愛しい巡り合わせ

「マオさん、もしかして玄影さんも――」


「わからない。だが少なくとも俺の記憶に、奴はいない。妙に花に詳しかったからな、ただの偶然の可能性も高いだろうが……」


 気を付けてくれ、茉優。

 マオは眉間に皺を寄せて緊張を走らせる。


「茉優は俺と共に行動しているから、大丈夫だとは思うんだが……。どうにも引っかかってな。また近々なんて、会うあてのある奴が使う言葉だ。俺達があやかしの血筋を対象にした家政婦派遣サービスをしていると知っているわけだし、偶然を装って接触してくるかもしれない」


 もし、また会ったとして、玄影さんの目的はなんなのだろう。

 今度こそ飼ってくれなんて言われたとしても、丁重にお断りするしかないのだけれど……。


「とまあ、そんなところだな」


 マオはからりと笑って緊張を断ち切ると、


「俺の出自と容姿が影響して、村の者たちからの反対もあったりしたが、最終的には祝福され夫婦になったんだ。で、子供は三人。女、男、女の順だったかな。苦労しながらも支え合って、俺よりも先に"ねね"が亡くなった。歳は忘れちまったが、孫まで抱けるほどの大往生だったぞ」


「……ねねさん、幸せだったんですね」


「……ああ。だから"契り"を結んだんだ。必ずまた、夫婦になろうと」


 小指を立ててみせるマオに、私は納得の心地で自身の小指を見遣る。

 夢の中で出会ったマオは、今の姿だった。

 マオも夢の中で見た私はこの姿だったと言っていたから、あの夢はあくまで"私達"が前世の記憶をたよりに、繰り返していたに過ぎないのだろう。


(前世の"マオ"も、見てみたかったな)


 叶うことはないと分かっているけれど、"ねね"も――二人の、夫婦としての姿を。


「やっと長年の疑問が解けました。ありがとうございました、マオさん」


「いいや。茉優が望むのなら、いつでも話してやれるからな。……時に、俺からもひとつ聞きたいことがあるんだが」


「はい」


「俺の都合のいい耳が勝手に空想を作り出したんじゃなければ、さっき茉優、俺を"初めて好きだなって思えた人"と言っていたような気がするんだが……。本当か?」


「あれ、は……っ!」


(今更ごまかしても無駄か)


「本当……です」


 消え入りそうな声で肯定した私に、マオは「なら」となぜか頬を強張らせ、


「茉優はその……好きでもない相手と、大人になったのか?」


「……はい?」


「いや、悪い。話したくないことならいいんだ。そうだよな、色んな事情があるよな。もし俺で力になれることがあったら、遠慮せずなんでも言って――」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいマオさん。いったい何をそんなに必死に……」


 好きでもない相手と大人になる?

 大人……大人……?


「!」


 やっとのことで理解した私は「ちがいます!」とぶんぶん首を振り、


「ないです! マオさんが考えてらっしゃるようなことは、これまで一度も!」


「だって、とっくに立派な大人だって」


「それはすでに成人済って意味で言ったんです!」


「…………そうかあ」


 してやられたと言いたげに天井を仰ぐマオに、私はつい、小さく噴き出して。


「私達、どうにもお互いに勘違いばかりですね」


「これからはもっと言葉にしていくほうが良いってことか。茉優とこれまで以上に話が出来るなんて、楽しみで仕方ないな」


 穏やかな夕暮れと、甘くほろ苦い口内に、紅茶の香り。

 トクリトクリと鳴る心臓に満ちるのは、嬉しさと恥ずかしさと、胸の奥底で凍り付いていた寂しさを溶かす愛おしさ。

 こんな優しい時を生み出してくれる彼に巡り合わせてくれてありがとう、と。


「私も、楽しみです」


 はじめて、"ねね"に感謝した。

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