お客様は神様?
今夜はコトリらだけやから女将や大将まで加わって盛り上がった。その時に女将が、
「実は・・・」
ため息しか出んな。宿言うても様々や。ビジネスユースもあれば、釣り宿やスキー宿、小豆島のライハみたいなのもあるし、ひたすら豪華な高級ホテルもある。ごく簡単には狙っとる客層がある。
言ってしまえば客も宿を選ぶが、宿も客を選ぶ。そりゃ、万人向けを狙う宿もあるが、小さいとこほどニッチを狙うもんや。大人かってどの宿でも満足できるもんやない。目的と嗜好によって選ぶ宿は変わるし、満足度も変わる。
子どもを旅行に連れて行ってやるのはエエこっちゃ。コトリかって、ユッキーかって、最後の子ども時代を過ごした昭和で連れて行ってもうてるし、あれはあれで楽しい思い出や。
「子ども連れは宿を選んであげなくっちゃ」
単純なこっちゃ。子ども向きの宿つうか、子どもの成長に合わせた宿が必要や。子どもはすぐに退屈するし、退屈すると騒ぎだす。大人より我慢が利かんのは当たり前や。
「年齢によってはホテルとか旅館の方が退屈よ」
家なら自分が遊びなれたオモチャなり、絵本なり、ビデオもある。テレビさえそうで、地方に行けば番組さえ変わる。旅行に持って行けるものは限られるからな。
「それこそプールがあるとか、遊園地的な設備がある宿が良い時期だってあるじゃない」
食事もそうや。いくら子ども向きを頼んでも、家での食事とは違う。作る方だって慣れてへんし、近いうちに何を食べたかも知らんし、好き嫌いだって知らん。子どもの方が好き嫌いは多いし、そもそも大人と子どもでは味覚も嗜好も違う。
子どもが退屈したり、逆にはしゃぎすぎて騒ぐのはどうしたって出てくる。そやけど、これさえ問題になる。いくら子どもの事とはいえ、これをウルサイとしか感じへん大人は少なくない。宿によっては静かさを求めてる客もおるし、宿もそれを提供しとるのが売りにしとるとこもある。
「そもそも子ども連れでもOKとしてるから、いくら騒いでも良いとするのは間違ってるよ」
食い物屋にたとえたらわかりやすいと思う。ファミレスである程度子どもが騒ぐのは許容範囲として居合わせた客も認めとる。そやけど無制限に騒いでも良いとは誰も考えとらん。これが個人営業の小さな店や、それなりに高級志向の店やったらなおさらや。
「ああいう店に連れて行ってもらえる子どもは、そういう店で迷惑にならない躾が出来ているがのが暗黙の前提よ」
どんな宿かってその宿流のルールやTPOがある。明示してない宿が悪いとする意見もあるが、そんなもん見たらわかるやろ。たとえばこの宿や。どう見たってディープな温泉宿や。大人かって万人向きと言えんで。
「子ども連れの旅行を親の趣味で行くのはアウトだよ」
おそらくこの宿の安さにも釣られたんやと思うが、安いのには安いだけの理由がある。高いところに較べれば、どこかで目を瞑ってもらうとこがあるって事や。とくに躾の出来ていない子ども連れの旅行やったら宿を選ばんといかん。
「お客様は神様じゃないからね」
そういうこっちゃ。お客様が神様なのはそれが福の神であるときや。福の神が相手なら、より福に与るために宿かって一生懸命になる。そやけど神は神でも疫病神なら、塩まいて追い払わられるわ。
「おカネさえ払えば王様と思ってる人はいるのよね」
こういう客は宿だけやなく、どんな店でも嫌われる。来客しただけでピリピリするし、帰ればホッとする。裏に回れば要注意リストとして名前が書かれとるわ。こういうタイプの極北が、
「モンスターでもあるしクレーマーでもある」
そういうこっちゃ。店と客の関係は階級の上下差やない。店はサービスを売ってるだけで、客の下僕やましてや奴隷なんかであらへん。根本は対等や。店はより気分よく客にサービスを提供したいから下手に出てるに過ぎないんよ。
「女将や大将だってロボットじゃない」
気が合う客やったら話が弾むし、場合によってはちょっとしたサービスかってしてくれる時さえある。逆やったら通り一遍のサービスしかせえへんし、
「下手すれば、二度と来るなの態度も示すよ」
そういうこっちゃ。あからさまにもう来るなは言わんでも、わざと不快に感じさせる態度かって取る時は取る。そこまでやられても気づかんアホがクレーマーとかモンスターやねんけどな。
「私は先輩のギャルソンに、お客様は王様であると教えられました。しかし、先輩は言いました。王様の中には首を刎ねられた奴も大勢いると」
それって王様のレストランのセリフやないか。そやけど一つの真理やと思うわ。王様でいたいなら、王様として相応しい態度と振る舞いが必要やってことや。
「難しい話じゃないのにね」
宿かって客商売やから、よほどの事があらへん限り、少々不快な客でも我慢する。そやけどな、不快な態度を示すのは客として損してるんよね。だってやで、客となったからにはよりサービスを受けたいやんか。
宿なり店が提供するサービスは決まっとる部分と、気分で追加されるものがある。そうや気分やねん。気分のサービスは別に決まっとる訳やない。別に出さんでもエエからな。出して欲しかったら、エエ客になるこっちゃ。
これかって別に卑屈にならんでエエねん。宿のTPOを守るこっちゃ。それだけでサービスは変わるんよ。それだけで営業用のスマイルから、ホンマのスマイルに変わるだけでも客としては得したことになるねん。
「客は旅人だよ。一期一会の時間を心楽しく過ごしたいし、そういう時間を宿も提供したいの共通項としてあるんだもの」
昔から言うもんな。
「郷に入れば郷に従えは鉄則よ」
When in Rome, do as the Romans doや。だからこそ宿選びは重要や。自分に合ってる宿かどうかで旅の楽しさは変わってまう。そやけど宿は同じやない。同じやないから楽しいんや。
「たったそれだけの話なのに」
そこからさらに盛り上がってしもうて、なんかメニューになかったものまで出て来てん。
「これは賄ないですけど、美味しいのですよ」
「自分用の酒ですけど、地元の者はこれが一番だとしています」
楽しい夜になってくれた。
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