裏将棋の世界
そうなると、結衣に将棋を教えたのは未知か、
「いえAIでの独習です」
結衣はあらゆるソフトを相手にしても遂に負けなくなったそうやねん。どんな頭してるんやろ。
「こんなのですが」
ユッキーと同じようなレベルの低いボケをかますな。ほいでも奨励会の門は叩かんかったんか。衣川未知の娘とバレるとウルサイかもしれんし、何よりあの法月王座が今も健在や。母の事件を蒸し返されるのも懸念したんかもしれん。
そやから言うて真剣師になったのも極端や。もっともや、人の短い人生やからどの道を進もうが勝手や。他人からは色眼鏡で見られようが、その道で食うて行けたらそれでエエやんか。長生きしても百年ぐらいしかあらへんからな。コトリらにしたら一瞬や。
そやけど真剣師言うても殆どが将棋会所とかで細々とした賭け将棋をやるぐらいやろ。雀荘とかで賭け麻雀するのと似たようなものや。そやけどそういう商売は難しいねん。博打は勝ったり、負けたりがあるから相手してくれるもんなんや。
「それは勝った負けたのカネは、その場の持ち回りみたいな感覚があるらしいね」
そうやねん。今日負けた分はとりあえず預けてるぐらいの感覚で、それをこれからの勝負で取り返してやろうがモチベーションぐらいや。実際はあれこれ使うにしろ、そやな延々と勝負は続いてく感覚としてもエエと思う。
そやけどバイニンは、突然現れて、まるで地引網でかっさらうように、その場のカネを毟り取ってまうねん。そんなんされたら、博打に使うカネがなくなってまうやんか。
「雀荘経営的にも許されないのよね」
雀荘の経営はショバ代で成立しとるんや。動いたカネがいくら大きくても収入が増える訳やない。バイニンがかっさらうと客も来ん様になって商売上がったりになる。そやからバイニンと目を付けたら出禁や。それどころか経営者仲間に回状出すぐらいや。
「だからドサ回りになるのよね」
名と顔が売れてまうと、いくら腕が良くても稼げんようになって干上がるから、ドサ回りをやる。これかって、同じことの繰り返しになり追いつめられてまうんよ。
「よくご存じですね。ですから代打ちをやっていました」
そんなもん今どき天然記念物やろが。
「また復活しています」
暴対法の影響ってやつか。暴対法は暴力団の伝統的なシノギを封じてもたんや。そうやって資金源を断って弱らせて撲滅しようで良いと思う。実際のところかなり効いてるのんは間違いないと思う。
そやけど上に政策あらば下に対策ありや。暴力団のシノギが変質していったんや。今のトレンドはフロント企業や。表向きは普通の会社にしてシノギをやろうや。そやから暴力団の世界でも経営に詳しいインテリヤクザとか経済ヤクザが幅を利かしとるらしい。
元が元やから怪しい商売をやってるとこも多いけど、中には普通の企業とほとんど変わらんとこもあるらしい。フロント企業の経営が上手いこと行き過ぎて、暴力団の看板を下ろしてもたとこもあるぐらいって聞いてる。
「怪しげじゃない健康食品で大儲けしたって聞いたこともあるよ」
そこまで行けば更生したぐらいと見て良いと思うけど、とにかくピンキリなんがフロント企業やねん。それとやけど、かなりホワイトのフロント企業でもやっぱり元は暴力団や。なにかあれば抗争に発展しやすいとこはゴッソリ持っとる。
抗争となった時に昔ながらの出入りなんてやらかそうものなら、待ってましたとばかりに警察が大々的に介入してくる。
「それだけで組が潰れるよ」
このリスクは暴力団もよう知ってるねん。今でも暴力でカタを付けることもあるやろうけど、それこそ人知れずやっとるはずや。昔みたいに派手に暴力沙汰を起こして力を誇示するなんてやれば自殺も同様やからな。
そこでみたいな話やが、それなりにホワイトのフロント企業同士の抗争では手打ちが行われる。そやけど手打ちとなれば妥協も必要になる。妥協とはどちらかが譲るもんやが、それを譲らへんのが暴力団やし抗争やんか。
「妥協部分をカネに換算して賭け勝負で手打ちにするのがトレンドです」
その賭け勝負の一つが将棋やそうやねん。麻雀とか丁半博打とか、手本引きみたいなものもあるけど、その手のものは、
「イカサマで揉めやすいのです」
かもな。ナンボでも細工は歴史が積み重ねとるからな。その点で将棋はイカサマがやりにくいとしてよう使われるそうや。仰山で睨んどったらまず出来へんやろ。
「ええ、ちゃんと記録係も付きます」
そうなんか。えっ、一手一手伝えられて、双方が別室で大盤解説までやってるって冗談みたいやな。持ち時間まであってチェスクロックを使うって本物の対局みたいやんか。
「ある意味、本物以上です。勝ち負けの重さはプロの公式戦の比ではありませんから。立会人も双方から出て、それこそ一瞬の隙もなく睨みを利かせています」
プロの立会人はお飾りみたいなとこがあるけど、裏将棋の立会人は、
「不正を見つければヤッパとかハジキの世界です」
おお怖。この将棋対決やけど、やはり将棋の強いやつが有利や。有利どころか、絶対のアドバンテージになる。ギャンブルと違うて偶然やビギナーズラックで勝てる要素はゼロやからな。
「コトリが結衣に飛車角どころか、六枚落ちで百回やっても勝てないよ」
うるさいわい。そやけどその通りや。将棋の強弱は絶対的なものがある。そこで出てくるのが代打ちか。なんぼぐらいもらえるんやろ。それも気になるけど負けたらどないなるんや。
「勝負の規模によって代打ち料は変わります。普通の勝負なら代打ち料は勝った方が大きいぐらいです。そうですね、後は負けたらランクの低い代打ちになったり、代打ちに呼ばれなくなったりぐらいです」
なんか想像していたより平和やな。なるほど代打ちにもランクがあるんか。勝てばランクが上がり、代打ち料もアップするねんな。小さな勝負にランクの高い代打ち使うたら、勝っても足が出てまう関係もあるそうやねん。
その辺の人選の駆け引きがあったり、申し合わせで代打ちのランクを決めたりもあるそうや。なんか普通の博打に思えて来てもた。とにかく大きい勝負ほど代打ち料は上がるやろうけど、最高はどれぐらいやろ。
「最高ですか? あれは特殊ですが、将棋日本シリーズの二倍以上です」
結構な金額やんか。これは代打ち料やから、動いとるカネはゴッツイんやろな。
「最高クラスは裏将棋の世界では命勝負と呼ばれて完全に別扱いです」
命勝負って聞くだけで怖そうやけど負けたら山に埋められるとか、海に沈められるとか。
「そういうケースもあるかもしれませんが・・・」
さらっと言うな。そやけど聞いとって妙な意味で感心したわ。負けたら、負けた分の賭け金を負債として背負わせられるんやそうや。そんなもの返済しようと思ったらマグロどころかベーリング海のカニやろうが。
「カニもポピュラーですが、最近のトレンドは中国とかの汚染地帯の浄化作業のようです」
どっちに行かされても死にに行くようなもんやんか。男はそうなるが女は、
「世界最古の職業がお待ちしています」
それしかないか。そやけど全部返済するまでに何年かかるんや。金額によっては死ぬまでやんか。利息かって半端なもんやあらへんはずや。
「負けたらそうなりますが、これで平和が保たれる一面があります」
勝負に勝った方は賭け金が手に入るけど、負けた方かって代打ちからそれなりに取り立てられるんか。それで双方がそれなりに納得するのがルールやて。そんな勝負の代打ちなんか誰が引き受けるもんか。
「やってましたよ。考えようによってはラクな仕事です」
どこがやねん。負けたら死ぬまで毎日股開かなあかんねんぞ。
「最高クラスの代打ちは特殊でして・・・」
なるほどそういう事か。真剣師でも借金で身を持ち崩すのはおるそうや。それを返すためにイチバチ勝負に打って出るって事か。それだけやのうて、命勝負になったら代打ち準備から始まるそうやねん。
強そうな真剣師を罠にかけて莫大な借財を背負わせたり、家族がおったら人質みたいに脅迫したりの古典的な手法や。そういうのはお家芸みたいな連中やもんな。
「そういう連中はせいぜい奨励会崩れ程度ですし、将棋の勉強もなおざりですから、赤子の手を捻るようなものです」
結衣が相手やったら誰でもそうなりそうやが、何人地獄に送ったんやろ。
「これは真剣師、とくに代打ちに身を投じれば逃れられない宿命です」
まあ結衣かって負けたら死ぬまで世界最古の職業をやらされるんやからな。でも聞いとると、
「なんてお察しの良い。命勝負は普通の勝負ではなく座興なのです。いわば組長同士の遊びみたいなものです。たとえれば闘犬とか、闘鶏みたいなものです」
そやからホンマに将棋が強い代打ちは、結衣が言う普通の勝負に多いみたいや。
「竜王戦でも顔見知りの人に出会いましたよ」
プロも代打ちに雇うてるのか。まあ将棋の強いやつを探し求めたらそうなるか。プロもトップクラスはともかく、下の方やったら生活苦しそうやもんな。それでも、ようそんなとこにおったと思うわ。
それにやで、ゼニ出してるんは暴力団や。あいつらが素直に代打ち料を払うやろか。それこそ帰り道に闇討ちぐらいするで。そこで殺しまではやらんやろうが、取り返したら代打ち料はロハになる。襲われた方かって、カネの出どころが出どころやから警察にも言われへんから泣き寝入りや。
「お言葉の通りです。この業界におられたことがあるのですか?」
幕末には女壺振り師やっとったからな。あの時も危ない橋は何遍もあったけど、それでも極道屋の親分の娘やからなんとかなった部分もあったが、
「代打ちには勝った後の庇護も必要です」
それってあの杖術か。
「杖でヤッパには勝てますが、ハジキには無力です。結衣が代償に差し出せるものは体しかありません。組長の愛人として代打ちをやっていました」
女があの世界で生き抜くにはそれしかあらへんけど、普通の感覚じゃおれへん世界やで。
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