またトラブル

 夕食は広間みたいなところやねん。お食事処としてもエエけど、大広間にテーブル並べてる感じや。メニューは強いて言えば懐石風やけど、そんなキチンとしたもんやなく、


「あははは、昭和の旅館風かな」


 ともちゃうやろ。一品一品派手さはあらへんけど、心が籠った感じが嬉しいで。そんなところでの食事やから、お隣さんも近いんやけど、なんかエライ盛り上がっとるな。旅館の夕食で盛り上がったらアカンわけやないけど、あそこまで盛り上がるとちょっとな。


「お酒も入ってるんだろうけど・・・」


 入っとるな。顔が真っ赤やからな。年の頃は三十代後半から四十代前半の男の五人組や。あのお互いの呼び様からして会社の出張の類やのうて、


「体育会系のノリね」


 そやろな。それにしても声がデカいな。耳でも悪いんちゃうかと思う程や。そのお蔭でなにを話してるかは筒抜けや。ほぅ、剣道やってるんか。それでもって道場対抗の親善試合みたいなものがあったんか。


「祝勝会みたいね」


 親善試合言うても長年のライバル関係みたいやな。それも阪神と巨人みたいな関係でライバルと言いながら分が悪かった相手にようやく勝ったぐらいの感じで良さそうや。


「野球じゃわからないよ。バルサとレアルみたいなものじゃない」


 そんなにバルサが劣勢やないやろ。とにかく久しぶりの快勝で気分が良いのはわかるし、盛り上がるのはわかるが、盛り上がり過ぎやろ。あそこまで行ったら傍若無人やで。コトリも迷惑やし、他のお客さんも迷惑そうな顔しとるんが気が付かんか。


「気が付かないからあれだけ騒げるんでしょ」


 コトリらのテーブルは隣やから、話も出来へんやんか。それだけやない料理も酒も不味なるわ。そしたらや、


「そこのお姉さん、こちらに来て酌をしてくれんか」


 ナンパやったら考慮の余地もあるけど好みやないわ。酒を飲んで酔うのはかまわんが、お前らの酒は品位のカケラもあらへん。酒は時に人の本性をさらけだすともされるが、あんたらの本性は最悪やで。無視しとったら、


「耳が悪いんか。こちらで酌をしろと言いよる」


 お前らこそ目も耳も悪いんか。ここは宿泊客がそろってメシ食うとるとこやで。お前らの存在が迷惑で目障りなんがわからんのか。こんなとこでもめ事は避けたいし、旅先の事やし知らん顔しとってん。そしたらやな、そいつらの一人が立ち上がって、結衣の腕をつかみ、


「こっちに来て、酌をしろと言いよる。聞こえんのか」


 そこまでやるか。これは完全に一線を越えとるで。今までかって越えとるが、そこまでやるなら容赦せんで。コトリが立ち上がるより先に結衣が男の手を払いのけ、


「あなた方にお酌をする義理などどこにもありません」


 ピシャっと言い放ちよった。するとや男が仁王立ちになって、


「わしらを誰じゃと思うちょる・・・」


 酔いどれのオッサンやろうが。恥を知りやがれ、


「わしが酌をしろと言うのじゃけぇ酌をしろ」


 完全に酒乱やな。困ったもんや。メンドウやからケリつけたろうと思った時にユッキーが、


「コトリ、もう少し見てよう」


 そういうことか。ここまでツーリングしても結衣の正体がはっきりつかめてへんとこがある。悪意を持って接近して無さそうなのはわかってきたが、何者なのかってことや。これでなんか見えるかもな。結衣は、


「剣道とは剣を志す者が体と心を鍛えるもの。剣の業のみを誇る者はタダの棒振りダンスです」


 煽ってどうするんや。つうても宥めても無駄か。あれかな、少々剣道ができても、あれだけ酔っぱらっとったら叩きのめせるの自信やろか。結衣の計算どおりかはわからんが、オッサンが逆上したところに宿の人が来てくれた。


 さすがに手慣れとるわ。他の四人もようやく醜態ぶりに気づいたみたいで、宥めに入っとる。なるほど、あの五人組のテーブルを別室に動かすのか。こういう時は離すのが一番の良策やもんな。それでも酒乱のオッサンは、


「女如きに棒振りダンスと侮辱されたさあ許さん。ここで土下座して謝れ」


 もうかなわんな。さっさと行きやがれ。そしたら結衣はさっと立ち上がり、


「あなたが棒振りダンスなのを知りたいのなら、明朝、ここの庭で見せて差し上げましょう。せいぜい酔いでも醒ましておいて下さい」

「んじゃと。よしわかった。明日の朝は逃げんさんなや。吠え面かかせちゃる」


 ホンマに酒癖悪すぎるわ。それでも時間を置いたんは正解や。ああいうのは酔いが醒めたら小心者が多いからな。プライドが邪魔して詫びまでようせんやろうけど、明日はコソコソ逃げだすやろ。


 それにしても見事なブラフやな。小豆島の時もそうやったが、相手の弱点をよう見とるわ。やっと静かになってくれた。ユッキーは、


「結衣、明日はどうするの。早立ちにするなら構わないけど」


 三十六計逃げる如かずか。あっちが逃げへん可能性もあるさかい、こっちが先に逃げてまうのは上策や。朝風呂は惜しいけど、もめ事はかなわん。どうせ旅先のこっちゃ。ここで別れたら、二度と会うもんか。


「コトリもそれでエエで」

「ここまで来て朝風呂と朝食を楽しまないのは心残り過ぎます」


 あいつらが逃げると踏んどるのか。その公算はコトリも高いと見るが、無用のリスクを負う気もするで。


「御迷惑はおかけしません」


 そこまで言うなら任せるか。とりあえず邪魔者がおらんようになって、食事も酒も楽しめた。まあ明朝にもめたら、もめたらの時や。どうとでも出来るしな。


「なにか楽しみね」


 ユッキー、気楽に言うな。どうせなにかあったらコトリに投げるつもりやろうが。


「そりゃそうよ。今はコトリがトップでわたしはその下だもの」


 ここのところ、そればっかりやんか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る