あやかしの血族向け家政婦派遣サービス

(この話を断っても、マオはきっと自主的に私を守ろうとしてくれるんだろうな)


 まだ出会ってほんの数時間だというのに、なぜかそう確信してしまえる。

 と、マオが「茉優」と悲し気な面持ちで私の手を握り返し、


「俺達はもう、茉優が傷ついたら、悲しいぞ」


「っ!」


 じんわりと、心に想いが染み渡る。

 この話に乗っても、断っても。どちらにしろ、迷惑をかけることに変わりないのなら――。


「ご迷惑を、おかけしてもよろしいでしょうか」


 私は深々と頭を下げて、


「お手伝いできることは何でも命じてください。ご厄介になっている間の費用も、必ず、お支払いしますので――」


「金なんて必要ないぞ、茉優。もちろん、手伝いだってしなくていいんだ。茉優にここにいてほしいっていう、俺の、俺達の我儘なんだから」


「ですが、なにもせずただご厄介になるわけには」


「――つまり、"仕事"があればいいということだね?」


 にっこりと。狸絆さんの今日一番の笑みに、私とマオはちらりと視線を合わせる。

 次いでマオは盛大なため息と共に肩を落とすと、恨めし気な目を狸絆さんに向け、


「なるほどな。最初からこれが狙いだったのか。タヌキめ」


「嫌だな。全ては偶然による結果だよ」


 狸絆さんはどこか楽し気な笑みのまま、


「茉優さんは、掃除や料理は得意かな?」


「え? あ……人並みには、出来ると思います」


「充分だ。先ほどの畳の水濡れも、手慣れていたしね。実は、近頃新しい事業に手を出してみようと考えていたんだがね、なかなか適任者が見つからなくて困っていたんだ。よければ、手を貸してくれないかい?」


 ぱんぱん、と。狸絆さんが軽く手を叩くと、「失礼します」と若い男性の声がした。

 見れば庭を望めるほうの開いた襖側の廊下に、片膝をついた男性。小脇には黒いバインダーを抱えている。


 腰丈ほどの鮮やかな赤髪を背後ろで束ね、シャツにベスト、ネクタイにアームバンドといった、執事のような装いをしている。

 二十歳前後に見える顔立ちは、中性的な美しさを纏っていて。立ち上がるとその手足のしなやかさが際立つ。

 すっと顔を上げた彼の、金の瞳がかち合った。


「紹介するね、茉優さん。私の仕事や身の回りにおいて一番に世話になっている、朱角あけすみだ」


 赤い頭がぺこりと揺れる。表情は先ほどから引き締まったまま、一度も変わらない。


「大旦那様のサポートをさせていただいております、朱角と申します。以後、お見知りおきを」


「あ……白菊茉優です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 頭を下げた私に彼は軽く会釈すると、「こちらを」と束ねた用紙を差し出した。

 目礼して受け取ったそれに、視線を落とす。


「……あやかしの血族向け、家政婦派遣サービス?」


 幼児向けアニメのタイトルさながらのポップな書体で書かれた文字と、二重丸やら、格子状の四角くやら、音符のような記号が並んでいる。

 すると、ひょいと隣からマオが用紙を覗き込んできて、


「出たな……朱角の脱力系企画書。今度はいったいどんな暗号を描いたんだ?」


 とたん、朱角さんはピクリと片眉を跳ね上げ。


「ぬかせ、自分の読解力のなさを俺の技量力に転嫁するな。どうみても目玉焼き、洗濯かご、おたまだろうが」


(記号じゃなかったんだ!?)


 どうやら朱角さんは、マオ相手には砕けた口調になるらしい。


「いや、どうみてもみえねえよ」と反論するマオに、「もっと芸術的感性を養ったらどうだ」と言い返している。

 そんな二人を「はいはい、話を進めるよ」と手を叩いて遮ったのは、狸絆さん。


「そこにある通り、あやかしの血族向けの家政婦派遣サービスを立ち上げようと考えていてね。というのも、仕事柄顔が広いもんで、時折お客さんの相談に乗ったりもしているのだけれど……。少し前からね、あやかしを血筋に持つものの、ほとんど人としての生活をしている者たちからの相談が、増えていてね。マオにも覚えがあるだろう? ほとんど"ヒト"の、けれどもあやかしの血から完全には逃れ切れていない、彼らを」


「……まあな。今の現代じゃあ、あやかしなんて書物にしか残らない伝奇だしな。血筋だなんて告げるほうが、なにかと面倒なもんだ。それに、大抵は妖力などほとんど持たないだろう? けれども通常の"ヒト"とは、少々異なる。どちらにも染まれないってのは、苦しいもんだ」


「そう。だからこそ私に、不安を吐露してくれるのだろうけれどね。私は現世での生活のほうが長いから。私もね、力になってあげたいのだけれど。やっぱり私の本質は"あやかし"だから、彼らの苦悩を正しく理解することは出来ないんだ。そこで、茉優さんだ」


「私、ですか?」


「言ったろう、彼らはほとんどヒトといって差し支えないし、ヒトとして生活をしている。私などよりもよっぽど、茉優さんのほうが寄り添えると思うんだ。ああ、マオも同行させるから、あやかし的な部分に関してはそちらに任せてしまっていいよ。でね、相談サービスと銘打っては利用をためらう層もいるから、家事代行サービスの家政婦さん。もちろん、相談事などなければ、依頼内容の家事だけこなしてくれればいいから」


 ぺらりと表紙を捲ってみると、狸絆さんの話した内容が独特な絵と共に記載されている。

 依頼を受けるのは狸絆さんで、私は指示された日時に指定の場所へ向かい、依頼人の家事代行および相談を受けるという流れらしい。

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