法月王座

 女の敵は女ってやつやな。まあ、どう足掻いても女流棋戦のレベルはぐんと低いし、


「そこまで低いとは言えないけど、女流の第一人者がなんとか男性棋士に勝ち越せるかどうかだものね。その勝った相手だってトップ棋士じゃないもの」


 結衣は竜王戦を無敗で獲得しとる。これだけの活躍をすれば人気も高い、次に求められる女性棋士は結衣に続く女性プロや。それが増えるだけ女流の価値は反比例するように落ちる。これは先に囲碁がそうなっとるからな。


 そやからなんとか今のうちに叩き潰したくてしょうがあらへんのやろ。結衣のプロ待遇問題で一番の反対者は女流やったらしいからな。


「それと法月王座です」


 明日の対戦相手やないか。ベテラン言うより大ベテランクラスで一時代を築いた実力者や。名人位も竜王位も保持してた事があるし、今かて王座を死守しとる。それと将棋連盟の理事で発言力も強い。次期かどうかはわからんが、将棋連盟の理事長にいずれ就任すると言われとる。


「法月王座の将棋はクセが強いのよね」


 ありゃ、昭和の匂いがプンプンする将棋や。今の対局スタイルは盤面に熱中して無駄話をあんまりせえへんストイックなんがスタンダードや。そやけど対局中の棋士が会話を交わしてもかまへんねん。


「昭和の頃はそういう盤外戦術が花盛りだったものね」


 会話で相手の動揺を誘ったりや。それこそ威嚇したりもあったそうやねん。


「八百長を持ちかけたりもあったとか」


 伝説級になるんやが、五番勝負でタイトルホルダーが二連敗してん。その第三局で三タテは避けたいと相談をもちかけたそうや。つまり第三局は負けてくれってな。その代わりに第四局は勝ちを譲るとかや。


「他にもあれこれ条件を持ち出したとか」


 挑戦者は新鋭で、タイトルホルダーはベテランで将棋連盟にも影響力が強い人物や。下手に断ったら不味いの判断を心に生じてしまったそうやねん。自分の調子も良いから、三タテでも三勝一敗でもタイトルを獲れるのは変わらんぐらいの判断にさせられてもたそうや。


 第三局は勝ちを譲るような形になってんやが、番勝負は一局で流れが変る時は変わる。この時は第四局は勝ちを譲ってくれるはずの心の緩みまで出てもたんやろ。後は三連敗して敗退や。


「そんな取引は誰にも言えないもの」


 この時に敗れた挑戦者はついにタイトルに縁がなくなったそうや。以後は戦っても完全に心理的なマウントを取られた状態になり、どうしても肝心なところで勝てんようになったらしい。


「盤外戦だけじゃなく場外戦もあるよ」


 将棋は一対一の果し合いみたなもんや。とにかく気で負けたらまず勝てん。そやから日常でも相手にマウントを取ろうとするのが場外戦や。盤外戦の一種やが、なにかあればライバルになりそうな相手のプライドを傷つけたり、へし折ったりするぐらいらしい。


「法月王座が強いのも盤外戦や場外戦のお蔭って噂があるものね」


 あるやろな。法月王座とて歳には勝てん。若い頃より棋力は落ちているはずやが、とくに若手には強い。これは歳こそ取ったけど、その代わりに将棋界の地位が増した分はあるんやろ。


「若手じゃ言われっぱなしになっちゃうよね」


 そこを乗り越えるメンタルがあらへんと法月王座に勝てんぐらいやろ。とくに死守しとる王座防衛線の時はとにかく強烈やってどこかで聞いたことがある。


「あの噂って本当なの?」


 法月王座と皆川女流名人は愛人関係ってやつやろ。時々週刊誌とかのゴシップ記事で出てるわ。愛人関係であろうがなかろうが、他人の勝手やけど、女流棋戦の隆成の裏に法月王座の影があるとも言われてる。


「スポンサー集めの口利きと、そこからのマージンよね」


 これも噂だけやけど、女流利権なんて話もあるぐらいやし、


「皆川女流名人だけじゃなく、ハーレム状態って話もあったじゃない」


 あったな。でもホンマのところはどうなんやろう。結衣はここで、


「ほぼ合っています。全員がハーレムではありませんが、ハーレムへの参加を拒否した女流棋士は冷遇されています。それだけでなく・・・」


 女流棋戦も女性だけのものにしたいわけやなく、ここから男性棋士と戦える棋士を養成したいのもあるねん。囲碁は既にそうなっとる。プロ棋士への女性用のルートみたいな扱いや。


「法月王座は昔から女流との関りあいが深いのは有名ですが・・・」


 それってホンマかいな。将棋界の男性優位は歴史的なもんやけど、よう考えんでも不思議なとこがある。簡単には囲碁の女性プロ棋士や。名人かって本因坊かって取ったのが出て来てるねん。つまり適性として男女差はあらへん。


「差は競技人口の男女比だけだよ」


 法月王座は将棋でも女性プロが男性プロのライバルになるとわかっていたやだと。


「はいそうです。ですから・・・」


 女性プロ棋士の台頭を懸念した法月王座はこれを抑え込もうとしたと言うんかい。ホイでも女性プロ棋士の差が今の将棋と囲碁のスポンサーも差になっとるやんか。


「それは大局的な話ですが、女性プロ棋士の台頭が男性プロ棋士の取り分を減らす方を懸念したのです。もうはっきり言っても良いでしょう。自分のタイトルを脅かすような女性棋士を見つけて潰したのです」


 それって、えっと、えっと。


「そういう女性プロ棋士の台頭は女流棋士もまた疎んじたのです」


 それで法月王座と女流棋士が手を組んだってか。女流棋士の中にも男性棋士と肩を並べたいと精進するのもおるけど、女流の世界に安住したいのもおるってことやな。それを助長させたんが法月王座なんか。


「法月王座は女流振興のためとスポンサー獲得に熱心でしたが、それを利権化しています。女流棋戦の相場を御存じですか」


 男性のタイトル戦にも序列があるねん。名人は江戸時代からの伝統もあって別格扱いのとこもあるけど、序列を決めるのは優勝賞金や。竜王がトップとなってるのもそこで、唯一公開されとるけど四千四百万円や。


「でも王将戦や棋聖戦は・・・」


 非公開やから推測やけど三百万円ぐらいやとなっとる。竜王戦の十分の一もあらへんねん。というか竜王戦が別格みたいに高くて、二位の名人戦で三千万円、三位の王座戦でも一千万円ぐらいやとされとる。


 ちょっと待てよ。男性棋戦の最低ランクが三百万円やったら、女流棋戦はバランスとしてそれ以下になっとるはずや。そやけど女流棋戦のスポンサーは有名どころがゴッソリおるやんか。有名やから言うてゼニ出し取るとは限らんが、


「そういう事です。法月王座と取り巻き女流棋士がピンハネどころか中抜きしています。それがいわゆるハーレムになり女流利権になります」


 そういうカラクリか。法月王座は女性プロ棋士が自らの地位、当時やったらタイトルを奪われるのを避けようとしたんや。女性棋士を女流棋士に留めるために女流振興をやり、さらにそこからピンハネで自分の懐に入るルートを築いとったとは。


 言われてみれば、法月王座が台頭する前に女性プロ棋士が今にも誕生しそうな時代があったんや。奨励会三段リーグにも女性棋士が五、六人在籍しとったもんな。それが法月王座が将棋界での発言力が強くなるにつれて萎んでしもたんや。今までそれが連動しとったとは思わんかった。


「法月王座は女流にスポンサーと言う飴を与え、自分も飴を舐め、ついでに女流棋士を美味しく頂いていたってことです」


 女流の枠に留まる者には利権と引き換えに体を提供させ、女流の枠を越えようとする者には制裁か。それにしてもよう知っとるな。


「ええ、わたしの母は衣川未知ですから」


 それってもっともプロに近いと言われてた。


「母も法月王座の罠にかかり棋界を追われています」


 ごっついスキャンダルやったもんな。だからわざわざ、


「心得です」


 千葉から熊本行くのにバイクで行くなんか誰も考えへんで。それもやで、百歩譲って新門司までフェリーで行くのなら辛うじて理解できるけど、徳島からツーリングなんて想像も出来へんわ。


「コトリさんたちのトンデモ・ツーリングも輪をかけてくれたと思います」


 うるさいわ。勝手に付いて来たんは結衣やろうが。結衣は千葉から熊本に行く途中での妨害も考えとったんか。それこそ空港とかでの待ち伏せや。たとえばやが監禁して対局場に行かせへんとかや。


「それだけじゃつまらないじゃない」


 買収の線もあるな。これもずる賢い罠みたいなもんで、買収に応じたらもちろんやが、断っても買収を持ち掛けられたとしてスキャンダルに仕立て上げるのも常套手段や。


「相手が男性棋士なら美人局もあるだろうけど、結衣は女だからね」


 まあ無いとは言わんが、あんまりせんやろ。


「コトリならイチコロなのに」


 他人のこと言えんやろうが。


「前泊はドタキャンにして、ギリギリに対局会場に入る予定です。ですから泊まりは雲仙の方が都合がよくなります」


 ここまで準備するとはもう果し合いやな。江戸時代の道場破りがそうやった。試合の前夜に襲われるのは常識やから、それに備えて警戒するのは心得やったそうや。


「真剣師もです」


 そやな。そっちの世界も荒っぽいやろ。対局中に出されたお茶かって信用ならんもんな。勝負が付いても、なんぼでも因縁付けて来るやろうし。


「女ですからね。だからこそ身を護り、因縁を付けて来るのを跳ね返す力や策も真剣師には必要です」


 勝って帰る途中に襲われるのも常識の世界ってことか。ちょっと待てい。そんな結衣とマスツーやっとったらコトリらも巻き込まれてまうやないか。こんなか弱い美少女やぞ。


「誰がか弱いのよ。それを言うならわたしだよ」


 どの口が言うんや。


「あれぇ、そんな人じゃないからマスツーさせて頂いています」


 こいつどこまで・・・

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