第22話 明美の反撃 思わぬ、助けて船

「歩、もういいから、降ろせ。明美、歩がここまでしてくれたんや。誤解は、とけたやろ。そして、今すぐ、歩に、謝れ!」

そんな言葉を発して、怒鳴り付ける。省吾の口から、歩は<男だ>と言えば、話しはすんでいたかもしれない。しかし、省吾は、その言葉を口にしようとはしなかった。

「省吾さん、私は、いいから…」

「いや、お前は、黙っとけ、明美いいか、お前は、歩に、ひどい事をさせたんやぞ、お前も、女やったら、わかるやろ。人様の前で、自分の肌を曝け出す。お前が、そんな事できるか。」

明美の態度に、腹が立ち、歩にひどい事を言わせ、やらせた怒りを、明美にぶつける。

明美は、ピンと伸ばしていた背筋が小さくなっていく。

「お前が、どう勘違いしようと、お前の勝手や。でも、物事には、やっちゃいかん事があるねん。お前は、それをしたんよ。さぁ、歩に、謝れ!」

そんな省吾の言葉が、心苦しく感じてしまう。しかし、何かが違うような事が、胸に引っかかっていた。

「ちょっと、待って!省吾さん。何か、違うような気がする。」

歩は思った事を、そのまま、言葉にした。

「何が、ちゃうねん。こいつは…」

「いいから!」

勢い良く否定の言葉を口にする省吾を、又、片腕を上げ、手のひらを突き出して止めた。

「だって、こんな事になったのは、省吾さんが、明美さんに、連絡をしていなかったからでしょ。明美さん、どのぐらい連絡をくれなかったんですか。」

この時、初めて、睨みつけられるのではなく、まともに目を合わせてくれた。少々、歩の言動に驚いている様である。

「えーと、二カ月かな。」

明美の方も、急にこんな言葉を、問いかけられたものだから、普段の口調に戻っていた。

「二カ月、二カ月も電話しても、出ないで、メール送っても、返事もせんかったん。それは、ひどい!」

思わず、省吾の睨みつけてしまう歩。はっきり言って、省吾は、歩の事を考えて、明美を怒鳴ってくれていた。なのに、裏切るような言葉を口にしていた。

「それは、電話来た時、俺が打ち合わせとか、携帯を持っていなかったんだろうし、メールは、たまたま、忙しくて出来んかっただけやろ。」

「それって、いいわけらしい、いいわけやね。ずっと、仕事をしていたわけじゃないんやから、電話、メールぐらいは出来るはず、省吾さん、二ヶ月間も、ほったらかされて、そんな明美さんの気持ち、考えた事あんの。省吾さん!」

今度は、歩が吠えた。確かに、明美がした事は、いい事とは言えない。でも、省吾が、こんな事になるまで、明美を追い込んだのは事実であろう。

「そうよ。歩君だっけ、歩君の言う通りよ。省ちゃん、答えてよ。」

歩の言葉で、形勢が逆転する。この時、明美の背筋が伸びる。再度、歩と目を合わせて、ニコリと笑みを見せた。

歩は、明美を、擁護する発言する。それは、明美の気持ちが、わかったからである。今回の明美の言動は、許されることではない。しかし、省吾の事を想い、真実を知りたいと云う気持ちが、明美にそんな言動を取らせていた。

「そうですよ。省吾さん、キチンと、明美さんに、説明しなさい。」

正直、省吾はまいっている。形勢が、二対一になってしまっていた。観念したのか、省吾は、こんな言葉を口にし出す。

「参った、参った。ほんだら、本音言うわぁ。確かに、俺は、明美と距離をとりたかった。うまくいけば、自然消滅という形になれば、いいと思っていた。」

そんな言葉を口にすると、省吾は、ソファーに深く座り、天井を向き、軽く深呼吸をする。

明美も、それなりに、恋愛経験はしてきている。省吾の態度と言動を見ていれば、そんな言葉では驚かない。だから、身を乗り出し気味に、次の言葉を待っている。

「明美とは、もう五年の付き合いになるか。別に、お前を嫌いになったとか、理由とちゃう。俺の中の問題やねん。こんなに長く、俺が、沈んでいる時、支えてくれたお前に、なかなか口に出来んかった。俺、結婚願望がないねん。」

そんな言葉を発して、明美の事を見つめる。

「何、私は、別に、結婚してなんて、言ってないよ。」

「言ってないよ。でも、態度に出ているんよ。お前のツレが結婚する話し、ウェディング情報の雑誌、ここでのお前との夕卓の会話。数えればキリがない。話しの節々に結婚と云う言葉を匂わしている。」

「そんな事ないよ。」

明美は、省吾の言葉を、力を込めて否定する。

「お前には、悪気がないのは分かっている。無意識なんだろう。お前とは、一緒に居たいと思っている。」

「じゃあ、いいじゃないですか。一緒にいたいなら、連絡とれなくしなくても、いいじゃないですか。」

歩は、そんな言葉を入れてくる。確かに、そうであろう。一緒に居たいと思っているなら、距離をとる必要はないと思う。

「ちゃうねん、一緒には居たい。でも、その先の事を、考えられないねん。俺の家は、そんなにうまくいっていない家族やったから、明美と結婚して、家庭を持って、子供が出来て、そんな風な事を、想像できないねん。」

真剣な表情で、明美と二人きりであれば、そんな事など、口に出来ない。恥ずかしいと云う気持ちはある。しかし、どうしてなんだろう。言葉に出来てしまう。

「省ちゃん、確かに、結婚を匂わしていたのかもしれないけど、省ちゃんが、嫌ならしなくてもいいよ。この二カ月、自分でも、おかしくなるぐらい、省ちゃんが、好きな事がわかった。逢いたくて、逢いたくて、自分でも、どうしたらいいのか。だから、一緒に居れるだけでいいの。いや、一緒に居たい。」

明美の力強い発言。歩は、省吾を見つめ、視線を明美に移動すると、二人に、気づかれないように立ち上がる。寝室に姿を消した。素早く、着替えを済ませると、リビングに顔を出した。

「では、私は、カオルママの所に行きますので、後は、お二人でね。」

そんな言葉を発して、深く、頭を下げた。残された二人は、気恥ずかしさが出てきたのか、もじもじしている。

「あっ、省吾さん、忘れてないよね。夕方、ママの店で…」

玄関先で、歩が、そんな言葉を叫んでいた。今日は、亨に自分の音楽を聴いてもらう日。省吾が、セッティングをしてくれていた。

「わかってる。」

「じゃぁ、遅れないでね。行ってきます。」

元気な口調で、部屋を出ていく。部屋に残る二人の事は知らない。まぁ、仲直りをしただろう。もう、大丈夫だと思ったから、立ち上がったのだろうし、二人を残して部屋を出たのだろう。歩は、歩なりに、【修羅場】と云うものを楽しんだ。思い切り、笑みを浮かべている歩が、自転車のペダルを漕いでいた。


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