最終話 再出発

 目を開けるとそこは放課後の学校の教室だった。教室の入り口には奏君が出ていこうとしていた。何か大切なことを忘れている気がしたが、そんなことより早く奏君に追いつかないといけない気がした。教室から出ると少し遠くに奏君がいたので走って追いかけても中々追いつけなったが少しずつ距離が縮まった。あと少しで背中に手が届きそうになった瞬間、視界は車の中だった。

 どうやら、気を失っていたらしい。助席にいたゆうかさんが状況を説明してくれた。


「おばさんから電話が来て斎藤が事故にあって意識不明で重体ってことを知らされて凛は気を失ったんだよ。その後に香さんが代わりにおばさんから入院してる病院を聞いてもらって、今みんなでタクシーに乗って病院に向かってるんだよ。流石に皆は乗れなかったから、根戸と沙羅は別のタクシーに乗ってる。」


どうやら奏君が入院している病院は私たちがいたファミレスからタクシーで30分くらいの所にある国立病院だった。林先輩と香さんは帰ったらしい。ここまで時間を割いてくれたことには後日お礼をしないといけないなと思った。

 気を失っている時間が長かったこともあり目が覚めてすぐに病院に着いた。タクシーで会計を済ませた後、おばさんに教えてもらった病室へ向かった。病室に着くとそこにはいろいろな機械につながっている奏君がいた。容態を聞くと、左腕、右足、肋骨骨折および内臓の損傷だそうだ。事故時に頭も打っている可能性があり脳へのダメージがあるかもしれないらしい。その場合はすぐには目覚めないかもしれない目が覚めても後遺症が残るかもしれないらしい。事故の原因はどうやら奏君の飛び出しらしい。事故を起こした運転手によると運転していると急に脇道から飛び出してきたらしい。雨が降っていたということもありブレーキっを踏んだが全然間に合わず事故が起きてしまったらしい。説明を受けて今日は遅いから私とおばさん以外は帰ることになった。私は病院に無理を言って一日おばさんと一緒に病院に泊まる許可を得た。皆が帰った後、私はおばさんと二人で話をした。


「すいません、奏君が事故にあったのは私のせいなんです。私と奏君は付き合ってたのですが、私の病気のせいで私から別れを切り出したんです。色々なことが重なって奏君が私に好きな人が出来たから別れようとしていると勘違いしてしまったんです。それで飛び出して事故にあってしまったんです。」


「ちなみに、病気って聞いても大丈夫?」


「私の病気は男性恐怖症です。皆と遊びに行った帰りに男性に襲われてからなりました。本当は私も別れたくなかったのですが、彼と一緒に過ごせなくて好きなのに体が拒絶してしまうんです。そのことが辛くて、彼を避けてしまいました。それで彼を傷つけていると思うと私耐えられませんでした。それでカウンセリングの先生と話し合って友達に戻って荒療治で克服しようとしました。」


話を聞いていたおばさんは涙を流しながら私を抱きしめた。


「凛ちゃんもすごく傷ついたんだから、謝ることないよ。事故にあったきっかけが別れ話だったとしても元をたどれば凛ちゃんを襲った男が悪いし、話を最後まで聞かずに逃げ出した奏も少しは悪いとは思うの。今は奏が起きることを祈りましょう。そして起きてから今までのことを話しましょう、その時は私も一緒についててあげるから。」


私はおばさんの話を聞きながら涙を流していた。泣き疲れた後、おばさんが看護師の方から借りた毛布を渡してくれたのでそれを使って寝ることにした。気を失った時の夢の続きを見た。あの時は彼に手が届かなかったが走り続けることで彼に手が届いた。


「奏君、話を聞いてほしいの。林先輩のことを好きだから別れ話をしたわけじゃないの、信じてほしい。本当のことを話したいから早く起きてきて。」


涙を流しながら言いたいことを言い切ると奏君が目の前から消えた。程なくして目が覚めると彼が目を覚ましており、右手で私の頭を撫でていた。このような状況でもまだ触られることには抵抗があった。


「夢の中で母さんが出てきて、凛の話をきちんと聞きもせずに逃げ出したことを怒られたよ。その後に凛の話を聞いてから判断をしなさい、親よりも早く死んだら許さないんだからって泣かれたよ。そしたら凛が出てきて涙を流しながら必死に言われたらね。」


おばさんが病室に入ってきて、


「凛ちゃん、こっちにおいで。奏、凛ちゃんは男性恐怖症だから手を放しなさい。」


 これからのことをおばさん達3人で話し合った。美術準備室での話の続きや奏君が疑問に思っていたことなどは今週の土曜日に奏君の病室に集まって話すことにした。おばさんに学校まで送って貰い奏君が目を覚ましたこと、今週の土曜日に全てを話すことを根戸君達に話した。

 ファミレスで話したように学校では根戸君と話したり、握手を行うなどの荒療治を行った。やはり辛かったが事故を聞いたとき感じた、奏君と話せなくなるという思いに比べれば耐えることが出来た。荒療治をしているとあっという間に土曜日になった。

 私は奏君の病室へ行き奏君とおばさんに挨拶をした。


「おはようございます奏君、おばさん。」


「おはよう、凛ちゃん。それじゃお邪魔虫は退散しますか。」


おばさんが微笑みながら病室から出ていった。すれ違う際、小声でおばさんが『がんばりなさい。』と応援してくれた。


「皆でボーリングに行った日覚えてる?あの日の帰りに私は男性に襲われて男性恐怖症になったの。その時に助けてくれたのが林先輩と山本香さんっていう女性なの。男性と二人になるとどうしてもあの日のことを思い出して恐怖で上手く話すことが出来なかったからなるべく二人になるのを避けてたの。だから茶道部にも入ったの。でも最初は避けるために入ったけど茶道がだんだん楽しくなっていったのは本当です。」


「凛にそんな大変なことがあったとは思わなかった。責めるつもりは無いし、自分がなった訳じゃないから分からないけど想像したら自分から話すのはとても辛いことで話せないのは分かる。それでも本音を言えば、何かしらで伝えて貰えるとありがたかった。」


「それはゆうかさん達にも言われました。すいません。」


「良いんだよ。普通そんなに人に言えるようなことでも無いんだし。質問なんだけど、テスト終わりの土曜日に茶道部のメンツでお茶屋に行くって言ってたけどどこに行ってたの?あの時1人で出掛けたら本田を見かけて、嘘をついてるのが分かったし浮気を疑ったんだ。それで別れ話をしたとき林先輩がこっちを見てるのを見て勘違いしたんだ。」


「あの日はカウンセリングに行って奏君のことを好きなのに恋人として一緒に過ごせないのが辛いこと、奏君を避けて傷つけていると思うと耐えられないことについて相談してたんです。事情を話して、1度友達に戻って克服してからもう一度恋人に戻るのはどうかって話しになったんです。元々香さんから私を見守るように言われてて、あの時も二人になる私を心配して見に来てたみたいです。」


「なるほどね。俺も勘違いして最後まで話を聞かずに逃げ出してこんなことになってごめんな。」


「奏君は何も悪くありません、私がこんなことになって勘違いされるようなことをしたのが悪いのです。」


「凛がこんなことになったのは襲った男が悪いんだ。これからはもっと、二人で話し合おう。」


「はい。それで奏君、もうひとつ伝えたいことがあります。図々しいとは思うのですが、もう一度私と恋人として付き合ってください。」


「あぁ、それは嬉しいけど男性恐怖症の方は良いのか?」


「奏君さえ良ければ、これからは二人で時間をかけてでも治していこうと思います。ダメでしょうか?」


「ダメなもんか。これからは俺は怪我を、凛は男性恐怖症を、互いに支え合いながら治していこう。」


嬉しくなり奏君に抱きつくと彼が「う゛」と呻いて倒れた。


「キャー!!奏君ごめんなさい。」


思わず私が悲鳴をあげてしまいおばさんが慌てて入ってきた。


「凛ちゃん、どうしたの?」


「仲直りできた嬉しさで抱きついてしまいまして奏君が倒れてしまいました。すいません。」


「ふぅ、良かったわ。気をつけてね。」


おばさんは注意をしているが笑顔であった。

 私たちはこれからも大変なことが起きると思うけれど皆で話し合えばどんな困難なことでも乗り越えていけるだろう。

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