パパの嘘
二人が手を洗っている間に大方の洗い物を終えて、私も席につく。マオは風斗くんの隣だ。
そろって「いただきます」と手を合わせ、風斗くんがどきどきとした表情で口に運ぶのを見守る。
「! ほんとにカレーになってる! おいしい!」
「お口に合ったようで、よかったです。マオさんは……」
「茉優の、茉優の手作りを食べれるなんて……! 食べたい、だがもったいない気持ちが俺の中でぐるぐると……!」
「食べてもらうために作ったので、食べてください」
「わかった、食べる!」
意を決したようにしてスプーンを持ったマオが、とろりと黄身をくずしながらキーマカレーを掬い上げる。
はくっとくわえて咀嚼すると、「う……まい」と低く呟いて片手で顔を覆ってしまった。
「こんな……至福の時が訪れるなんて……生きててよかった……っ」
「ちょっ、マオさん泣いているんですか!?」
「いや、これはアレだ、こらえきれない喜びと感動が目から飛び出してきてしまっているというか」
「泣いているじゃないですか! ティッシュティッシュ……」
「……おにいちゃんとおねえちゃんは、パパとママなの?」
「んん!?」
とんでもない質問に風斗くんを見遣ると、彼はきょとんとして、
「パパもよく、ママのごはん食べれてしあわせだっていってるよ」
「そうだ、大好きな人が作ってくれたご飯を食べるれるなんて、幸せで以外の何物でもない。パパとは気が合うな」
「ほら、やっぱりパパとママなんだ」
「いえ! マオさんとは婚姻関係はありませんし、いうなれば雇用主と従業員の関係で……」
「俺はいつパパとママになってもいいんだけどな。今のところ、俺が一歩的に好いてるかんじだなあ」
「おねえちゃんがおにいちゃんを好きじゃないってこと?」
「いえ、好きではないということではないのですが……っ」
「じゃあなんでパパとママにならないの?」
「それは……」
六歳、なかなか難しい……!
あわあわと言葉に詰まった刹那、マオさんが「キミのパパとママは、それだけお互いだ大好きだってことだ。素敵じゃないか」と助け舟を出してくれた。
と、風斗くんの手が止まる。
「……パパ、ママのことだいすきじゃないのかも」
「風斗くん?」
彼は俯く瞳をじわりと滲ませて、
「パパ、ママにうそついてるんだ。だからママ……きょう、お外にいってるんだとおもう」
どういう、ことだろう。
戸惑いに目を合わせた私とマオに、風斗くんは悲し気な顔でぽつりぽつりと話し出した。
五日前、友達との会話からお父さんの会社をどうしても見たくなった風斗くんは、沙雪さんに品川の会社前まで連れていってもらったという。
そこで、たまたま顔見知りの社員が出てきた。挨拶をする二人に、その人はひどく驚いて、お父さんは午後休をとっているのだと教えられた。
沙雪さんは、ショックを受けていた。知らなかったから。
おまけに近頃は残業もほとんどないと言うが、お父さんは連日、風斗くんが寝る頃になって帰ってきている。
明らかに動揺した様子の沙雪さんと帰宅し、ぎこちないながらもいつも通りに夜を過ごしながら、父親の帰りを待った。
帰ってきたのはやっぱり、風斗くんの眠る前。
それも、いつものように会社から帰ってきた口振りで話していたのだ。
「ママ、あれから元気がなくって……。パパにはあの日のこと、ぜったい言っちゃダメっていうし」
ぼくがわるいんだ、と。
風斗くんの目からぼたりと雫が落ちる。
「ぼくがパパの会社にいきたいなんて言わなきゃ、ママも元気なままだったのに。ママ、もうすぐたんじょうびなのに、ずっと、かなしそうなままで……」
(それって、まさか)
浮気、という言葉が過る。
けれど風斗くんに言えるわけがない。
『思いもしない、事実……』
あの時の憂いた表情は、そういう理由が。
「ママ、もうすぐ誕生日なのか」
宥めるようなマオの声に、はっと意識を眼前に移す。
マオは風斗くんの顔をテッシュで拭きながら、
「ママはなにが好きなんだ?」
「……りんごのシフォンケーキ。きょねんのおたんじょうびは、ぼくもいっしょにお手伝いしてやいたんだよ」
ほら、と指さした先には、壁に飾られた写真。
数枚が並ぶ中央には三枚の写真が飾られていて、どうやら三人のそれぞれの誕生日を祝った時のよう。
マオは「そうか」と風斗くんの頭を撫で、
「なら、ご飯食べ終わったら、ママの大好きなりんごのシフォンケーキの絵を描くか。それで、"おたんじょうびおめでとう"っていれてさ、誕生日にサプライズでプレゼントしてあげてみたら、喜んでくれるかもしれないぞ」
「……かく」
「うし、じゃあまずはしっかり食べないとな。風斗まで元気がなくなっちまったら、ママを笑わせられる人がいなくなっちまうだろ?」
「……うん」
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