今夜の宿

 聖地巡礼が終わったから走るで。結衣が、


「これから、どこ行くのですか」


 言うてへんかった。つうか言うてへんのに付いて来るか。基本はひたすら西に向かうねん。今日はユッキーの趣味で温泉や。そのために竹原からまず東広島に向かう。


「そこから広島を抜けていくのですね」


 広島はパスする。市街地走行はすかんし、瀬戸内沿岸はトラウマでパスや。岩国から新門司に抜けた時にエライ目に遭うたからな。そやから広島市の北側を抜けてく感じになる。ちょうど日本海と瀬戸内海の真ん中ぐらいを走って行くんやけど、千葉の人にはイメージしにくいやろな。


「どれぐらいかかります?」


 ナビ上で百七十キロで四時間ぐらいになっとる。今が十一時やから午後の五時ぐらいには到着したいとこや。後は走ってみんとわからん。まず竹原から国道四三二号で東広島に向かう途中で国道二号に入るで。


 東広島市街を抜けたあたりで今度は県道四十六号で北上や。これは県道五十四号にぶち当たるから、これを南下や。可部で国道一九一号に入って、


「この辺は混んでるね」


 しゃ~あらへん。これ以上の迂回は無理や。広島市内抜けるよりマシと思うて。この道も国道が重複してるけど国道一八六号に変わって、


「市街を抜けたら快適だ♪」


 ここまではエエねん。少々渋滞もあったけど道は間違いにくい。


「周南、錦の方に曲がるで」

「国道四三四号ね」


 国道四三四号やねんけど、これも酷道やねん。この辺は快適やねんけど、


「これって落差あり過ぎじゃない」


 山口の県境で道がゴロッと変わる。これまでの二車線から一気に一車線半、下手すりゃ一車線やねん。結衣が、


「ギャ、路面がこれは・・・」


 KATANAやったらまだマシやろうが、コトリらのバイクやったら吹っ飛びそうやわ。かなり荒れてるで。ヘアピンもキツイわ。この辺が岩国と廿日市を結ぶ松の木峠で標高が七七六メートルあるねん。旧街道を無理やり広げて車道にしたんやろな。


 中国自動車道を潜ったら、こんなとこに集落があるやん。それにしても路面が悪いわ。そやのにそこそこクルマが来るから厄介や。それでもやっと二車線になってくれたみたいや。そろそろあるはずやが、


「トイレ休憩にするで」


 なんやろここ。公衆トイレは整備されとるし、駐車スペースはそこそこある。トイレの両側にある建物は農産物の直売所でもあったんやろか。


「自販機ぐらいあっても良いのにね」


 問題はこの先やねん。国道四三四号は岩国まで行ってまうねん。今日の目的地に行くためには、途中から県道一二〇号に入らなあかんねん。ストリートビューで確認したんやが、道路案内もあらへんねん。


「県道のストリートビューさえないもんね。ナビの罠じゃない」


 可能性は十分ある。つうか、ストリートビューも撮ってへん道をガイドするなよな。とりあえずキャンプ場があるとこまで進むで。


「ここじゃない」


 みたいやな。なんか看板ぐらい挙げとけよな。もうすぐやねんけど、ここやな。結衣が、


「ここを本当に走るのですか?」


 気持ちはわかるが、ここを通られへんかったら、かなり遠回りになってまうんよ。覚悟決めて行くで。こりゃガチの険道やな。そやけど距離はたいしたことないはずや。


「ガードレールまで色が変わってる」


 ホンマや黄色や。錆びてるんかと思たら塗ってあるわ。


「抜けたみたいよ。家がある」


 良かった、助かった。結衣のKATANAもよう頑張った。しばらく走ったら道も二車線じゃ。あとはだいたい一本道のはずや。六日市を抜けて、川沿いに北上して、どっかで右に入るはずやけど、


「松乃湯の看板のところを入るで」

「了解」


 ここやな。駐車場が広いのは嬉しいな。結衣が、


「ここですか?」


 そうや、昨日より宿らしいやろ。そやけどなんて表現したらエエのやろ。


「う~ん、やっぱり田舎の公民館の古いやつ」


 そう見えてまうもんな。あの暖簾があらへんかったら、ただの家、それも昭和の家やな。こんなんも楽しいで。受付で挨拶したら部屋に案内してもうてんけど、新館ってやつやな。小綺麗に整ってるわ。


「ここはなんていうところですか」


 見てへんかったんか。木部谷温泉や。山口の秘湯の一つぐらいに思うたらエエ。


「そうよ、ここの温泉は入る価値ありよ」


 百聞は一見にしかずや。風呂もおもろいシステムやな。ここは正確には温泉やのうて鉱泉やねん。こういうとこは炊いて温めてるもんやが、風呂場で蒸気で温めるみたいや。これがすぐに熱くなるんやが、そこに冷たい鉱泉を流し込んで調節するみたいや。


「ここも炭酸泉だけどお湯の色が良いよ」


 良く言えば金泉、悪く言えば泥水やけど、いかにも温泉って感じは嫌いやない。風呂から上がったら、本館でメシや。


「これはなかなか・・・」


 高級旅館の懐石と違うて、ここの女将の手作りやて。地のもん活かしてるのやろな。結衣が料金を心配しとるけど一泊二食で八千円や。メシ代考えたら民泊とあんまり変らんで。


「全然違うよ。温泉があるんだから」


 山の中の一軒家の秘湯には遠いけど、穴場的な秘湯ぐらいは言うてもエエと思う。とくにあの温泉つうか風呂は秘湯の名に相応しいとして良いやろ。


「食事も合格よ」


 女将の心づくしが伝わってくるもんな。こういう宿は好きや。豪華な食材の豪華料理にも余裕でタメ張れるで。結衣かって、


「ここは良いですね」


 パクついてるやんか。これもツーリングの醍醐味やな。

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