小浜ちゃんぽん

 朝はホテルでバイキング。結衣が、


「西彼杵半島を南下するんですよね」


 大村湾の西側を走る手もあるけど、あっちは長崎空港があるから走りとうない。


「この辺はキリスト教関係の見どころが多いですよね」


 パスや。こう見えてもルチアの天使をやっとった時代もあるけど、キリスト教は好かん。そりゃ、宿主が火炙りにされとるからな。それだけやないけど長崎市はパスや。諫早に抜けて雲仙に向かう。


「コトリ、西彼杵半島は西と東はどっちが良いの」


 ようわからんかった。どっちもそんなに変わらんのやないかな。


「それって調査不足だよ」


 うるさいわい。文句があるのなら自分でプラン作れ。それでも熊本まで行かんで済むからノンビリ走れそうや。


「まずは西海橋を目指すで」

「らじゃ」

「わっかりました」


 国道三十五号から二百五号、さらに二百二号と走り継いで、


「これが西海橋ね」


 出来た頃は固定アーチ橋としては世界三番目やったそうや。大村湾から外海を結ぶ針尾瀬戸を渡っとる。西海橋を渡ったら西彼杵半島や。さらに国道二百六号で大村湾に沿って南下や。諫早まで来た時に、


「あれっ、雲仙に行かないの?」


 ちょっとだけ寄り道や。


「これって橋じゃないよね」


 諫早湾の干拓のために作られた堤防の上の道路や。とにかく真っすぐで気持ちエエやろ。七キロの平地の直線はそうはないで。


「お腹空いた」


 ユッキーはバイクの車載腹時計みたいなもんやな。もうちょっと我慢せい。雲仙市街を過ぎて、


「ここの温泉街も壮観だね」


 そやな。あちこちから湯気が噴き出しとるはさすがは雲仙や。いうてもここは雲仙温泉やのうて小浜温泉やけどな。市営の浜の湯の隣ぐらいって書いてあったんやが、ここや、ここや、


「入るで」


 こりゃまた風情と貫禄が溢れすぎた店やな。


「こういう小汚い店の中華が美味いのは神戸の通説みたいなものだけど、雲仙まで来て中華なの」


 そうや。そやけど中華は中華でもちゃんぽんや。店に入るとレジがあんねんけど、ここで注文とるんか。


「ちゃんぽん大盛り、卵も付けてや」

「鶏カラと車エビのフライも」


 長崎言うたらちゃんぽん食べなアカンやろ。それとここのちゃんぽんはタダのちゃんぽんやない。


「大盛りが八百五十円のちゃんぽんだよね」


 しょうもないツッコミ入れるな。ここのちゃんぽんは小浜ちゃんぽんなんや。


「そりゃ、小浜のちゃんぽんじゃない」


 日本には三大ちゃんぽんがあってやな、それは長崎、天草とここの小浜なんや。そしたらユッキーと結衣が声をそろえて、


「聞いたことないけど」


 よう聞けよ。ちゃんぽんは明治の三十年代に四海楼を開いた名料理人の陳平順が、福建の郷土料理である湯肉絲麺をアレンジして考案したもんなんや。


「へぇ」


 二人でハモるな。ちゃんぽんもご当地ラーメンみたいにアレンジされて、小浜のちゃんぽんも独自の地位を築いてるんや。


「どこが違うの」


 小浜ちゃんぽんの特徴はもうすぐ来るから見たらわかる。来た、来た、


「見てもわかんないけど」


 見てわからんもんは、聞いてもわかるか。とりあえず食うてみい。


「こりゃ、なかなか。トロッとしたスープが濃厚だね」

「濃厚そうですけどしつこくなくてあっさりしてます。それと殻付きのエビがそのままでも食べられます」


 わかっとるやないか。スープに片口イワシのダシが利いとって、トロっとしたスープがまず特徴や。それと炒められた殻付きのエビの旨味がよう利いてるやろ。


「卵はどうするの」


 そんなもん割ってかけるに決まってるやろ。


「こりゃ、なかなか」

「ボリューム満点で美味しい」


 小浜ちゃんぽんを満喫したら小浜マリンパークや。


「これ温泉に来たらやりたいよね」


 温泉を利用した蒸し釜があるねん。籠を二百円で借りて、生卵が売っとるから籠にセットしといて足湯や。ここは日本一長い足湯やそうや。


「ライダーに足湯はありがたいです」


 足湯で足を癒したところで、


「なるほど茹で卵が出来上がる訳だ」


 塩かけて食うのはたまらんわ。秋にはカニを蒸したら夕焼けカニと言われて美味いそうや。足湯と茹で卵を満喫したらちょっと引き返して、


「次の信号、右に行くで」

「別所ダムって書いてある方ね」


 そうやけど、これだけやったら不親切すぎるやろ。この道は雲仙に登る道やけど、タダの登山道路やない。


「有料なの? 小銭を用意しなくちゃ」


 無料の県道じゃ! ここの見どころ、走りどころはやがてわかるで、


「結構なワインディングじゃない」


 ヘアピンの連続になるんやが、


「ちょっとストップ」

「また道を間違えたの?」


 または余計じゃ。ここから見下ろしいみい。


「景色も良いけど、登って来た道がうねってヘビみたい」


 ヘビやない竜や。ここが雲仙きってのツーリングコースのドラゴンロードや。


「ボールを八つ集めると出て来るやつ」


 それは神竜や。


「こんな山の上に湖がある」


 これが登り口の書いてあった別所ダムが作ったダム湖や。もっともおしどり池ってなっとるけどな。温泉街が見えて来たな。


「温泉街と言うより住宅地みたいだけど」


 突き当たったたら右や。


「急に温泉街になった」


 さすがは天下の雲仙温泉や。立派な宿が建ち並んでるわ。


「ちょっとストップ」


 ナビによると右やな。しばらく走ると温泉街も切れて、


「誰かの別荘かな。門も立派だけど築地塀があんなに続いてる」


 その塀の終わりごろのはずや。


「ここに入るで」

「博物館とかなの」

「今日の宿や」


 こっちが東門か。茅葺の長屋門は風格あるな。ここは六千坪の敷地に離れだけで作られとる宿や。和風建築やけど、宮大工が作り上げとるねん。


「コトリ、まだチェックインには早いのじゃ」

「了解取ってある」


 仁田峠は走ってみたかったがパスや。明日があるからな。部屋は特別室や。ここは和室、リビング、寝室が別で、露天風呂、サウナ、ホームバーまである平屋建てや。


「コトリ、こんなところをよく取れたね」

「簡単や」

「えっ、それって」


 必要やろ。これで今夜に結衣にちょかい出すやつはおらんようになる。もし出しやがったら息の根を止めるまで返り討ちにしたるで。

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