やよい姫の異世界骨董店

第1話 幸せの青い鳥【1/3】

  そこは、ノスタルジック漂う小さなアンティ―クショップ。


 店の扉を開けて、まず眼に入るのは、今はもう動かない大きなのっぽの古時計。

 百年休まず動いていた、どこかのお爺さんの時計。

 お爺さんが亡くなった真夜中に、突然ベルがなったらしい………


 その横には、とある子供が、パパからもらったクラリネットが置かれている。

 それは、とっても大事にしていたにも関わらず、壊れて出ない音がある。ドとレとミとファとソとラとシの音が出なくなり、壊れた、というより初期不良ともいえる粗悪品だ。

 しかし、このままだとパパから怒られるので、どうしようと考えたあげく、なぜか象の鳴き真似のような(フランス語らしいが)、パオパオパパパと言って、ごまかせたのか、その後どうなったかわからない、幻のクラリネットだ。


 そのほかにも、赤い靴や、青い眼の人形など、物語に出てきそうな骨董品が、ところ狭しと置かれている、どこにでもあるようなアンティークショップ。


 ただ、普通のアンティークショップと違うところは、その店は異世界につながっているのでした。


 ◇ラルクの小言


弥生やよい姫、現世の日本で異世界骨董店は、無理があるのでは」


 白シャに吊りズボンのクラシカルな服装で、金髪巻き毛の少年ラルクは飾りにしかならないクラリネットの埃を拭きながら、奥のカウンターで骨董品に囲まれて座る店長の弥生姫に声をかけた。


 弥生姫は、雪白の肌の胸元と素足を露出気味にした派手な着物をだらしなくも、可憐に着こなし。伏し目がちな琥珀の瞳に、亜麻色で波のような長い髪が遊女のような妖艶さを漂わせている麗人だ。


「最近は異世界転移、異世界転生、異世界レストラン、異世界エステ、異世界キャバレー(ちょっと怖い……)などなど、異世界が目白押し。そこで、異世界への販路拡大、時代の流れに乗り遅れないようにと思って、異世界骨董店を始めたのだけど」


「そうですが、お店を出す場所が適当な気がします」

「そうかしら。だいたい、ラルクは真面目だから」

 少しからかうように言われたラルクはムキになって


「異世界でもいろいろあります。現世に常世、天界に魔界、並行世界、地底、宇宙、未来や過去。この前は死後の世界に店を出して、誰も来なかったじゃないですか。それで今は、現世の日本、ビジネスは選択と集中です! 」


 弥生姫はラルクの小言を聞き流しながら、のんびり、だらしなく店の奥に座って本を読んでいると、今日の一人目のお客が……


 ◇

 緊張した様子で、不安気に入ってきたのは、学校帰りだろう制服を着た高校生の少年。


「いらっしゃい」

 ラルクが店の奥から声をかけたが、弥生姫は本を手にして横目で一瞥しただけだった。


 少年は、少し品物を眺めたあと、なぜか惹かれるように鳥かごとその横に置かれている帽子を見つめている。ただし、その表情はどことなく暗い。


 その様子を見た弥生姫は席をたち、少年の横に立つと、おどおどした少年には目を合わさず品物を見つめ


「これは、青い鳥セットで、異世界に青い鳥を探しに行くときのグッズよ」

 突然品物の説明をする弥生姫に、少年は少し驚きながらも


「青い鳥って、幸せの青い鳥」

 興味を持った少年に弥生姫は、含みを持った微笑みで


「そうです。これで幸せの青い鳥を探しに行けますよ」

 冗談としか思えない話に少年は疑り深い表情だが、弥生姫は続けて


「横の帽子についている宝石のダイヤルを回すと、いろいろな異世界に行けるの。私の店の玄関のダイヤルと同じ仕組みです。それと、青い鳥を入れる鳥籠。以前は、鳥を捕まえたあと、青い鳥は消えたり、死んだりしましたが。これは、その不具合を改良し、入れた瞬間に時間を止める魔術式が施されている。おそらく、死ぬことはないでしょう」


 横で聞いていたラルクが、ジト目で

「おそらく……」と、つぶやくと、弥生姫はラルクの頭を押さえつけ。


「いかがでしょう。これを持って、異世界に幸せの青い鳥を探しにいかれては」

「どうして、僕に」

 少年が意外そうな表情で


「どうしてって。あなたの表情を見ればわかります」

 少年はハッとして、うなずくと、少し考え


「いくらですか」


「どうせ今お金持ってないでしょ。まずはお試しということで、ここにサインをして。支払いは後でリボ払いでいいから」

 詐欺まがいの契約に、ラルクは怪訝な表情をするが、弥生姫はかまわず少年にペンをもたせ、半分無理矢理、仮契約書にサインをさせた。。

 少年は契約書に


「青海ミチル」


 と書くと、ラルクはハッとし、弥生姫はニタリと笑う。

「それでは、袋に一緒にまとめて入れておきます。一応説明書も一緒にいれておきますね」

 そういって、さっさと袋詰され、断れない気の弱い少年は、半分押し付けられるように青い鳥グッズを持たされて帰っていった。


 ◇

 翌日の学校


「ミチル。昼の購買のパンを買ってきてくれよ」

「うん」

 教室の隅で一人座っているミチルに数人の男子生徒が声をかける。お金までは要求されないが、よくパシリにされている。


「それと、ミチルごめんだけど。今日の、掃除かわってくんない」

「うんわかった」

 ミチルは素直に返事をする。声をかけてくれるだけでもましだと思って、断ることができないミチルは、放課後の掃除を一人でやって、一人で下校した。


 こうして学校では、ほとんどイジメ状態で、友達はなく、家は貧乏なためスマホも持っていない。運動は苦手で、勉強も遅れているが、塾に行ける費用はなく、クラスでは置いていかれて孤立している。

 正直、学校は楽しくない、できれば行きたくない。


 帰り道、ミチルは空を見上げ

「鳥はいいな。どこにでも飛んでいける」


 家に帰ると母が作り置きしていた冷蔵庫の夕食をレンジにかけ、部屋に入って昨日、骨董店に立ち寄って預かってきた鳥かごと、帽子を眺めた。


「幸せの青い鳥か……」

 ミチルは、半信半疑で帽子をかぶり、鳥かごを持って鏡に立ってみる。

「まさかね」

 そう思いながら帽子のダイヤルを回す。


 すると突然、視界がフラッシュアウトし

「ええーー! 」

 驚く間もなく、気を失った。


「ここは」

 気がつくと、おとぎ話の魔女の家のような古い木造の部屋。木枠の窓に、アンティークな机と椅子、電灯はなくランプや蝋燭、部屋の隅には暖炉がある。


「もしかして、異世界転移」

 

 寝ているラルクの横には、ラメをまぶしたようにキラキラする白い衣を着て、薄衣うすぎぬのベールをかぶった、天使のような少女(美少女)が自分を見つめて立っている。


「君は……」

 なんとか、聞くと


「私は光の精、チルチル」

 少女は愛らしく微笑んで答えた。

 

「光の精チルチル? 幸せの青い鳥では、兄の名前がチルチルでは」

 少女はなんのことかと、言った表情で

「とっ……ところで、あなたの持っているかごは青い鳥を入れるかごですね」

 ミチルは

「そうみたいだけど」

 

 チルチルと言った少女は、少しもじもじしたあと

「あのー、そのー、私は青い鳥を探すお手伝いをする精霊です。それで……これから、一緒に青い鳥を探す旅に同行したいと思いますが、いいですか」

 ハニカミながら聞く少女に、


「もちろんです! 」

 ミチルの答えにチルチルは、ほっとした表情で微笑み

「ありがとうございます。断られたらどうしようかと思ってました。私、コミュ障で、気が弱いので」


 確かに見るからに、気の弱そうな少女だが

「青い鳥を探すのは、危険な旅ですから、一緒に行けてよかったです」

 さり気なく怖いことを言う


「危険な旅って」


「はい、異世界に行くのですから、ダンジョンや迷宮、魔界などいろいろな場所に行かねばなりません。でもご心配なく、死んでも他の異世界に転移するか、ダンジョンなら最初の地点にもどるだけです。無論、私はサポートキャラなので、一緒に転移します」


「なんだか、ゲームだな。まあ、いいか」

 ミチルがうなずくと、チルチルは

「それでは、旅の前に、ミチルさんにスキルを付与しますね」


 ミチルは、笑顔になり

(きたー! スキルの付与、異世界転移の王道だ。もしかして、無双のスキルを得て。この美少女といい関係になるのか)そんなことを考え、期待に胸を膨らませ

「どんなスキルが付与されるのですか」


「わかりません。でも大丈夫。あなたに合うスキルが、付与されるはずです」

 すぐに、チルチルは持っている杖を掲げると、周囲に光彩が舞う。

 すると、ミチルの頭の上に、もやっと文字が浮かび上がった。


 スキル………『身代わり』


「なんだそれ……」ミチルは絶句した。

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