1-2
夜の九時だというのに警察署には煌々と電気がついていて、カウンターの中では、マクドナルドの厨房よろしく大勢の警察官が騒がしく立ち働いていた。大きな交通事故でもあったのかもしれない。
案内されて行ってみると、留置人はもうすぐ十一月に入ろうかというのに、Tシャツ一枚に薄手のパーカーという格好で、壁際のベンチにぽつんと座り込んでいた。
櫛を入れていなさそうな黒髪が、眉の上までかぶさっている。
「君がディーン・ラッセル君?」
彼は目だけあげてこちらを見た。黒い瞳は刺すように鋭く……
「……誰だよあんた」
「聖ステファン教会のマクファーソンだよ」
「……牧師がなんの用」
「私は神父なんだけれど」
まあ、スータンではなくローマン・カラーにジャケットでは、どちらか区別がつかなくても仕方がない。
「どっちだっていいだろ、こっちは坊主に用はねえよ」
「そういうわけにもいかないよ。君の身元保証人が必要だろう。私はスクールカウンセラーもやっているんだ。君とカウンセリングルームで会ったことはないけどね」
「……」
彼は唾でも吐きたそうな顔をした。
「座ってもいいかい?」
「勝手にすれば? 俺の椅子じゃねえし」
十インチくらいの
「お家に電話したけれど誰も出なかったから、学校に連絡が入ったんだよ。今日は私が当番だったから……。手続きがすんだら家に帰れるよ」
舌打ちが聞こえた。
「余計なことしてくれなくていいんだよ。ひと晩かそこらケーサツですごすのなんか屁でもねえし……待ってりゃそのうち兄貴が来てくれるんだし、俺には前科もねえんだからさ」
「お兄さんがいるの?」
「……」
返事の代わりに、彼の腹のあたりから盛大にぐるぐるいう音が聞こえた。思わず小さく吹き出してしまい、にらまれた。
「お腹がすいているのかい?」
「……うるせえな。腹さえ減ってなきゃ、メタボの
私はあらためて彼を観察した――この年頃の男の子の平均と比べるといくぶん小柄だ。五フィート三インチ〔160㎝〕くらいだろうか。手足はひょろ長い。長距離走者のような体格ともいえるが……服のあちこちが
擦りきれたジーンズの膝の上にだらりと置かれた手の先、爪は尖っていて、油のようなもので黒く汚れている。
彼が警察の厄介になった原因――停止を求められた車の助手席から飛び降りて逃げた――を考えると、もしかしたらと思わなくもないが、前科はないと言っているのだし、証拠もないのにむやみに疑うのは主の御心にかなう行為ではないだろう……。
そんなことを考えていると、女性警官がやってきて、承認がおりたのでもう帰っていいと告げた。
「これに懲りたら、二度と神父さんのお世話になんかならないことね」
「お手数をおかけしました」私が答えると、彼はぷいとそっぽを向いた。
そのまま警察署を出ていこうとする背中に声をかける。
「お腹がすいているならなにか食べに行くかい?」
彼はぴたりと足を止めてふりかえった。
「あんたのおごりならね」
私たちは二十四時間営業のファミリーレストランに入った。
好きなものを注文していいと言うと、彼はLサイズのピザを三枚とチキンウィング半ダース、それにフレンチフライとペプシのLサイズを注文した。私が驚いて途中で止めると、「なんだよ、これでも遠慮してんだよ。あとサンデーも頼もうと思ってたのに。金ねえの?」とのたまった。
「……大食いコンテストかなにかに出てたのかい?」
たまに、細身ですごく食べるタイプの人がいるが……。
「いんや」彼は両手にそれぞれピザとチキンを持ってかぶりつきながら答えた。軟骨も小骨もお構いなしだ。
三十分もしないうちにテーブルの上はピザ生地のかけらと
「なあ、追加注文していい?」
アフリカの欠食児童だって一度にこれほどまでは食べないだろう。チリソースをかけたホットドッグとレモネード、それに念願だったらしいチョコレートのアイスクリームをすべて三人分平らげるのを見ていたら、気持ちが悪くなってきた。
「あんた、お人好しだな」チリソースのついた指をきれいに舐める。「会ったこともないやつに飯をおごるなんてさ。坊主ってのはみんなそうなのかよ?」
「さあ……。でも、目の前の誰かが空腹なら、ご飯くらいは食べさせてあげるだろう?」
まさかこれほどまでとは思っていなかったけれども。
「じゃ、これで用はすんだだろ。
「ちょっと待ちなさい」
「まだなんかあんのかよ。言っとくけど、飯食わせたから説教聞けってのはナシだぜ。誰も頼んじゃいねーんだからな」
食べているあいだは子供っぽくきらきらしていた眼が剣呑になっている。
「そうじゃない。この時間にひとりで出歩いたら、また違反切符を切られるよ。私だって、二度も警察に行くのはごめんだからね。家まで送り届ける義務がある」
「……お節介なやつだな」彼は顔をしかめた。
「言ったろ、腹さえ減ってなけりゃ――」そこで言葉を切り、吐き捨てるように、
「好きにしろよ」
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