きみにつづきあれ
サカモト
第01話 物語のつづきがほしい
最後まで読んで本を閉じる、見上げると窓の外で空に竜が飛んでいた。
青空を飛んでいる。
大きそうな竜だった。翼のついた蜥蜴みたいだった。
あれは、きっと、うちの家よりも大きい。けっこう高い場所を飛んでいるし、竜は今日も安定して、ただただこの町の空を通り過ぎるだけっぽい。父さんの話だと、生まれてこのかた、この町に竜が降りて来たことは一度もないらしい。竜はたまに通り過ぎるだけだった。
あの竜はどこへ行くんだろうか。実家とかあるのかね、竜にも。とか、考えながら見送って、もう一度、さっき閉じた本をひらく。
本の最後は、つづく、の文字で終わり、物語の次巻へ持ち越されている。
けど、わたしはもう知っている。この本は、閉じたら、もうこれでおしまいだった。この物語の続きの巻はもう何年も出てない。
いやいやいや、でも、でもさ、いつか、そういつかだ、きっと出るさ。
出る出る、出るさ。
と、一時期は、そう、つよく願ったものだった。それに、お願いもした、たとえば、よく光ってる星とか、めずらし気がしてする青い月とか、とにかく、身近な強そうなもの、えらそうなものに願いに願った。
で、あるとき決定的な感じで気づく。
ああ、もう出ないんだな。出ないのね。
そう、続きの本がまったく、出る気配がない。
わあ、そういうことなのかぁ、と、乱れうちした願いは、すべて徒労だったとわかった。そして、そうなのか、わたしは、あの物語の続きを知らないままの、この生涯を終えるんだと知る。
つくえに、つっぷした。
十六歳の、春である。
ああ、涙がでるぜ、いや、でないけど。
いや。
つまり、ある意味、これは、おとなになった瞬間でもあるのだろうか。魂に寂しさを感じる。でも、幸い、身体はすこぶる健康である。過ぎたる食欲もある。
最近はふかし芋が美味い。
で。
本はいつも読んでいる。家でも、寝る前も、学校の休み時間にも。
外でも、雨の日も、雪の日も、物語のなかを本当に生きる気分で読んでいた。ひたすら物語が好きだった。わたしのなかで物語は、現実と同じ体温をもっているように感じていた。
奇しくも作家をしている父さんの話では、そのむかし、出版技術の飛躍的、な、効率化がはかられて、大陸内に流通する本は一挙に、どかん、と増えたらしい。そして、いまが、まさに大出版時代といえるという。
とにもかくにも、たくさんの本が世に出た。でろでろと、出るに出て、出て、出まくったあげく、いっぽうで、続きが書かれないままになった小説も大量に発生することになってしまったみたいだった。
続きの本が出ない、それが作者の事情によるものか、それとも出版もとの事情か、とにかく出ない理由はたくさんあるみたいだった。そのあたりの心情は父さんからも少しは教えてもらった。
書くひとにも事情がある。十六歳である、十六歳の春である。それぐらい、わたしにもわかる。わかるけども、この世界には、物語の続きをどうしても、どうしても、知りたい人たちがいる。わたしもその一人だった。
つづく、で終わったその本の続きが知りたくて、身もだえている。ああ、あの物語の続きはどうあった、読みたい、知りたい。
でも、でない。続きがでない。
出来ることは、待つしかない。おおん、いつか、出てくれ。ぽん、と出てくれ。
ああ、ああ。
と、嘆き。
そんな日々を生きている、あるとき、わたしは知る。
この世界には、ある物語の続きを知るため、読むためなら、いくらでもお金を出すという人がいた。
いいや、もちろん、お金がないひとだって、続きを読みたい人がいるさ。
まあ、それはそれとして、とにかくいる。続きを読むためなら、どうにかして、と思っている人が。
ハトリトさんは、そんな人たちから依頼を受ける。
大陸内をごそごぞ移動して、途絶えた物語の続きを、その作者に書いてもらうよう頼む仕事。おおざっぱにいって、それでまちがいない。
ちなみに、ハトリトさんは三十歳くらいで、いつも全身、ひどいほど青い背広を着ている。よく虫みたいだと、通りすがりの子どもたちから言われている。
虫だったとしたら、毒を持ったとんぼあたりだった。いや、そんなとんぼいるのだろうか。
もしくは、あやしい配色のお菓子だった。大人は摂取するのに、怯む色をしている。
そして、わたしはというと、この人の助手だった。押しかけ助手である。
げんみつには、学校が休み週末の、週末だけの助手である。
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