第2話 たった二週間の長いさよなら
それからも雑貨屋を訪れるのは冒険者ばかりだ。住人の七割近くが冒険者だから当然なのだけれど。
モンスターが活性化する夕方以降を避けるため、冒険者の活動開始時間は早い。それに合わせてアンリも早く店を開けているのだ。と言っても、開店直後に来るのはエルぐらいのものだが。
最も忙しいのは朝六時から七時くらい。狭い店内がむさ苦しい男どもでいっぱいになり、
「キラキラさん、オススメは?」
「キラキラさん、俺のラッキーアイテムは?」
という声があちこちから飛んでくる。
キラキラさん、とはこの店のことであり、アンリのことだ。呼ばれるたびに「はいはいはい」と右へ左へ大わらわ。
八時頃になってようやく客足が切れると、もう一日の営業は終わったようなものだ。アンリは二時間ぶりにスツールへ座って、首を回した。
「ふぅ、今日も終わったー」
「こらこら、一日は始まったばかりだぞ」
一番混雑する時間になるとしれっと姿を消すスティーユが、しれっとカウンターの上に戻ってきて優雅に尻尾を揺らしていた。
「私にとっては終わったようなもんよ。今日はいつもより多かったし」
「おこぼれを狙っている冒険者たちだろうね」
《バトニアル》のような強豪チームは、どうしてもその目的上、帰りはともかく行きではモンスターの死体を放置しなければならない。だから、彼らが深く潜るとなると、死体狩りを狙った冒険者たちがこぞってダンジョンに集まるのだ。
「あー、疲れた」
「一番大事なお客さんたちのことを忘れているんじゃないか、アンリ?」
「それは大丈夫、忘れてなんかいないよ」
長期冒険に出るなら出発の時間など何時だって構わないのだ。だから、きっとここの客足が切れた頃を見計らって来る。そう思っていたアンリの予想は見事に当たった。
「そろそろ来る頃だと思う」
と言ったが先か、扉が開いて、
「やあ、さっきぶりだな、アンリ」
エル率いる《バトニアル》の面々がぞろぞろと入ってきた。エルは鋼の鎧に身を包み、平均よりやや長めの片手剣を腰に下げていた。さっきのラフな格好と比べるとまるで別人だ。体つきは一回り大きく、瞳は一層輝きを増して見える。
アンリは眩しいものを見るような目になって彼らを出迎えた。
「さすが、タイミングばっちりだ」
「だろう? 混雑のピークは把握してるからな」
「ちょっと気持ち悪いくらいよ」
と、透き通った羽をひらめかせて飛んできたサダ・ニニクスがスティーユの隣に座った。二歳児くらいの背丈だが、
「ただの一度だって外したことがないんだもの、アンリに関することだけは」
「それ以外はとんでもない調子っ外れのくせにな」
レオ・ルサルカが細長い尻尾でぱちんと床を打った。にやりと笑った唇の端から、
アンリは顔をほころばせた。
「そうなんだ、嬉しいね」
「ふふん、当然だろう」
とエルが胸を張る。
肩すかしをくらってあきれ顔になったサダとレオが、ジョージ・アチェックのほうを見やった。
「ジョー、あんたも何か言いなさいよ」
「ばしっと言ってやれ、ばしっと」
「いえ、僕には荷が重いです」
丁重ながらはっきりと言ったジョージの横で、キヌ・トゥランが溜め息をつく。
「不毛なことはいい加減にしておけ。時間の無駄だ」
「ちょっと雑談するくらいの余裕は持ってたほうがいいぞ、キヌ」
「それは私も同感かな」
口をそろえたエルとアンリに、キヌは気難しい顔を向けて「お前らには言ってない」と呟くように言った。
「まぁ、でもそろそろ本題に入ろうか」
エルが満を持したように言った。
「アンリ、今日の俺たちのラッキーアイテムは?」
「はーい、少々お待ちを」
アンリは高いスツールから飛び降りるように立ち上がった。さして広くもない店内をゆっくり歩いていく。
「まず、サダは――」
小さな美人さんのことを考えながら、商品の一つ一つをじっくり眺める。
「――あった。これだ」
「リボン?」
「そうみたい」
真っ赤なリボンをサダに渡して、
「次、ジョージくん」
再び商品を見つめる。とても礼儀正しくて大人しい、年下の
ほとんど一周し終えた辺りで、ようやく
「カボチャの種、ですか」
「カボチャの種、だね。何に必要だったのか後で教えてくれる? 気になる」
「はい、分かりました」
レオとキヌには何も見つからなかった。それぞれのために店内を三周くらいして、倉庫にまで行ったから間違いない。
「まぁ、そういうこともあるね」
「普段通りで大丈夫ってことだな」
「悪くない」
「じゃあ最後に、エルは――」
(彼に必要とされている物はどれ?)
そのときその人に必要とされている物。それがアンリの目にはキラキラと金色に輝いて見えるのだ。生まれたときから持っている特技。一時はトラブルを生んで疎んだこともある能力。それがここ――持ち物は最小限にしなくてはならない、運に生死を左右される、そんな冒険者たちの集う場所――では、とても重宝されているのである。
店内をさらに半周したところで、視界の隅に金色の光を放っている物を発見した。
「鏡だ」
「鏡?」
ピンク色の手鏡を渡す。屈強な男性と可愛らしい小物のギャップが面白くて、アンリは思わず吹き出した。
「なんだよ」
「いや、可愛いなぁと思って」
「わりと似合うだろ」
「ないね」
「ないわ」
アンリとサダが口を揃えてそう言うと、エルは「なんだよ二人揃って!」と頬を膨らませた。
「しかし《ラストオーダー》が必要だと言われなくてよかった」
キヌがぽつりと言った。
「念のために買っていってくれてもいいんだよ?」
「そんな“念のため”は願い下げだ」
「分かってるって。言ってみただけ」
それは一本で一人が一年暮らせる額になる最高級の回復薬だ。作成に八十年かかるため“完成までに(長命種以外は)死ぬ”という意味で《ラストオーダー》と呼ばれるようになった。効果のほどは値段相応、死んでさえいなければ外傷・疾患を問わずすべてを治してくれる。ただ、それに頼らなければならないような状況にはなりたくない、というのが誰もの本音だが。
「で、代金は」
と、エル。
「銅貨五枚と半分かな」
「ツケでいいか」
「もちろん」
アンリは即答した。それは“必ず生還する”という冒険者の意思表示だ。断る理由はない。
「何日後?」
「二週間の予定だ」
「二週間か。……長いね」
何気なく言ったのを聞きつけて、サダがふわりと飛び上がった。真っ赤な唇が楽しげに吊り上がっている。
「寂しい? エルに会えなくて」
「そうだね、けっこう寂しいかな。重い荷物を持ち上げてくれる人もいなくなるし」
それを聞いたエルが思い出したように口を挟んだ。
「そうだアンリ、ああいう重たい荷物は危ないから、一人で持ち上げようとするなよ。その辺にためておいてくれれば、後で俺がやるから」
「本当に? ありがとう。じゃあ帰還に合わせて仕入れしよ」
「おし、どんと来い!」
「いぇーい頼りにしてるよー」
エルと一緒に、アンリは呑気に拳を振り上げた。その後ろでサダが「なんでこの二人ってこんなに色気ないのよ……」と頭を抱え、「諦めろ。エルに色気は不可能だ」「アンリも大概鈍いからなぁ」とキヌとレオが口々に言う。むろん当の二人には聞こえていないのだが。
五人は荷物をまとめて店を出た。アンリも見送りに出る。《バトニアル》が最奥を目指す、という話はすでに知れ渡っているようで、すれ違う人すれ違う人が揃って「よき光あれ!」と声を掛けてくる。
アンリも見送りのための祈りを口にした。笑顔、笑顔と意識しながら。
「皆様によき光あれ」
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
エルが子どものように何度も振り返って手を振るから、アンリもそれに合わせて思い切り手を振る。
彼らの姿が見えなくなってしまうと、アンリはだらんと手を下げた。溜め息は無意識のこと。
(二週間か。長いな)
ここのところ彼らは半日から二日程度の短期冒険しかしていなかったから、少なくとも三日に一度は顔を合わせていたのだ。それが二週間も会えなくなる、というのはちょっと想像しにくい。
(二週間もあればもうちょっと髪の毛伸びるよね)
少し整えながら伸ばそう、と毛先を触りながらカウンターに戻ると、スティーユが尻尾をふわふわと揺らしながら言った。
「お互いに無自覚ってのはすごいよね。それはそれで面白いからいいんだけど」
「何の話?」
「いや、別に。ボクは散歩に行ってくるよ」
「行ってらっしゃーい」
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