memory.5 豊かな村の嫁入り
私が、村長さんの屋敷にある私の部屋で本を読んでいた時のことだ。
もうすっかり遅い時間だったが、もう帰ってこない兄のことを考えながら、私は本を読んでいた。
そんな時、部屋に女の人が入ってきた。村長さんの息子さんの奥様だ。華族の家柄の娘さんだったとか、大学を出ているとか、村の教育に興味があるとか、昨日教わったばかりだ。他所から嫁入りしてきたばかりなのに、みんながペコペコ頭を下げている。
きっと、今のうちだけだけど。
「あなたがミヨちゃんかい。あなたのことを聞いて会いたくなってね。あなたは幸せかい?」
「幸せです!」
「いい子だね。お父さんとお母さんのことは不幸だったけど、これからは私があなたの家族の代わりになるよ。戸惑うことも多いだろうけど、私たちの言うことさえ聞いてくれれば、悪いようにはしないからね」
「はい、幸せです!」
この村は幸せな村だ。不作の年はひもじいけれど、飢え死ぬ家は一つもない。
この村は幸せな村だ。他所からやってくるのは駐在さんとお医者さんくらいで、あとは皆が家族みたいなものだもの。
この村は幸せな村だ。先生はこの村が気に入りすぎて、きれいなお嫁さんをもらって永住するって言っている。
この村は幸せな村だ。それを疑う人はもう居ない。
「いずれ、素敵なお婿さんも、家も、田畑も用意してあげよう。あなたが大きくなったらね」
この村は幸せな村だ。みんなが幸福な家庭に恵まれている。
この村は幸せな村だ。みんなが村長さんの命令に従っている。
この村は幸せな村だ。幸福は義務だ。
「はい、幸せです!」
「ところであなたのお兄さんはどこに居るか知ってるかい?」
「亡くなりました」
「そうか、彼から君のこと頼まれていたんだけど」
兄の知り合いだったなんて、話したくない。
兄のことは話したくない。
この村は幸せな村だ。幸せな村にヨソモノは要らない。
兄はヨソモノだ。
「…………」
「良い医者だったからね。惜しいことをした。どうして亡くなったんだろう」
「村の掟に従わなかったからです。掟に逆らうのは罪です」
「処罰されたんだ」
「はい」
「――誰がやった?」
この村は幸せな村だ。間違ってもやり直す機会を与えられる。
奥様の目は冷たい目だった。心臓を握りしめられたような気持ちがした。
私はまた間違ってしまった。村長さんから言うなと口止めされていたのに――
「私」
――言ってしまった。
この村は幸せな村だ。掟を守っている限り。
この村は幸せな村だ。嘘だ。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
「ミヨちゃん! 君は間違っちゃいないぞ!」
奥様はもう怖い顔をしていなかった。
「こんな村ぁ、ぶっ壊しちゃおうぜ!」
「え、あの、奥様、一体なにを……?」
「あーあ、やめてよ奥様なんて呼び方! 似合わないんだよね、あの顔だけのボンクラマザコン野郎が私の相手なんて冗談じゃないっての無理無理無理むぅりぃ~~~~~!」
「それは、その……」
彼女は、人形のように綺麗なお顔を崩してニカッと笑う。
「
次の瞬間、視界が真っ白になって、鼓膜を破るような音がして、私は気を失った。
*
「お、ミヨちゃん起きたけ?」
次に目を覚ました時、私は裸の乙女お姉さんの背中におぶられて、村の外れに繋がる道を歩いていた。
「えっと、一体何が、どうして、これから私……村の外に出るんですか!?」
「んだよ! 飯でも食いにんぐべい! 長岡のフレンドってにうんめえイタリアン奢っちゃる! もうすぐ車が来るから待っててね」
遠く山の向こうから注ぐ朝日を浴びて、乙女お姉さんは笑ってた。
私は大きな声をあげて泣いてしまった。
私は幸せだ。
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