先輩が自由で無限になれると思うなら、いくらでも、どこへでも行けば良い。アメリカでもブラジルでも5年でも10年でも。だけど、その魂が、心が。私の傍から離れるなんて許さない。絶対に離してやるもんか。先輩が車いすに乗り続けるなら私が背中を押し続ける。先輩が立ち上がって歩くなら私が手を繋いで隣を歩く。そういうことを……願うことすらも許してくれないの……?」

「っ……。ご、ごめん、城戸ちゃん、ごめんな。ウチ……」

「いい。許す」

 慌てて車いすを動かしてこちらへ移動してきた先輩を制し、なるべく堪えていたにもかかわらずふいに流れやがった涙を拭き取る。

「でも次バイバイなんて言ったら、病気で死ぬ前に私が殺してやる」

「……ははは、口悪いなぁ」

 今度は先輩が馬鹿みたいに泣くものだから、既に湿っているハンカチでそれを拭った。先輩は「つめた」と言って笑って、鼻をすすって、また笑って、泣いて。

「城戸ちゃん……」

「なに」

「ウチ……幸せ過ぎて怖いわぁ。こんなん……持て余すて。どうしてくれんの?」

「どうって、言ったでしょ? 一生傍にいるわよ。というか先輩みたいな幸せ者そうはいないんだから、ネガティブになってても損するだけよ」

「せやね。…………せやねぇ」

 先輩は私のコーヒーを勝手に持ち上げると、わざわざリップの跡が付いてるところに口を付けて飲んだ。案の定、「けほっ」とむせてから「東京のコーヒーは薄いのぅ!」と強がってみせる。

 きっと先輩がブラックコーヒーを飲める日は、遠い未来だろう。だけど、どんなに遠くたって私達の未来は必ずある。必ず。

 だから焦らなくていい。どんなに不安が押し寄せようとも、二人で耐え抜いて、日々を積み重ねよう? 辿り着くべき未来を、二人で踏みしめるその日まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る