両想い、リテイクしますか、しませんか

綾瀬七重

1

ほら、あれ。

みんな聞いたことのあるやつ。

「後ろから知らない人に親しげに声をかけられても振り返って返事をしたり、ついて行ってはいけません」

小学校とかで誘拐を未然に防ぐ為に先生たちが口酸っぱく言うあれ。

本当の事だったんだって生きてきて19年目でそんな大切なことを知るなんてある?

「待って、もしかしてのばら?」

そうやって声をかけられてつい振り返ってしまったことを私は後悔した。


中川のばらは目の前でドリンクバーをふたつ頼む男に人生でよく言われる大切なことを2度も教えられた自分にがっかりしていた。

ひとつは先程の「知らない人について行ってはいけません」。知らない人ではないけれどさ。

これは小学生でも守れる約束で恥ずかしい。

もうひとつは「初恋は実らない」もしくは「両想いだからとて実るとは限らない」だ。

これだって先人や姉たちや先輩や友達たちまでよく言っているのに親切にいつもこの男はのばらに身をもって体験させてくれる。

大体なんで声をかけてきたのだろうか。

夏祭りの屋台が並んで人がごった返す中でよくのばらを見つけられたものだ。

彼は人より背が高くてのばらが人より小柄だからなのだろうか。

なんて今日はついてないんだろう。

浴衣で友達と遊んでいたがその子の好きな先輩からその子が突然誘われたので2人で大慌てでメイクを直してがんばれ〜と送り出したところだった。

その後ののばらと言えば暇で仕方なかったので屋台をふらりと見て帰る予定だった。

のばらは恋愛に消極的なので誘う人はいない。

好きな人にアピールできないと言うより好きな人が出来なくなってしまった。

その原因を作ったのは皆さんお察しの通り、目の前に座ってのばらにジンジャーエール、自分にメロンソーダを持ってきた男、渡瀬瑞樹のせいである。

「はい」

手渡されるジンジャーエールに手を伸ばしてお礼を言う。

「取りに行ってくれてありがとう」

丁寧にストローまで持ってきてくれていつもソツがない。

そして''いつも''と今考えてしまった自分を殴りたい。

「だってのばらは浴衣だし。俺が誘ったんだから。それに浴衣のおかげでのばらを見つけられたから」

そう言って笑う顔は昔より少し大人びていたけど懐かしかった。

「え?浴衣で見つけたの?」

だけど感傷に浸りもせずのばらは聞く。

「うん」

「これ、見たことあるっけ?ないはずだよね?」

「あるよ。文化祭でさ、着てたでしょ」

そこまで言われてはっとした。

「え、うちのクラスの模擬店来たの?」

そして出てきたのばらの言葉がのばらと瑞樹の物語のテープを17歳に巻き戻した。



ティロン♪

軽快な音がなってスマホを確認すると同じクラスの渡瀬君から連絡が来ていた。

『中川さん突然ごめん。クラスのやつに連絡先聞いたんだ。今日の委員会、助かった。途中で抜けてごめんね』

友達登録していない渡瀬君からのメッセージは簡潔ながら申し訳なさの伝わる文面だった。

のばらと瑞樹が出会ったのは高校で同じクラスだったから。

運悪くくじで決めた図書委員になってしまったから。

ただそんなありふれた事だった。

図書委員は当番で帰りが遅くなるから人気がないので担任が強制くじ引きにしたらくじ運が悪い事に定評のあるのばらは案の定引いた。

しかし瑞樹は部活を兼任していて厳しいことで有名な剣道部だったのでほぼ初めて話すのばらが気を使って途中で抜けさせてあげた。

だって隣で机の下でスマホを見て焦ってるんだもん。

申し訳ないことに光で見えてしまったがどうやら突然召集がかかってしまったようでなんだか可哀想で行ってきなとつい口を出してしまった。

そのお礼の連絡である。

『気にしないでいいよ!私が勝手にした事だし。今日の委員会の内容紙にまとめてあるから何かわからないことあれば聞いてね』

のばらも瑞樹に合わせて簡潔に返事をした。

気遣い屋さんなのは同じクラスで2週間過ごして感じていたのでそうした。

『まじ!?本当に助かる!中川さんは神か!』

間を空けずに次に来た返信がいきなり年頃の男の子だったから思わず吹いた。

『全然だよ笑。あ、渡瀬君。苗字じゃなくて名前でいいよ。みんなそう呼んでるから』

そうやって返事してまた返事を待つ。

なんとなく楽しい時間だった。

『じゃあのばらって呼ばせてもらう!俺のことも名前でいいよ。片方だけ苗字おかしいし』

『うん、分かった。じゃあこれから1年同じ委員会とクラスでよろしくね、瑞樹』

そんな風に始まった。

それからなんでか連絡は毎日続いて、どうでもいいことを話したりテストで賭けをしたり授業の分からないことを聞きあったりした。

教室でも話すけれどお互い友達もいたしそれぞれの世界があったから特に仲良く話すわけではなかった。

きっとそれが後に悪い方に影響したのだと現在19歳ののばらは思っている。

1年後、クラス替えと共に理系の瑞樹と文系ののばらは絶対クラスが違う事は分かっていた。

最後にクラス全体が雰囲気が良かったのでムードメーカーな委員長の提案で遊園地に行くことになった。

当日妙にドキドキしたけれどその時のばらは瑞樹のことを好きだとは思っていなかった。


何故かって?

簡単に言えばのばらが超鈍感だったからだ。

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