外宇宙で世界樹盆栽

海原くらら

第1話 世界樹の種を小惑星に投下しよう!

『10。9。8』


 空中投影された仮想モニター上、真っ暗な宇宙空間の中央に、金属質メタリックな涙滴状の物体、たねが映し出されている。

 細い金属の固定アーム一本で支えられた種の後方で推進剤が点火され、青白い光を放ち始めた。


『3。2。1。投下』


 カウントダウンのアナウンスが終わると共に、わずかな振動が私の座るシートに伝わる、気がした。

 本来なら、あの程度の物資の投下でこの操縦室に届くほどの振動は発生しない。

 きっと、興奮で勝手に感じた錯覚さっかくだろう。


『投下物は目標の小惑星へ順調に移動中。マスター、どうかされましたか』


 操縦室に合成音声が響き、モニターの片隅に表示された幾何学模様きかがくもようのアイコンがその発言に合わせて点滅する。

 アイコンは、この小型宇宙貿易船を統合管理する人工知能AIのシンボルマークだ。


「なんでもないよ」


 私は腰を浮かせ、柔らかいシートの上に座り直す。

 メインモニターに表示されている、金属の外殻に守られて宇宙を飛ぶ種を眺めながら。


「あの【世界樹の種】投下の瞬間を見てたら、つい身体が動いただけさ」

『今回投下物資の商品名は【宇宙盆栽育成キット】です』

「その言い方やめよう? 説明に書いてあったキャッチコピーは【世界樹の種】だったよ?」


 別に盆栽って言葉を頭から否定するわけじゃないけどさぁ。

 曲がりなりにも世界樹をした巨大樹に育つやつよ?

 いろんな神話に出てくるようなやつよ?

 なんかもっとこう、かっこいい表現したいじゃない?


「せめて機能名称のほうにしようよ。ほら、巨木、構築用、小惑星型、えーと」

『もしかして検索による候補選出。【巨木型構築物作成用極小機械群・対小惑星型】でしょうか?』

「たぶんそれ」

『以前にこの単語を使用した際、長すぎると言われた記録があります』

「そうだったかな。まぁこれからは【世界樹の種】って言ってよ。私には通じるから」

『承知しました。辞書登録内容を更新します』


 合成音声が止まり、AIアイコンの点滅も収まった。

 私はシート備え付けの操作盤に触れて種の映像をサブモニターに移動し、メインモニターの表示を今後の予定一覧に切り替える。


「あの世界樹の種から芽が出て成熟するまで、共通宇宙周期で約3期だ。物資は足りるよね?」

『はい。エネルギー、消耗品や非常用物資など、すべて残量余裕あり。問題なくこの宙域に滞在可能です』

「なにか影響ありそうなニュースってある?」


 今回は世界樹の種の育成のためとはいえ、未開発の小惑星がゴロゴロ浮いた辺境宙域まで来てるんだ。

 少なくない時間を金を使って。

 トラブルの予兆はできるだけ見つけておきたい。


『前回の外宇宙公式汎用情報網アウタースペース・メジャーネットワーク更新時点で、周辺宙域の主要航路および宇宙港等に異常や大規模封鎖に類するニュースはありません』

宇宙塵スペースデブリは?」

『広域レーダー上に、本船付近へ接近する微細な宙域移動体を複数補足済み。これらはすべて直撃コースではありませんし、本船搭載の対小型飛来物用迎撃銃デブリ・インターセプト・ガンで対処可能なサイズです』

「ん。了解。なにか危なそうな変化があったら教えて」

『承知しました』


 よしよし。大丈夫そうだ。

 このままうまくいけば、世界樹が育っていくのを自分で見て、いじれるわけだよ。この目で。リアルで。

 気分が上がってくるなぁ。


 再びメインモニターに世界樹の種の映像を表示させると、その端に灰白色の小惑星が映りはじめた。


『マスター。あと少しで【世界樹の種】が目標の小惑星に着弾します』

「いや着弾って。投下したのはミサイルじゃなくて世界樹の種よ、種。なんか他の言い方ない?」

『承知しました。単語候補を選出します』


 このAI、船を動かす能力には文句ないんだけど、言語センスがなんかズレてるんだよな。


種付たねつけカウントダウンを開始します。30。29』

「わざわざ選び直した言葉がそれかー」

『はい。種ですので。ご不満でしたか?』

「うん、まぁ……」


 私とAIの言い合いをよそに、種はまっすぐ小惑星へと向かっていく。


『19。18。17』


 気を取り直して、世界樹の種が種付け、いや着陸、種まき、受粉、違う。

 えーと、えーと。


『10、9、8』


 根付ねづく。そう。根付く瞬間を見守る。


『3。2。1。0。着弾を観測しました』


 着弾に戻ったかー。

 まぁいいや。今は世界樹の種のほうだ。

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