続く舞台の影で
何だか今日は疲れた。大して体を動かした訳では無い、働いたのは主に頭だ。もちろん原因は授業なんかじゃない。
九重もとい軽音部め、いったい何を考えてあんなことを。なんだ、思い返すとなんか腹が立ってきた。いつか仕返ししてやりたいね。
それと神尾だ。あいつは意味深な質問を言うだけ言ってそれきりだ。俺の何を分かったか知らないが、妙な勘違いして余計な問題を起こさなければいいが。
今朝の俺もすこし、いやかなり変だった。どうしたってあんな思いを抱いてしまったか。でもそれは頭で考えたことだ。誰に聞かれた訳でもないし、気に病む必要はない……のだが。しかし恥ずかしい。即刻、忘れたいものだ。
誰か俺の頭をタライか何かで叩いてくれ。そしたらいい感じに記憶が飛んで気が楽になるかもしれない。
まったく、思わずため息が出ちゃうね。
「はあ……」
「あの、何かあったんですか?」
心配してくれたのは花柳だった。
こうして向かい合って昼食を食べているにも関わらず一切の会話がなく、うなだれたりため息をついたりするような人間を心配しない訳がない。そう、その頭は大丈夫なのか、とな。
「気にしないでくれ」
「そうですか……」
素っ気なく返事をすると花柳は寂しそうに視線をお弁当に落とした。そしてまたゆっくりと食べ始めたが、あまり美味しそうに食べているように見えなかった。
分かってはいる、つもりだ。こんな態度でいるべきじゃない。こいつに甘えるのは……違う。
「なあ、この前のお礼についてだけどな」
「はい!何か思いつきましたか?」
少し食い気味に返事をした。待ってましたと言わんばかり。だがしかし、俺はそんな嬉しそうにする花柳に残念なお知らせをしなくてはならない。
「いやまったく。だからもう少し時間をくれ」
「んー……分かりました」
心底残念そうにしている。瞳に輝きがない。そんな顔をされると俺が悪いみたいじゃないか。いや、実際そうかも知れないが……ちゃんと考えとくか。
花柳から何か話そうとする様子はない。こちらから何か話題を振らない限り、沈黙は永遠に続きそうだった。
「あー……、演劇部のこと訊いてもいいか?」
「はい、いいですよ」
「今までどんな物語をやったんだ?」
「大水車の街のダニアです」
まったく聞いたことのない話だと思ったら、どうやら卒業した3年の周防という人が書いたオリジナルの物語らしい。
「他には?」
「私は、それだけです。そのお話が最初で最後でした」
「……そうか。どんな役をやったんだ?」
無言で首を振った。それは言いたくないという意味だったのかも知れない。しかし、そうとは気がつかずに俺は続きを訊いた。
「私は舞台に立つことはありません。……衣装係でしたから」
裁縫が得意で昔から服やらぬいぐるみやらをよく作っていたらしい。よく見るとお弁当を入れる袋も手作りのようだった。
「それじゃあ、衣装を作りたくて演劇部に?」
「うーん、最初は違いましたよ」
演劇部には役者として舞台に立ちたくて入った。でも周りにはもっと演技が上手な人がいて断念せざるを得なかった。しかし人の演技を見ているとき、細部にまで拘って作られた衣装の美しさに惹かれ自分もこんな衣装を作りたいと思ったのだそう。
そう話す花柳の顔は笑っていた。それを見て俺は言葉では言い表すのが難しい、なんとなく気まずさを感じた。
その正体がただ、演劇部が今はもう廃部になってしまったからなのかは分からない。
「おまえ、他にはやりたいこととかないの?」
「やりたいこと、ですか?うーん……」
気がつけば俺はまた考えなしに動いて、花柳に変なことを質問していた。これは気まずさの解消が目的だ……とは、後付の理由になってしまうだろうな。
俺のくだらない質問に花柳は食べる手を止めてまで、真面目に考え答えようとしていた。ついには目を閉じて完全な熟考状態に。これは長くなりそうだ。
そこまでしなくてもと言おうとした時だった。
「思いつきました!」
「お、おう、なんだ?」
「私、友達が欲しいです」
それは質問に対しての答えにしては変だろう。そう思ったと同時に俺は、やっぱりそうなんだとも思っていた。
昇降口、廊下、部室。どこで見る花柳も一人だった。それは友達がいないせいだったんだ。ある程度予想はしていたが、的中するとは。
しかし、その言葉は俺にある嫌な想像をさせた。
それは演劇部の終わり方はあまりいいものじゃ無かったということ。もし違ったなら、いい終わり方をしたなら花柳の部活仲間がここにいるはずだ。
仲間や友達を失う終わり方ってなんなんだ。
帰りのホームルーム。俺は昼の出来事について考えていた。
あの後すぐに予鈴が鳴って花柳は慌てて教室へ戻ってしまったため、あまり話はできなかった。
友達が欲しい。あれは俺が立候補するところだったんだろうか。それか別の誰かを紹介するのが正解か、あるいはその両方とも。
例え紹介するとして誰をしよう。空閑は論外、九重は……まあ候補としておこう。河守や神尾はなんか危なそうだから避けるべきだな。そうなると、無難に標か月城だろうな。
「……いや、待てよ」
あの二人を紹介するんだったら手っ取り早い方法があるじゃないか。花柳に文芸部へ来てもらえばいいんだ。ちょうど部員も足りなかったことだし一石二鳥だな。
そしたら昼休みに演劇部で一人寂しくお弁当なんてことはなくなり、みんなで仲良く屋上で……。いや、屋上へ行くのはこの季節特に嫌ではあるが。まあそれはともかく、あいつが一人でいる機会は確実に減るはずだ。
よし、次に会ったとき誘ってみるとしよう。まずはこのホームルームが終わったら月城部長に説明しに行くとするか。
「榊、珍しくぼーっとして何を考えているんだ?」
俺の最後の記憶は帰りのホームルームで担任の言ったつまらないジョークだった。
今こうして人に呼びかけられてようやく気づいた。ホームルームはとうに終わっており、生徒のざわめきもほとんどなくなった静かな教室。残っているのは俺らを含めても数えるほどしかいなかった。
「んー、新入部員……?」
無関係な誰かなら理解できない一言だろうが、話しかけてきたのは文芸部員であるからして問題ない。廃部の危機を共有する者同士なのだから。
「誰か入るのか?」
「いや、これから誘おうかなと」
「そうか。入ってくれるといいな」
なんだか標との会話に新鮮さを感じる。そういえば今朝はあんなことがあって、教室へ戻っても興奮して寝付けなかったからいつもの本で叩かれるやつがなかったんだっけ。
特に意味なく標を見つめている自分がいた。
「なんだ、どうした?」
本で叩かれなければ標と話す機会って全然無いんだな。
「いや、なんでもない。それより何か用だったか?」
「ああ、そうなんだ。今日はちょっと予定があって部活を休むんだ。月城さんには先に伝えてある。一応、君にも言っておこうと思って声をかけた」
「ふーん、あ、そう」
てっきりそれで用事は終わりだと思い、鞄を取り立ち上がった。それでも標は俺の側から立ち去ろうとしない。しかし何か話しかけてくるわけでもない。
標は何か言いづらい話でもあるのか、言おうとしては止めるを繰り返していた。そしてようやく話し始めたと思ったら。
「しょ、小説は順調か?」
「まあまあだな」
「体調はどうだ?」
「まあまあだ」
「天気は……」
俺らは二人で窓の外へ目を向けた。空は残念ながら曇っている。今朝は雲のかけらひとつない快晴だったというのに、なんだか気分まで落ち込んでしまいそうだ。
「それも、今はまあまあみたいだな」
訊きたいことはそんなんじゃないってことは俺にも分かっている。
これはデジャヴってやつなんじゃないだろうか。前にも似たようなことがあった。そうそう、一緒に公園に行ってほしいって言われたときがこんなだった。
となると……。
「なんだ、またどっか付いてきて欲しいのか?」
「いや、そうじゃないんだ。まあ……でも似たようなものだけど」
「なんだよ、はっきりしないな」
はっきりしない態度。くねくね動く体と落ち着きのない視線。しかしようやく決心したのかこちらに顔を向け、もじもじさせていた手は拳に変わった。
「あ、明日!というか、土日。どっちでもいい。暇なら私と……」
「あ、あー、なんだ?」
声がどんどん小さくなっていく。強く握り締めていたはずの拳も緩み、姿勢も悪く猫背になり全身ふにゃふにゃ動くようになってしまった。
「えっと、だから……」
残念なことに決意は十秒と続かなかったようだ。元に戻ったというか、最初より悪化している。何故か標の顔はしだいに茹でられたタコのように真っ赤になっていった。
体調不良じゃない、怒ってもいない。だとしたらこれは恥ずかしがっているのだろうが、しかしどうしてだ。
土日とは休日。標は女で俺は男。内容は不明だが一緒に行動するのだとして、これらから予想される事柄とは。男女が休日に会ってなんやかんや。
いやいやまさかな……。だがこの標の慌てようは他に説明ができそうにないが。
「やっぱりなんでもない!忘れて!」
「あっ、ちょ!」
限界だったか、標は教室を飛び出した。俺は去っていくあいつに何も言うことができなかった。止めようとして手を伸ばしたがそれも空振ってしまった。
声も行動も、俺のアクションはいつも一歩及ばない。
今日はいったいなんの日だって言うのだろう。九重、神尾、花柳、標。振り返るとイベント盛りだくさんの一日だった。
今日という日はまだすこし残っているというのに俺の体力はもうゼロである。せめてこのまま何もないようにと祈るばかり。
しかしそう思う反面、俺はまだ何か終わっていないような気がしていた。なんたって昼休みに神尾と会っているのだし、そんなイベントがあっても不思議はないだろう。ほら、フラグって言うのかそういうの。
俺はそんな嫌な予感を抱きながら文芸部部室を目指してひとり廊下を歩いていた。道中、そいつを警戒しているせいでどうしても曲がり角や背後、教室の扉が気になってしまう。いつどこで、どんな風に飛び出してくることやら。
「そこの挙動不審の男子生徒!止まりなさい!」
あいややや……仰る通り。今の俺はおまえを警戒してまさしく不審者のようだったろうさ。
「あんたに話があるわ!」
それはそれはわざとらしく、我はここにありと言わんばかりにズンズンと足音を響かせながら彼女は迫ってくる。
残念なことに警戒は徒労に終わったようなので、俺は声の主の方へゆっくりと振り向いた。
そこには廊下の真ん中で仁王立ちする気の強そうな女子生徒が腕を組んでこちらを睨んでいた。
「よう、河守」
昼に情報室の要注意人物に会ってるからな。また河守に会話の内容を訊かれるんじゃないかと思っていたが、やはりビンゴ。
「神尾にはおまえにされた質問の内容について訊かれたよ」
「そう。それで、あんたはなんて答えたの?」
「驚かないんだな。今こうして会ってるところを見られてるかも知れないのに……」
「壁に耳あり障子に目ありよ」
「いや、分からん」
相変わらず説明になってない。
「それで?」
「ああ、最初は本人に訊けよって言ったんだが、おまえと顔を合わせづらいんだとさ。喧嘩でもしてんのか?」
「神尾がそう言ったの?」
「あ、ああ」
確かに神尾は事情があって河守とは顔を合わせづらいと言っていた。こいつが俺に訪ねてくるのも同じ理由なのかと思ったが、反応からしてどうも違うような気がする。
もしかするとこれは……、いや間違いなくこれは伝えるべきでは無かった。河守の表情を見れば分かる。
寂しそうに視線を落とし、さっきまでの自信に溢れた炎のようなオーラは消え水をかけられたみたいに大人しい。明らかにショックを受けていた。
そうなるとつまりその事情とやらを河守は知らず、神尾は何も知らない河守を一方的に避けているという事になる。こいつの反応からして逆に神尾は好かれているだろうに。
「他には、なんて?」
河守は覇気なく言った。
「あ、えっと、おまえは花柳をどうするんだって意味の分からない質問をされたよ。そんで俺は何も答えられなかった」
「はなやぎって……D組の花柳紡さん?」
「そうそう」
顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。たまにぶつぶつ独り言を言っているが小さくて内容は聞き取れない。
「あんた、あたしに協力しなさい!」
なんと突然、消えていたはずの火がついた。感情の起伏が激しいやつだな。
「はあ?!なんで?」
「いいから聞きなさい!いい?」
いきなり人を指さしたかと思ったら訳の分からないことを言い出した。強引に押し切られてしまい断るタイミングを逃してしまった。
「……で、何すりゃいいんだ?」
嫌々ながらに仕方なく俺は訪ねた。
そして河守から告げられたミッションの内容だが、神尾について調べることだった。とりあえずのところ花柳を気にする理由だそうだが、最終的に一番知りたいことは河守を避ける訳だ。
「具体的な方法は?」
「花柳さんのことは直接訊いてみて、とりあえず訊くだけでいいわ。以降のことは後々伝えるから」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「黙ってなさい!いい?指示した通りに動いてればいいの!」
「へいへい……その指示が曖昧なんだがな」
「なにか言ったかしら!」
「いーえー」
正直、今ならまだ断れたかも知れないが、しかし俺には出来なかった……というよりしたくなかった。あいつのあんな落ち込んだ姿を見た後じゃあな。
これからも河守は追いかけ続けるがどうしても届かなくて、避けられている理由が分からないまま神尾には卒業されてしまうかもしれない。
もし俺がこの協力を断ればそうなってしまう未来がある気がした。
「花柳さんを気にするあんたを神尾は気にしている。理由はどうあれ、あんたなら向こうから会いに来るんだから簡単でしょ?任せたわよ!」
「ところで指示っていつおまえに聞きに行けばいいんだ?何度も会ってたら怪しまれないか?」
「そうね……じゃ、携帯出しなさい。連絡先交換するわよ」
メールアドレスと電話番号を交換した。結果報告と指示はこれで行うそうだ。
「神尾にはこのこと秘密だからね。いい?」
「ああ、分かってるよ」
バレてるんだろうけど。
「それじゃ」
河守はそれで俺の前から立ち去った。俺はあいつが見えなくなるまでその背中を見つめていた。
第三多目的室の扉に寄り掛かっている小柄な女子生徒が窓の外を呆然と眺めていた。いつもながら無表情で。
「よう」
呼びかけに気づいた月城がこちらに振り向いて小さく会釈した。
「何してるんだ?部室に入らないのか?」
「待ってた」
「誰を……もしかして俺を?」
「そう」
なんだって月城との会話はいつもこう進みが悪いんだろうな。そのせいかなんだか頭が痒い訳でもないのにかいてしまう。
「なんで?」
「今日は部活を休む」
「おまえがか?そりゃまたどうしてなんだ?」
すると月城は鞄からあのノートを取り出し俺に差し出した。不思議に思いながらもそれを受け取り中身を読んでみた。
「間違えた」
俺はノートを開いて驚いた。以前に読んだ話とまったく内容が違ったのだ。何度もタイトルを確認したが間違いなくこれはバルリオンの姫君だ。
月城が言うにはこれは書き進めている話とは違う章なのだという。名前は仮だがレイレ編というらしい。
つまり持ってくるノートを間違えてしまい、続きが書けないので仕方なく休むということだ。
「そうか、じゃあ俺も帰るよ」
たったひとり部室にいても暇なだけだし、小説について何も知らない俺はきっと何も書けない。アイデアはあってもやり方が分からないんだ。
月城はまず部室の鍵を返しに職員室へ行くという。成り行きで俺もついていくことにした。
「小説は、どう?」
「大筋は決まったよ」
「そう。どういうの?」
俺は考えている小説の大まかな説明をした。タイトルや方向性、あらすじなんかを。
「Navy Blew Dream……?」
「紺色の夢。タイトルがちょっとした伏線なんだぜ」
「……そう」
ストーリーを考えるとき少し調べたが俺の小説は二次創作というものにあたる。大元にしているのは月城のバルリオンの姫君だからだ。そこから派生して創り出し、キャラクターも一部を利用している。
俺はそのことを話し、このまま進めていいかどうか訊ねた。
「別に構わない」
しばらくそこから無言だった。だが思い出したのか、あるいは伝えるべきではと考えたか、はたまたなんて言うべきか悩んでいたのかは知らないが、月城は俺に言った。
「その物語、いいと思う」
まあきっと世辞なんだろうがそれでもそう言われるのは悪くない。俺はありがとうと礼を言った。
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