青海島から俵山温泉
萩から長門まで三十分程や。
「あれ? 青海島行かないの?」
行くために今日の予定を組んだようなもんやんか。青海島は絶景の地で、日本百景にも指定されとる。まあマグマで出来上がった奇岩が並んどるぐらいの理解でもエエと思う。陸からも見れるが、こういうものはやはり海から見るのがエエに決まっとるやんか。
この発着地は青海島やのうて本州側にあるねん。十三時半発で、八十分ぐらいやから十五時ぐらいには戻ってくるはずや。
「間に合わなかったら?」
「青海島ツーリングしかないやろ」
フェリーやがいくつかのコースがあって、それによって料金も変わる。そやけどコースは選ぶと言うより、その日の荒れ模様で決まるようや。外海も通るから危ないかろやろな。そやけどコトリとユッキーが二人が行けば、
「いつもツーリング日和」
フルコースで行けるで。
「船で回るのも三回目かな」
そやな但馬海岸ジオパーク、男鹿半島の西海岸の次ぐらいや。どうしても時間がかかるから、よう乗ってる方やと思うで。こりゃ迫力あるな。海も綺麗やで、透き通るようや。中江の洞門、仏岩、島見門、さらに見えて来たのが、
「たしかに洋上アルプスね」
ここから大門、小門、石門、観音洞に夫婦洞。ここも洞門くぐりをやるんや。ほんまにギリギリやな。そうなるように作ってるんやろうけど、スリルも満点や。筍岩から赤瀬、波の橋立と回って、青海大橋を潜って帰港や。
「乗れて良かったね」
「頑張った甲斐があったわ」
コトリも満足や。船から下りたら宿行くで。結衣が、
「今夜はどこですか」
「山の中の秘湯や」
遊覧船乗り場から三十分ぐらいのはずやから、エエぐらいの時刻になるはずや。ノンビリ行くで。
「コトリ、ほらガードレール」
そらあるやろ。
「違うよ色だよ」
山口県に入ってから気になってたんやが。なんでか黄色のガードレールが時々出て来るんよ。なんか意味あるのかな。この道危険ぐらいと思うとったが、
「昨日の宿で教えてもらったんだけど、あれは黄色じゃなくだいだい色なんだって」
そうも見えるな。
「だいだい色の意味は夏ミカンで、山口の県道のガードレールの色だそうよ」
へぇ、勝手に好きな色を塗っても良かったんか。県道は県の管理やから出来んこともあらへんやろうけど。
「風致地区なんかだったら茶色とかに塗ってるとこもあるじゃない」
なるほどな。一つ勉強になったわ。なんか妙なことを思い出してもたが、ドライブの時にナビやってる子が、
『赤い道に曲がって』
こんな笑い話があったけど、山口やったっら黄色い道でも通じるかもしれん。それが県道やからな。おっと、
「次のとこを右やで」
「らじゃ」
「了解です」
ガードレールが黄色やから、
「だいだい色だって!」
県道やな。もう温泉街に入ってるねんけど、
「ちょっとストップ」
「右なの左なの」
どっちかしあらへんやろうが。ナビやった右の方やな。とは言うもののこれは狭いな。あんまりクルマで入りとうないし、前からのクルマにも会いとうない。進入禁止の標識はなかったずやけど。
「コトリ」
うるさい、黙っとれ。同じような建物ばっかりやから、看板を見落とせんやろうが。クルマでのご利用は勧めませんって書いてあったけどホンマにそうやった。そいでも、
「ここや」
ここは江戸時代からあったとされて、創業は明治元年やそうや。建物は継ぎ足しとか改築増築を重ねたもんやとなっとるが、
「この唐破風のところは昔は玄関だったんだろうね」
今は塞がってもて、唐破風の両側に入り口があるわ。旅館の玄関は右側やねんけど、誰もおらんな。何度か声をかけたらやっと出て来てくれた。バイク置き場を聞いたら、
「それならば玄関のところに停めちょきなさんせ」
コトリらのバイクは自転車に毛が生えた程度やけど、結衣のKATANAはやっぱり邪魔や。コトリらの二台分ぐらいの迫力があるからな。その点は頭を下げて謝っといた。部屋は八畳の和室。ザ日本旅館って趣や。
「それも昭和の日本旅館よ。旅館だけじゃなく・・・」
コトリもタイムスリップしたんかと思うぐらい昭和の温泉街やねん。それも高度成長期の頃に取り残されて行ったやっちゃ。
「このなんとなくチープ感がそうよね」
これは貶しとるんやないで。ほんの十年ぐらいで様変わりしてまうんやが、日本の旅館はこんな感じの時期があったんよ。その直後に来たんが高度成長期の農協ツアーブームやねん。
「ここはブームに乗らなかったのね」
乗ったところは豪華温泉旅館に建て直したんや。豪華まで行かんでも鉄筋の近代的な旅館にしとる。全部そうやなくとも、そういう旅館と古き昭和の旅館が混在しとるとこはナンボでもあると言うか、それが普通や
「これだけ温泉街ごと残っているのに価値があるよ」
途中に見えた酒屋とかもそうやった。
「お土産屋さんなんてそのままだもの」
俵山温泉の歴史は平安時代に遡るそうや。この温泉は薬師如来の化身の白猿が見つけたとなっとるが、大昔は猿が入る温泉やったんかもしれん。それを猟師が見つけてのパターンや。
江戸時代は毛利藩の直営やったと言うから、お殿さんも来たかもしれん。まあ藩士のための福利厚生施設ぐらいやってんやろな。
「泉質は西の横綱にもされるぐらいよ」
東の横綱はどこなんよ。まあ、それは置いとくとして、今でさえ湯治のための長期滞在客が多いそうや。ずらっと旅館が並んどったけど、こじゃれたとこは見かけへんかったもんな。湯治用の長期滞在となれば宿賃が安うなかったっら無理やろうしな。
「ここの特徴は外湯よ」
旅館にも家にも温泉の内湯はないそうやねん。これは湧出量が限られとるんやろな。それもあって豪華温泉旅館にシフトせんんかったんかもしれん。さっそく浴衣に着替えて風呂や。外湯は二つで町の湯と白猿の湯や。
下駄で向かったんやがまずあったのは町の湯や。こっちは銭湯みたいな感じで、名前の通り住民がよく利用するらしい。もちろん観光客でもOKや。湯治客やったらその日の気分で入り分けするのかもしれん。その先に白猿の湯があってんけど、
「これは不意打ちなぐらい立派な外湯だ」
なんとなく道後温泉本館みたいな和風のものを想像しとってんけど、こりゃ、健康ランド風や。浴室も拍子抜けするぐらい現代風や。そやけどお湯はさすが西の横綱や。こんなん入ったっら、ますますコトリが美人になってまうやんか。
「手遅れだよ」
「うるさいわ」
温泉に入ったと言うより、銭湯に入った気分やな。そうなれば風呂上がりの一杯は、
「コーヒー牛乳で決まり」
結衣が『はぁ』って顔しとるのがおもろいわ。旅館に戻ったら夕食や。
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