やっと捕らえた獲物
「いくら部屋が暗いからって君ねぇ……。これでも、きゃあぁあーーって言われる方が多いんだけどなぁ」
「もっ、ももも申し訳御座いません……!!」
「ま、いいけどさ」
はぁ、と溜息をついて肩をすくめるノア様。目上の御方に私はなんて無礼な反応をしてしまったんだ。一歩間違えば罪に問われるかもしれないっていうのに。優しい人で良かった。それ以上なこともしている気がするが一旦忘れる事にしよう。
今一度頭を下げると、私の身体にふっと影が落とされる。日が昇って明るくなるならまだしも何故より暗くなるのだろう。
不思議に思い、チラリと視線を上げた。すると目の前に美しい顔がある。
「っ!!? あの……!?」
驚いた拍子に後退りするも、後ろは壁ですぐに追い詰められた。
壁とノア様の間に閉じ込められてどうすればいいか分からない。ただでさえこの現実を受け入れられていないのに、ドキドキと心臓が煩くて仕方がない。
「シャーロット。これを夢か幻で終わらせないでほしい」
「え……?」
「言っただろう? 君のことが好きだって」
「そ、そんなの嘘です」
「嘘じゃない」
「信じられません……っ」
「じゃあ信じてくれるまで君のこと虐めるね」
「はい!? どういう、ッあ! やあっ、ちょ、ノアさまっ……!」
ちゅうちゅうと首筋に吸い付いて腰を抱かれ、逃げようとしても力が強くて逃げられない。互いのシルクローブが乱れていく。
「ひぁっ……ふっ、んっ」
「んんー、かわいい」
「やめっ……のあさまっ……、ノア様っ!」
「君が俺の名をそんなに沢山呼んでくれる日が訪れるなんてね。感動だよ」
「冗談はッ! そこまでにして、あんっ!」
「だから冗談じゃないって言ってるでしょ? 君のことが好きなの」
「んあっ、でも、だからってなんでこんな、ことっ!」
「ルーカスの奴がずっと独り占めしてたなんて腹立つじゃん? 俺、かなり我慢してたんだけど」
「ああっ! ノアさまっ……!」
脚の間にぐいとノア様の膝が割り込む。ぞくぞくするだけの性感帯を攻められるだけで、そこから先に進むことはない。ただただ攻められて溢れるだけ。
「ところでいい加減信じてくれたかな?」
「信じますっ! 信じますからもうっ……!」
私が必死になってそう訴えると、身体に巻き付いていた腕が緩むが己の脚に力が入らず自力で立てない。
結局、昨晩と同じに抱きかかえられてベッドに降ろされた。彼は側に腰掛けて微笑んでいるだけだ。ここ迄しておいてそりゃあない。奥が切なくて苦しい。
欲しいから、潤んだ瞳でまるで模範解答かのように彼の袖口をきゅっと掴み、「おねがい」と一言。殿下もこれには弱かった。
「ッ、あーーもう。君ってばホント。そんな
「そうなんですか……?」
「そうだよ。俺がどれだけ嫉妬してきたと思うの」
「知りませんよっ、そんなっ」
「だろうね。知られたら大変だから。必死に隠してたよ」
ルーカスは俺が欲しいものは全部欲しい男だからさ、と言って私の足首から上へ上へと指を滑らせていく。太ももまで辿り着くと付け根の部分を親指ですりすりと撫でた。
「シャーロット。首と耳を攻めただけで? かわいいね」
「恥ずかしいから言わないで下さいっ……。あんな風にされたのは初めてなんですから……っ」
「あざといねぇ。好きだって言ってる相手に“初めて”とか使っちゃうんだ。それが嘘でも本当でもどうにかなっちゃいそうだよ」
「う……残念ながら本当です……」
「はぁ…………ああ……もう駄目だ。我慢出来ない」
「なんだか聞き覚えのある台詞……んひゃ! や、そんな、まッ……!」
つい何時間か前までもこうして及んでいたのに。身体は正直でまた求めてしまう。ノア様の苦しそうな表情ったら。
本当に私のことが好きなのだろうか。
いつから?
一体いつからそういう対象として見ていたの?
今はこうして快楽に溺れているけど、私の心はもう疲れたのよ。目立つのもイヤ。周りの貴族に気を遣うのもイヤ。頑張って相手に合わせて我慢するのもイヤなの。
今夜だけの関係にしよう。大人だけができる火遊びよ。
ノア様を好いている人なんて沢山居るのだもの。
すぐにノア様に鞍替えだなんて、彼にも迷惑だわ。
爵位も持たない人でいい。慎ましく暮らして、社交界からも姿を消したい。そうすれば父と母も煩わしい茶会なんぞ呼ばれずに、静かに暮らすことができるだろう。
大丈夫。私なら出来るわ、シャーロット。
「ああシャーロット……ずっと君とこうしたかったんだ……君が嫌だと言っても逃したくない……!」
「ああっ! ノア様っ! だめっ、そんなにっ!」
「シャーロット、君が好きだ、心の底から……!」
「はっ、だめっ……ノアさまっ、だめっ──!」
──余韻に浸る私を抱き締め、全身に口付けをしていくノア様。
ここでやっと日が昇り、部屋の中に光が差し込む。レース越しに柔らかくなった朝日がノア様の瞳をぎらりと輝かせた。
満足げに笑うその姿が、なんだか私には、獲物を捕らえた獣に見えたのだ。
(これからは、慎ましく暮らせるのよね。きっと私なら出来るわよね、ね……?)
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