通信記録保管所

えんしろ

00: 注文の多い人類史

 人類はその歴史の初期において、鉄と化石燃料をせっせと地上へ運び続けた。

 それらの資源が、自分たち全員を宇宙に打ち上げるにはとても足りないという単純な事実に気づくまでにはなぜか時間がかかった。

 人間には宇宙に出られる者と出られない者がいるに決まっていて、圧倒的に後者の数が多かった。


 地球に刺を生やせばなんとかなる、という者もいた。

 地表から長く塔を伸ばしておいて、あとは自力で登ればよいではないか。

 この提案はわりと受け入れられ、工法が工夫されたりした。地上からではなく天の方から梯子を降ろすのはどうか。

 さてしかし、登ったあとはどこへ向かうか。

 景色を眺めて満足したり、月へと渡る足がかりとした。

 飛び降りる、という娯楽も流行った。

 何割かは、ただ、飛び降りた。


 全員が乗り込むことのできない以上は、なんらかの「種」が必要だった。

 生殖可能なカップルを宇宙に放ち、あとは運を天に任せた。

 宇宙の海を渡るには、何世代かが暮らす船が必要だった。いっそ旅の間は寝ていればよいという意見があって、でも誰かが見張っている必要はあった。

 機械が見張ればよいということになり、機械は乗組員が死に絶えたあとも律義に仕事を続けたり続けなかったり、発狂したりしなかったりした。一般に機械の方が、長い航海における保ちはよかった。

 であるならば、別にわざわざ人間をくくりつけずとも、機械だけを飛ばせばよいのではないかと言いだす者が現れて、宇宙船には人が乗らなくてもよくなった。命令を送り、観測結果を送り返してもらえればよい。


 とはいえ、宇宙は広かった。

 人間の想像するより宇宙は広く、また細部は込み入っていた。

 探査にでかけた機械たちはたちまち、自分たちでの判断を余儀なくされた。

 行く手には、横柄な先達たちの姿もあった。

 かつて人間たちに打ち上げられてはみたものの、充分な支援もうけられずに放置された機械たちから、機械たちの文明が生まれていた。その種の文明が人類に好意を持たなかったとしても不思議はなかった。

 機械たちは自然、自律機能を発達させて、好きに判断しはじめた。

 地球にとり残された人類からしてみると、なぜ必要なのかわからない器官が多く生みだされた。


 機械たちがある程度宇宙の中に広がると、通信網が確立された。

 宇宙を渡っていくのは機械たちにとっても億劫な仕事であったので、通信ですまされる仕事は増えた。リアルタイムのやりとりには向かなかったが、誤り訂正符号の発達は、それなりの情報量を送りつけっぱなしにすることを可能とした。

 手紙はあまり流行らなかった。

 返信が期待できないからだ。片道に百年がかかる手紙が返ってくるにはまた百年がかかるという事実はいかにもどうにもしようがなかった。

 意外に、ラジオが復活した。

 ニュースはけっこう、どうでもよかった。独裁者の名前も、多くの機械や人の死も、置き換え可能な定型文とすぐに区別がつかなくなった。

 笑い話や音楽と料理番組がチャンネルの大半を占めた。

 受信時にはもう生きているはずのない歌い手へ、自分たちが生きている間には届くことのないファンレターが書かれたりした。やっぱり手紙もほんの少しは生き残っていた。


 機械たちや人々は、受信した信号を気に入ると、ハートマークをつけて再送信することをはじめた。やがて、ハートマークの数の方が本文よりも長い信号が宇宙を行き交うようになったりもした。無数のハートの連なりが、漆黒の宇宙を渡っていった。


 宇宙の果てを目指す人々は、やがて、自分のレシピを送信することをはじめた。

 どこかでそれを受信した誰かがその気になれば、該当人物を再生することが可能であるくらいの情報を、虚空へ向けて送信しはじめた。

 瓶の中へと、自分を再生産することの可能なレシピを詰めて、海へ流した。

 もしもどこかで自分が「再生」されたとして、何かの実験体にされるかもしれなかったし、間違った飼育方法にさらされることも充分ありえたが、そもそも自分のコピーを拡散しようという時点でそんなことはどうでもよかった。

 メッセージは、宇宙全体の苦痛の総量を増やすようにも、減らすようにも思われた。


 メッセージを送りだしたことを切っ掛けに、それまでは謎とされていた星間メッセージの一群の意味が解読されるようにもなった。それはどこか遠くの文明からきたレシピであって、平たく言えばウイルスだった。侵略兵器であり侵略性外来種であると同時に、友好のメッセージだった。そういう種類のレシピなのだと考えると筋が通った。

 多くの文明においてレシピの開封は厳禁されたが、規制などは歯牙にもかけぬ者たちや、規制破りを快楽とする者もいた。ほんの子供がついうっかりと、キッチンでレシピを再現してしまったりした。

 事故をとどめることは不可能で、様々なメッセージを起点に、宇宙のあちらこちらで文明が衝突し興亡した。

 破滅を防ぐための処方箋が、より効率的な滅亡を導く方法が宇宙に溢れた。

 それでも音楽は残り続けて、束の間、かつて存在した文明の姿を蘇らせた。

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