離れを借りて居住区にします

 翌日。朝食を頂いたあとはタキさんとマオから屋敷内の説明を受け、さらには「好きなのがあったら活用してな」と衣裳部屋へと案内された。

 二階の、八畳ほどある部屋の中に並ぶ箪笥やハンガーラック。主にタキさんが管理しているというこの部屋には、狸絆さんとマオの服や小物が収められているという。


 その中の、一角。背丈ほどある桐箪笥の中に並べられた、鮮やかな浴衣に和服。

 隣のハンガーラックには、明らかに量産品とは異なる女性もののワンピースがニ十着はかけられている。


「一緒に住むことになったんだし、茉優の場所も増やさないとだな。ああ、俺が勝手に買い集めちまったものだから、気に入らないモンは退けてくれ」


「え!? そんな、勿体なさすぎますよ!」


「んじゃ、着てくれるのか?」


「う……可能な限り、善処、します」


(私がこんな素敵な服を着る機会なんて早々ないだろうけれど)


 私の内心とは裏腹に、マオは「そうか!」と顔を輝かせ、


「昨晩の浴衣もそうだが、本当に使ってもらえる日が来るなんてな。日々の楽しみが出来たなあ」


「坊ちゃま、タキとしましてはコレクションではなく実用性を兼ねるためにも、お帽子やお鞄、履物など小物類も必要かと存じ上げますが」


「そうだな、盲点だった。今度一緒に選ぼうな、茉優。茉優好みの服も揃えたいし」


(まだ買うの!?)


 衝撃を受ける私とは裏腹に、タキさんとマオは次に増やす洋服談議に花を咲かせている。

 わからない。マオのお屋敷では、これが当然のマナーなのだろうか。

 高級な服なんて、どう考えても私には不要なものだけれど、無知なまま断ってお屋敷の空気を乱すのも申し訳ないし……。


 結局、どう対処するべきか悩んだまま、今度は庭園の奥に設えられた離れの見学をさせてもらった。

 一階は広々とした和室が二間と、長方形の台所に冷蔵庫や電子レンジといった家電が。

 トイレと、こちらのお風呂は私も良く知る、落ち着く大きさの浴室。風呂釜とタイルは石で造られていて、しっとりとした落ち着きを感じる。

 窓を開ければ目隠しも担っている、緑豊かな木々が望めるという。


 縁側の一部に、外側に出っ張った箇所があり、一本足のラウンドテーブルと布張りの椅子が二脚置かれている。

 今は白いカーテンがひかれているけれど、周囲がガラス張りになっているので、ここでお茶をしたら優雅な時を過ごせそう。


 二階には個人の部屋として洋室が二つに、衣裳部屋と物置。

 トイレと簡単な洗面もついている。


「……離れというより、お庭にあるもう一つのお家ですね。それと……この部屋は、もしかして女性が使われていました?」


 二階の個人部屋のひとつに置かれた、鏡台に箪笥とベッド。

 どれも隣の部屋と比べ、女性的な印象を抱かせる。


「お、敏いな茉優。まあ、隠していたわけではないんだが」


 マオは部屋に置かれた箪笥を撫で、


「ここは昔、親父の奥方がよく使ってたんだ。人間だったもんでな、来客があった際の避難場所にもなってたな」


「おく、がた様って……狸絆さん、人間の奥さんいらっしゃったんですか!?」


「ああ、三十年ほど前に亡くなったがな。それもあって、ウチの連中は人間に友好的なやつらが多い」


(だからタキさん、"えらく久しぶりにお嬢様を着飾れる"って……。狸絆さんの奥さんのことだったんだ)


「そんな大切な場所、とても使わせていただくわけには……っ」


「んー、だが誰も使わないのなら、このまま朽ちていくだけだからなあ。俺達は皆、本邸で事足りてしまうだろ? わざと人をいれずにいたわけでもないんだ」


「……」


(確かに、"家は人が住まないとダメになる"なんていうけれど)


「俺が買い集めていた服もそうだが、使ってもらえるのならそれに越したことはないんだ。俺達だって、なにも聖人君主じゃないからな。嫌だと思うモノならば、はじめから触れさせない。だから茉優は、茉優の気持ちで選んでくれていいんだ」


 はじめから、触れさせない。

 その言葉にドキリとしてしまったのは、"ねね"について尋ねてもいいか、迷っているから。

 生まれ変わり、猫から猫又になってまで探し続けた愛おしい人なのに。

 私の記憶がないと知ってから、彼はほとんど彼女の話をしない。


『俺はずっと、キミを幸せにしたかった』


 あの言葉を、眼差しを。

 惜しみない愛を向けたかったのは、"ねね"だろうに。


(マオにとって、"ねね"のことははじめから触れさせたくない人なのかも)


「茉優? やはりここは荷が重いか?」


「え? あ、あと……そう、ですね。ですが……」


 ぐるりと部屋を見渡す。

 定期的に掃除はされているのだろう。使われていないにしては、ホコリが少ない。

 けれどやはり空気は長く留まっているように重く、カーテンや、窓だって。私が住めば、もっと手をかけてあげられるだろう。


「こちらをお借りしても、よろしいですか? 皆様が嫌になりましたら、すぐに出ていきますので」


「いいのか? よかった。ここの明かりがまた灯るのを楽しみにしている奴らも多いんだ。茉優に出ていかれないように、俺もちゃんと頑張らないとだな」


(マオさんもお掃除、手伝ってくれるのかな?)


 たしかに一人で掃除するには広すぎて、人手が多いにこしたことはない。

 マンションにそのままにされている私の荷物は、数日中に朱角さんたちが持ちだしてくれると言っていたけれど。


(それまでに出来るだけ綺麗にしておかないと)


 今からでも掃除をはじめていいものか、尋ねようとした、その時。


「ここは気にいってもらえたかな?」


「狸絆さん!」


 いつの間にか、開け放たれたドアの前に立つ狸絆さんが。

 マオが「ここを借りる」と端的に告げると、「そうか」と穏やかに頷いて、私ににこりと笑みを向けた。


「昨日の今日で悪いが、さっそく仕事を頼みたいのだけれど、いいかな」

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